マーケットを動かす「ヘッジファンド」の正体と、個人投資家が注意すべきこと

山下耕太郎
2019年5月13日 8時00分

ヘッジファンドと聞けば、莫大な資金を運用している巨大ファンドという印象がありますが、では具体的に、どんな手法でどのような取引をしているか理解しているでしょうか? 彼らの戦略を知ることは、個人投資家にとって最も重要な教訓にもつながります。

ヘッジファンドが市場に与える影響を知る

ヘッジファンドは、ひとことで言えば「どのような市場環境でも利益を出すことを目指すファンド」です。

短期売買を繰り返すタイプのファンドも多いため、株式市場に与える影響も大きくなります。最近では「フラッシュクラッシュ」と呼ばれる急落が頻繁に起こるようになり、その裏にヘッジファンドの存在が指摘されています。

そんなヘッジファンドについて、通常の投資信託とどう違うのか、どのような運用手法を用いているのか、そして、市場全体への影響はどうなのかを解説していきます。

そもそも「ヘッジファンド」とは?

ヘッジファンドは、もともとはマーケットの不安定な値動きによって収益が振れるリスクをヘッジ(回避)しようとする運用手法のことを指していました。しかし現在では、リスクを取って高いリターンを目指すファンドがほとんどになっています。

さまざまな手法を駆使して、マーケットが上がっても下がっても利益を追求しますが、その運用手法は千差万別です。現物株だけを対象にしたシンプルな運用だけでなく、デリバティブ(金融派生商品)取引も駆使して、株式・債券・為替・商品市場など幅広い商品に積極的に投資しています。

日興リサーチセンターが毎月発表している「ヘッジファンド概況」によると、世界全体のヘッジファンド運用残高は、2019年3月末で2兆3150億ドル(約254兆円)とされています。

一般的なファンド(投資信託)との違い

ファンド」とは、投資家から資金を集めて運用することで、一般的には「投資信託」のことを指します。ヘッジファンドも「お金を預かって運用する」という点では投資信託です。しかし、通常の投資信託とは目標設定や運用方法に大きな違いがあります。

・ヘッジファンドは「絶対収益」を目指す

通常の投資信託は、日経平均株価やTOPIXなどの指数をベンチマーク(運用成績の基準となる指標)として、ベンチマーク並か、もしくはそれを上回る収益を上げることを目標とします。

例えばTOPIXをベンチマークとしていた場合、その投資信託の運用成果が−3%でも、TOPIXが−5%であれば、その投資信託は「優秀な結果」と見なされます。これを「相対収益」といいます。

一方、ヘッジファンドは「絶対収益」です。市場が上がっても下がってもプラスの収益を目指します。つまり、「TOPIXが−5%の相場環境でも+5%の収益を目指す」、それがヘッジファンドなのです。

・ヘッジファンドは「成功報酬」

通常の投資信託は、購入時の手数料と信託報酬が収入源です。購入時の手数料は大体0~3%。信託報酬とは保有している間に投資家から得る収入で、年0.5%程度が一般的です。

一方、ヘッジファンドの報酬は、預かり資産の2%の固定手数料と、値上がり益に対する20%の成功報酬、という場合が一般的です。運用成績がいいヘッジファンドの運用者は多額の報酬を得ることも可能ですが、成績が悪ければクビになります。

ヘッジファンドの種類

ヘッジファンドの主要な戦略は以下のとおりです。

  • 株式ロング・ショート
    割安な銘柄を買って(ロング)、割高な銘柄を空売りし(ショート)、相場のトレンドに左右されずに利益を上げる戦略。ヘッジファンドの主流で、売りと買いの金額を等しくしたものを「マーケット・ニュートラル」という。
  • マルチ・ストラテジー
    複数の投資戦略を組み合わせた戦略。
  • マネージド・フューチャーズ
    CTA(商品投資顧問)とも呼ばれ、商品先物、オプション、株価指数などに投資する。
  • イベント・ドリブン
    M&Aや公募増資など重要イベントを手掛かりに売買する。
  • グローバル・マクロ
    経済予測に基づき、世界の金利や通貨、株式などの投資ポジションを取る戦略。

