PBR1倍は解散価値? 正しい使い方と、数値には現れない企業の実態とは

鳳ナオミ
2020年7月21日 10時00分

いまさら聞けないPBR

株価の割高・割安を測る株価指標のひとつにPBRがあります。会社が持つ資産をもとに株価が高いのか安いのかを示す指標で、「PBR1倍割れ」は会社の解散価値を下回っていると言われます。

日本株全体のPBRは過去に何度か1倍を割っています。リーマンショック時の株価下落では一時0.8倍を記録しましたし、今回のコロナショックでは約2か月にわたって1倍割れで推移しました。このことからも全体相場の下値の目途を測る一定の指標と言えそうです。

ただし、全体で見るのと個別銘柄で見るとでは、その扱いが決して同じものではないことに注意が必要です。個別では、PBRが100倍を超えている銘柄もあれば、反対に、1倍を大きく下回っている銘柄も多数あります。事実、東証1部でPBR1倍割れの会社の割合は半数を占めています。

つまり、大半の銘柄で解散価値を割れているということになりますが、本当にそうでしょうか?

PBRのおさらい

改めてPBRの指標を点検しましょう。PBRとは、株価をその会社が保有している1株当たりの純資産で割ったものです(1株当たり純資産=会社の純資産〔総資産から負債を引いたもの〕を発行済み株式数で除したもの)。

  • PBR=株価÷1株当たりの純資産

会社を立ち上げた時に振り返れば、純資産をもとに株価が算出されることがわかります。例えば、1000万円の出資金を集めてできた会社の純資産は1000万円で、発行株数が20,000株とすれば、株価は500円となります(1000万円÷20,000株)。

1株あたりの純資産は500円(1000万円÷20,000株)で、つまり、1株当たりの純資産と株価は同じとなります。そして、PBRは500円÷500円=1.0倍となります。

資産は利益の源泉、赤字企業には注意

立ち上げた当初の会社が保有する資産は現金ですが、会社を運営する以上、集めた資金を別な資産に変えて、利益を生み出していくのが株式会社の姿です。土地を購入したり、事務所や工場を作ったり、設備を入れたりもします。お金が足りなければ銀行等から借り入れもします。

このようにして調達した資金を別な資産に代替し、その資産から収益(利益)を得ようとするため、純資産は現金だけではなくなり、その他の様々な資産で構成されていくようになります。

そのため、会社の持っている資産をそのままロスなく現金化できる状態、または純資産がすべて現金の場合であれば、PBR1倍は解散価値と例えることができますが、実態は違うことに注意が必要です。

会社の資産は収益を生み出す資産なのか、生み出さない資産なのか。資産が利益を生まずに劣化していけば、その価値は減損(目減り)されるため、数字どおりに受け取ることはできなくなります。従って、赤字企業のPBRは少し割り引いて考える必要があるでしょう。

実質的な純資産を調べることの意味

株価が資産価値に比べて割安なのかどうかを知るには、実質的な純資産を調べる必要があります。

企業の貸借対照表の資産の項目には、土地や建物、設備などが計上されていますが、これらを時価換算すると資産価格が目減りすることがあります。減価償却した資産でも、実際の売却時に価値が大きく下がるのはよくあることです。

また、最近では少なくなっていますが、退職金が十分に引き当てられていない等の簿外債務がある、あるいは、目に見えないブランドや人的資源、販売権(のれん代)など現金化できない無形資産が計上されているケースもあります。この場合、資産は見かけ上、大きくなっています。

反対に、土地などの資産の場合は、時価に直すと簿価と比べて大きな含み益がある企業も存在します。この場合、会計上の資産よりも大きな資産を保有していることになり、こちらは資産を過小評価することになるため、やはり注意が必要です。

PBRを指標として使うには

そうは言っても、実際のところ、開示されている情報だけで実質的な純資産(現金換算された純資産)を調べることは難しいかもしれません。そこで、いくつかの注意点を踏まえれば、PBRを有効性のある指標として使うことができるようになります。

例えば、過去に継続してPBR1倍を回復できていないような企業は要注意です。市場全体が堅調、あるいは好景気の場合においてもPBRが1倍を割れているということは、その企業がなにかしらの会計上の問題を抱えている可能性があるからです。

