東証再編で日経平均株価はその役割を終える? あなたが知らない「テクニカルな値動き」とは

伊藤智洋
2022年5月23日 17時30分

chachamal/Adobe Stock

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市場に現れる「テクニカルな値動き」とは

個別銘柄の株価が上昇するか否かは個々の事情によりますが、個々の事情を超えた力が働いて価格を動かす場合もあります。そのひとつが、テクニカルな要因による動きです。「利益を得ることを目的として技術的・戦略的に価格を動かす力」が働き、個別銘柄の事情を超えた特別な値動きが現れるのです。

株式市場で戦略的な取引を実行するには、現在は、指数の取引が利用されています。指数に関連した現物株を保有して、先物とオプションを使い、利益を得るという戦略です。

たとえば日経平均株価は、採用銘柄のうち株価の高いもの(値がさ株)の変動に大きく影響を受けます。そこで、そうした値がさ株を積極的に買って日経平均株価を上昇させながら、市場全体が弱気に転じる前に日経225先物に売りを入れて、その後、買い上げた現物株を徐々に手じまいしてゆきます。

そうすれば、現物株の上昇分で利益が得られるだけでなく、現物株を手じまいする際の指数(日経平均株価)の下げ分でも利益を得ることができる、というわけです。

ヘッジファンドなどはこうした戦略を駆使して利益をあげており、その動向によって値動きが形作られることがあります。個別の事情には一切関係のない、まさに「テクニカルな値動き」です。マーケットに参加する以上、こうした力が働くこともあるということは理解しておくべきでしょう。

1988年9月に日経225先物が、1989年6月に日経225オプション取引が始まったことで、日経平均株価は「現物株のヘッジ機能」を持ちました。それと同時に、「テクニカルな値動き」をする準備が整ったと言えます。

その前の1988年7月には、銀行の財務上の健全性を確保することを目的として、国際決済銀行の常設事務局であるバーゼル銀行監督委員会で、「銀行として備えておくべき損失額をあらかじめ見積もり、それを上回る自己資本を持つこと(BIS規制)」が決まりました。日本では1993年3月末から適用されることになり、銀行は貸出を整理してゆきます。

その後、1989年12月の高値をピークにバブルが崩壊し、日経平均株価は、1990年1月の高値38,950円から10月安値19,781円まで、10か月で19,169円幅もの下げ局面となりました。先物とオプションの市場が整備され、売りでも十分に利益が得られる状況ができてから、株価の暴落が始まっているわけです。

このような見方をすると、1989年12月にピークをつけたバブル崩壊は「入念な下準備」のおかげで現れた現象だと捉えることもできます。

日銀のETF買いで先物取引が急増

国内のデリバティブ市場(先物・オプション市場)は、2005年〜2015年の期間で取引量が10倍になりました。このうち、緩やかに増加してきた取引量が急激に増えた年があります。2013年です。

日本銀行は、リーマンショック後の金融緩和政策のひとつとして、2010年12月からETF(株価指数連動型上場投資信託)の買い入れを実施することを決定しました。当初は、残高に4500億円という上限を設定して、買い入れを行っていました。残高に上限があり、それを超えないように買い入れを行うため、2013年3月までは、株価が大きく下げる場面で、必要に応じて買い入れている状況でした。

しかし2013年3月、日銀は異次元の金融緩和として、ETFの年間購入額を1兆円に変更します。それまでは残高の上限が決まっていましたが、これ以降、毎年1兆円の買い入れを実施する方針に変更したわけです。その後、2014年10月には年間3兆円、2016年7月に6兆円の買い入れを決定しています。

この2013年3月以降、日経平均株価が下げた日は、たいていの場合、日銀によるETFの買いが入っています。この日銀のETF買いが、日経225先物の取引量を増やす要因になったと考えられます。

冒頭に書いたような、日経平均株価の採用銘柄から値がさの現物株を買って指数を引き上げ、先物の売りを入れてから現物株を手じまいする、という戦略をとる場合、最後に現物株を手じまいするには受け皿となる買い手が必要です。しかも、まだ上値余地を残している状況で、多くの市場参加者が積極的に買いを入れている中で、徐々に手じまいしながら、価格を下げ方向へ導いていかなければいけません。

2013年までは、この場面で買い手となってくれるよう他の市場参加者を誘導する策が必要でしたが、2013年以降はいらなくなりました。値がさ株を積極的に買い上げて日経平均株価の値位置を上昇させた後は、日経平均株価が下げる過程で、日銀が無条件で買い手になってくれたからです。

この状況は、2021年3月の日銀の政策決定会合で、ETFの買い入れを「必要に応じて行う」方針へと変更したことで変わりました。今後は、36兆円(2020年度の決算時)にまで膨れ上がったETFを縮小してゆくことになります。

東証再編で日経平均株価は役割を終える?

本年4月4日に東京証券取引所の市場区分が変更されましたが、これによって市場ごとに特別な値動きになるとは考えにくく、しばらくはこれまで通り、日経平均株価を市場全体の方向の目安として、その採用銘柄を中心にしながら、上昇・下降の波が作られると考えられます。

いずれ、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場の値動きを反映した新たな指数が活用されるようになれば、先物・オプション市場が上場するでしょう。そうなれば、それぞれの値動きに合わせて市場ごとの個性が生まれ、ゆくゆくは個別銘柄にも反映されることになるだろうと考えています。

その一方で、日銀が資産を縮小していく過程では日経平均株価の上値を抑える必要があり、この点を踏まえると、今回の東証再編によって、日経平均株価は徐々に市場全体を示す指数としての役割を終えてゆく可能性もあります。というのも、今後の主流となる新しい指数に採用される銘柄数が少なければ、多くの銘柄が上値の重い状況でも、指数は上昇の流れになることも考えられるからです。

普段からなんでも裏があると見てしまう筆者は、今回の再編が日銀の出口戦略に一役買っているのでは……と考えたくなってしまうわけですが、さて、どうなるでしょうか。

[執筆者]伊藤智洋
伊藤智洋
[いとう・としひろ]証券会社、商品先物調査会社のテクニカルアナリストを経て、1996年に投資情報サービスを設立。20年以上、毎日の値動きを見続け、相場予測についての記事を執筆。『株価チャートの実戦心理学』『ローソク足チャート 究極の読み方・使い方』『テクニカル指標の読み方・使い方』『勝ち続ける投資家になるための株価予測の技術』など著書多数。現在は、自身が運営する「パワー・トレンド」でも、先物市場や仮想通貨などの情報を動画等で配信中。
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