ヘッジファンドが市場に与える影響

ヘッジファンドの主流戦略である「株式ロング・ショート」は売りと買いを組み合わせるので、基本的に、相場の値動きに対する影響度は高くありません。それに対して、近年相場を大きく動かしているのは、「マネージド・フューチャーズ(CTA)」だといわれています

CTAの存在感が高まっている理由

CTA商品投資顧問)は、商品先物を中心にしつつも、さまざまな投資対象を取引します。原油や貴金属だけでなく、株式や債券、通貨など世界中のあらゆる金融商品の先物を取引していて、その中には「日経平均先物」も含まれます。

金融工学や統計学をベースに、独自に開発したプログラムを利用して売買することが多く、「トレンドフォロー」と呼ばれる、相場の勢いに追随する戦略が売り物です。

彼らは、相場が上がれば買い増し、下がれば売り増しします。そして、先物では自己資金の何十倍もの取引をすることができるため(レバレッジ)、結果的に、CTAが相場に与える影響は大きくなるのです。

現在、その運用残高は2211億ドル(約24兆円)にもなります(日興リサーチセンター「ヘッジファンド概況」より)。

・CTAの巨大化が引き起こす問題

世界中のマーケットの値動きの相関性が高まっているのも、CTAの影響が大きいと考えられています。

例えば、世界最大手のCTAである「マン・グループ」では、システムが24時間体制で世界中のマーケットを監視し、10分おきにリスクをチェックしています。そして、どこかの市場で異常な値動きがあれば、自動的にリスク回避のプログラムが働き、一斉に手仕舞いを出す仕組みになっているのです。

CTAの規模が大きくなるにつれ、複数のファンドが同じようなトレンドフォローの戦略を取ることで、より相場の変動を加速させています。CTAの存在は、上昇局面でも下落局面でもオーバーシュート(行き過ぎ)する問題を引き起こしているといえます。

短時間で値動きさせるHFTの拡大

また近年、「HFT高頻度取引)」という超高速の金融取引も広がっています。過去の値動きを統計的に分析し、1秒間に数千回といった高頻度の売買をします。

CTAではHFTを取り入れているファンドが増えており、日本株市場では取引の約4割を占めているともいわれます。このHFTにより、より短時間での値動きが振幅していることも指摘されています。

「フラッシュクラッシュ」の罠

こうしたトレンド追随型ヘッジファンドやHFTが増えた影響として、最近懸念されているのが「フラッシュクラッシュ」です。

フラッシュクラッシュとは、株価や為替が瞬時に大きく下落することです。2010年5月6日、NYダウ平均株価が数分間で約1,000ドル(約9%)も下落したことから、このように呼ばれるようになりました。

日本では、2019年1月3日の早朝、ドル円相場が108円半ばから104円台まで急伸しました。

これは、アメリカのアップル社の業績下方修正が原因とされていますが、日本市場が正月休場で流動性が低くなっている中、HFTやトレンド追随型ファンド(CTA)の売りが重なったことも下げの要因と考えられています。

ヘッジファンドと個人投資家の未来

ヘッジファンドの世界でも、いま広がっているのはIT(情報技術)やAI(人工知能)を駆使したプログラム売買です。投機的マネーが市場の壁を飛び越えて瞬時に連鎖する時代。ヘッジファンドの市場への影響力は今後も増していくことでしょう。

CTAやHFTの存在感が高まる中、個人投資家としては、フラッシュクラッシュなどの相場急変への注意が必要です。「ヘッジファンドという巨大な存在と同じ相場で取引している」という事実を常に念頭に置き、リスク管理・資金管理を怠らないようにしたいものです。

[執筆者]山下耕太郎
山下耕太郎
[やました・こうたろう]一橋大学経済学部卒業。証券会社でマーケットアナリスト・先物ディーラーを経て、個人投資家に転身。投資歴20年以上。現在は、日経225先物・オプションを中心に、現物株・FX・CFDなど幅広い商品で運用を行う。趣味は、ウィンドサーフィン。ツイッター@yanta2011 先物オプション奮闘日誌
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