それでも日銀が利上げしない理由 世界中の利上げで円安は一体どこまで進むのか?

山下耕太郎
2022年7月4日 17時30分

Deacon docs/Adobe Stock

歴史的な円安が進む

2022年629日の外国為替市場では、円が対ドルで一時1ドル=137円台をつけました。6月21日につけた直近の安値13671銭を超え、19989月以来、24年ぶりの円安水準となったのです。

1ドル=140円台も視野に入った値動きとなっていますが、この円安の背景にあるのは、世界各国の利上げムードの高まりです。

アメリカの中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)は、6月のFOMC(連邦公開市場委員会)で政策金利を0.75ポイント引き上げ、1.501.75%の範囲にすると発表しました。FRBは高騰する消費者物価の抑制にいっそう力を入れようとしているのです。

さらに、7月のFOMCでも0.75%の大幅利上げの可能性がマーケットでは意識されています。

またイギリスでは、中央銀行のイングランド銀行が616日、202112月から5回目の利上げを発表し、基準金利を2009年以来初めて1%超の1.25%に引き上げました。同国の消費者物価は4月に9%も上昇していました。

イングランド銀行は、物価上昇率は今後数カ月間9%以上を維持し、今年10月には11%をわずかに上回ると予想しています。

ブラジル、オーストラリア、カナダもすでに利上げを実施。欧州中央銀行(ECB)も今夏に利上げを予定しています。

さらに616日には、スイス国立銀行も0.5%の利上げに動きました。約15年ぶりの利上げとなり、市場には予想外のサプライズとなりました。それだけ世界的なインフレ懸念が強かったという印象を市場参加者に与えたからです。

5〜6月に利上げを実施した主な国と直近の上げ幅(620日時点)
  • アメリカ……………0.75%
  • カナダ………………0.5%
  • ブラジル……………0.5%
  • イギリス……………0.25%
  • オーストラリア……0.5%
  • スイス………………0.5%

このように世界の中央銀行が続々と利上げに移行するなかで、唯一いまだに大規模金融緩和を続けているのが、日本銀行です。これにより日本円を売る動きに拍車がかかり、歴史的な円安となっているのです。

各国が金融引き締めを急ぐ背景

日本経済新聞の集計によると、世界の中央銀行による政策金利の引き上げは、202216月で計80回となり、過去最多となりました。とくに新興国は、過去最高の60回の政策金利引き上げを実施しています。

直近ではブラジルが0.5%、インドが0.5%といった利上げを行っています。

ブラジル中央銀行は、615日に11会合連続の利上げを決定した後の声明で、アメリカの利上げの余波を警戒する姿勢を示しました。米ドル高はアメリカの貿易相手国の通貨安を招き、輸入物価に上昇圧力がかかるからです。アメリカへの資金シフトも起きやすくなります。

インフレ率上昇を抑えるために先進国で利上げが本格化する中、新興国はインフレと通貨安の連鎖反応を恐れて、金融引き締めを急いでいるのです。

世界各地での急激な利上げによって、金融緩和で膨らんだ株式などのリスク資産から資金を流出させ、その副作用が景気を圧迫する構図が強まっています。実際、アメリカやヨーロッパなど先進国の株式だけでなく、新興国の株式や債券も2022年になってから大きく下落しています。

FRBの金融引き締めへの政策転換が世界を揺るがしたことは、歴史が証明しています。

199411月にFRB0.75%の利上げを行った直後、メキシコは通貨危機に陥りました。北米自由貿易協定(NAFTA)の成立などで、メキシコは成長を見込まれて投資資金を集めていましたが、政情不安とアメリカの利上げが重なり、資金流出が加速したのです。

メキシコの外貨準備高は急減し、変動相場制に移行した通貨ペソは急落しました。

また、20135月にはバーナンキFRB議長(当時)が突然、量的緩和の縮小(テーパリング)を示唆し、新興国通貨が急落する「テーパータントラム」が発生しました。インドの通貨ルピー、インドネシアの通貨ルピアは、数カ月で対ドルに対して20%以上の下落を記録しています。

それでも日銀が利上げに動かない理由

日本の中央銀行である日本銀行(日銀)の617日の金融政策決定会合の結果は「現状維持」、つまり現在の金融緩和の水準を維持することになりました。

金融緩和を維持した理由は、一部の国内製品で値上げが相次いでいるものの、「資源価格の上昇によるコストプッシュ型のインフレは、日銀が目指す物価上昇とは異なる」(黒田東彦総裁)ため、金融引き締めは景気にいっそうの下押し圧力となると考えているからです。

世界の主要中央銀行が利上げを含む金融引き締めに動く中、日銀のいわば孤立した金融緩和の継続は円安ムードを強めています。

欧米ほど急激なインフレではないものの、日本でも物価高は問題になっています。しかし、世界の中央銀行が利上げに動く中、日本銀行だけが利上げをせず、低金利を維持する金融緩和政策を続けているのはなぜでしょうか。

日銀が利上げしない理由のひとつは、市場に大量の資金を投入したアベノミクスの異次元緩和のツケが重く、日銀が金利引き上げに動けば、政府の財政状況が一気に悪化する恐れがあるからです。

日銀は、アベノミクスの看板政策である大規模な金融緩和を推進するために、市場から大量の日本国債を購入し、低金利で大量の国債を積み上げてきました。その結果、2022年度末の国債残高は1,026兆円まで積み上がると予想されています。

金利が上昇すると、その巨額の借金の利払いコストが一気に膨らんでしまう可能性があるのです。

円安は今後どこまで進むのか

もしも日銀が利上げに踏み切ると、長年の金融緩和で低金利に慣れた企業が、金利上昇に耐えられなくなる恐れもあります。

とくに中小企業は、長く続く低金利のおかげで、金利上昇のリスクを考えずに経営するようになりました。金利負担がなければ、より多くの借り入れができるので、それゆえ企業の経営体質が悪化している可能性があるのです。

さらに、金利が上昇すれば、住宅ローンにも影響が出ます。

大規模緩和によって金利が長期間低く抑えられてきたため、住宅購入者の多くは固定金利より金利の低い変動金利を選択しています。変動金利は現在の金利に依存するため、金利が上昇すれば利払いの負担が増え、不動産市場が急速に冷え込む恐れもあります。

こうした理由から、日銀が急に金融引き締めに転換する可能性は低く、それゆえ投機筋は積極的に円を売る動きを続けています。日銀の姿勢が変わらなければ、円安傾向はしばらく続く可能性が高いでしょう。個人投資家としても、その視点でマーケットの動向を追ったほうがよさそうです。

[執筆者]山下耕太郎
山下耕太郎
[やました・こうたろう]一橋大学経済学部卒業。証券会社でマーケットアナリスト・先物ディーラーを経て、個人投資家に転身。投資歴20年以上。現在は、日経225先物・オプションを中心に、現物株・FX・CFDなど幅広い商品で運用を行う。趣味は、ウィンドサーフィン。ツイッター@yanta2011 先物オプション奮闘日誌
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