恒常的な赤字体質、収益を生まない資産を保有している、著しい資産の劣化、または会計上出す必要のない含み損を抱えている……などが考えられるでしょう。こうした企業の保有資産は時間とともに劣化している可能性があり、市場から信用されていないと見ることができます。

下落局面でのPBRの有効性

それでも、市場全体が下落している局面では、PBR1倍割れの中にはチャンス銘柄も現れます。解散価値が意識されることで、理論上「下落リスクが小さいと考えられるからです。

その意味からも、上昇する条件というより、下値の目途を測る、または底値圏に位置する銘柄を探索するには、PBRは有効な指標といえます。

ただし、その場合でも、個別で銘柄分析をする場合には、資産の中にのれん代等の他の資産に比べて大きな無形固定資産はないか、会計処理の変更等はないか、現預金の割合(高いほうが資産の信頼性は高い)や負債の割合(過剰債務はないか)といった点に目を向ける必要はあります。

PBRが脚光を浴びるとき

資産に基づく地味な株価指標といえるPBRですが、株価が割安に放置されている場合、会社の保有資産が改めて注目されることがあります。会社自らがアクションを起こすケース、あるいは他の会社からTOBなどM&Aが発表されるケースです。

会社自らが起こすアクションとは、自社株買いや増配の発表です。

自社の株価が極端に安いとM&Aの対象になる恐れがあり、買収防衛のために自社株買いや配当金アップなど株価を上げる対策を行うことがあります。あるいは、余剰資金があり、もっとも効率的な運用先が自社と判断し、自社株買いを行うこともあります。

こうした会社のアナウンスメントは、PBRの低さを是正するきっかけとなりえます。

保有資産の実質的な価値は、会社自身がもっとも知り得る立場にあるからです。自社株買いなどのアナウンスは、「自社が持つ保有資産は適正であり、また収益性の観点からも、成長の為の設備投資や新規事業投資などへの投資よりも自社株に投資した方が合理的である」と宣言しているようなものだからです。

こうした企業の発表は多々あり、株価の反転上昇のきっかけとなることは覚えておきたいところです。

「見かけのPBR」が見直されて株価急騰

他社がアナウンスするケースとしては、その会社が持つ資産に注目したTOBが代表的です。

前田建設工業<1824>が前田道路<1883>を子会社化する目的でTOBを発表しました。資本関係はあるものの取引関係のない2社間で、敵対的TOBまで発展しましたが、背景には、前田道路が持つ現金中心の資産が着目されたことがあったようです。

一方で、保有する土地の莫大な含み益が存在する場合も、TOBアナウンスがされることがあります。

上場企業は賃貸等不動産の時価と簿価を有価証券報告書に記載しており、その差額から含み益が算定することができます。​不動産やホテルを手掛けるユニゾホールディングス<3258/現在は上場廃止>は、その保有する土地など優良資産の含み益に注目され、TOBを仕掛けられました。

いずれの会社もアナウンスが出るまでは、会計上の「見かけのPBR」は1倍を割れていましたが、アナウンス後いずれも株価は急騰しています。TOBの決着はどうであれ、その企業の保有資産、実質的なPBRをベースに株価が見直された結果と言っていいでしょう。

PBRに限らず株価指標は便利なツールではありますが、その数字が意味するものを正確に理解しないままに見ていると、誤った判断のきっかけにもなり得ます。シンプルな指標こそ、いま一度、じっくり分析してみるのも面白いのではないでしょうか。

[執筆者]鳳ナオミ
鳳ナオミ
[おおとり・なおみ]大手金融機関で証券アナリストとして10年以上にわたって企業・産業調査に従事した後、金融工学、リスクモデルを活用する絶対収益追求型運用(プロップ運用)へ。リサーチをベースとしたボトムアップと政治・経済、海外情勢等のマクロをとらえたトップダウンアプローチ運用を併用・駆使し、年平均収益率15%のリターンを達成する。その後、投資専門会社に移り、オルタナティブ投資、ファンド組成・運用業務を経験、数多くの企業再生に取り組むなど豊富な実績を持つ。テレビやラジオにコメンテーターとして出演するほか、雑誌への寄稿等も数多い。現在は独立し、個人投資家として運用するかたわら、セミナーや執筆など幅広い活動を行う。また、日本初のデジタルマネー格付け及びインデックスを提供する「JDRpro.」の開発運用責任者も務める。
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