「先物主導で日経平均が上昇」とは? 裁定取引が市場に与える影響を知る
ニュースや新聞などの株価情報では、必ず先物市場の動向も伝えられますが、それが相場全体にどんな影響を与えているか、きちんと理解できているでしょうか? 個人投資家にはなかなか見えない「裁定取引」の仕組みと、それが現物株および相場に与える影響とは──
波乱要因ともなる「裁定取引」とは
先物取引における「裁定取引」をご存じでしょうか。言葉だけは聞いたことがあっても、その内容を理解している人は少ないでしょう。というのも、裁定取引は個人投資家が行うのはほぼ不可能な手法だからです。しかし、マーケットに与える影響は決して無視することはできません。
「先物取引」のおさらい
裁定取引の前に、まずは先物取引について簡単に説明しておきます。
先物取引は金融派生商品(デリバティブ)の代表で、価格に変動のある商品をあらかじめ決めた日に現時点で定めた価格で売買することを約束した取引のことをいいます。株価指数を対象としたものでは、主に次の4つがあります。
- 日経225先物
- TOPIX先物
- JPX日経インデックス400先物
- 東証マザーズ先物
「裁定取引」は先物と現物株のサヤ取り
そして先物市場では、先物と現物株を利用してサヤ取りを狙う裁定取引が活発に行われています。
裁定取引では、本来同一の価値を持つ商品(例えば日経225先物と日経平均株価)の間に一時的な価格差が生じた際、割高な方を売って、割安な方を買います。そして、価格差が縮まった時点で反対売買(買い戻しと売り)を行うことによって利益を得るのです。
先物市場が理論価格に対して高いか安いかによって、「裁定買い」と「裁定売り」に分けられます。
- 裁定買い……理論価格よりも割高になっている先物を売却すると同時に現物株を購入する
(先物価格>理論価格 → 先物売り+現物買い) - 裁定売り……理論価格よりも割安になっている先物を購入すると同時に現物株を売却する
(先物価格<理論価格 → 先物買い+現物売り)
・日経225先物と日経平均株価の場合
もう少しわかりやすくするために、日経225先物と日経平均株価で考えてみましょう。まず、「理論価格」とは以下のように計算されます。
- 理論価格=現物価格×[1+(短期金利―配当利回り)×(決済までの日数 ÷ 365)]
日経225先物に当てはめると、このようになります。
- 日経225先物の理論価格=日経平均株価×[1+(短期金利―配当利回り)×(決済までの日数 ÷ 365)]
仮に、日経225先物の理論価格が20,000円だとします。しかし、先高感(価格や相場の先行きが高くなる見込みがあること)が強いと先物に旺盛な買いが入り、現物株(日経平均株価)よりも早いテンポで値上がりする場合があります。
日経平均株価から求めた日経225先物の理論価格が20,000円なのに、実際の値段が20,100円をつけていたのであれば、割高な先物を売って、割安な現物株を買います。これが「裁定買い」です。
- 裁定買い=日経225先物売り+日経平均株価買い
相場解説などでよく言われる「先物主導で日経平均株価が上昇」というのは、この裁定買いによるものです。相場の先高感が強いと裁定買いが入りやすく、現物株が押し上げられるのです。
しかし、先物もいつまでも理論価格よりも高い状態ではありません。決済日(SQ)には日経225先物と日経平均株価は同じ値段で決済されます。どんなに上下に動いても先物は理論価格に近づいていきますし、市場が落ちつけば適正水準に戻ります。
そうして先物の割高感がなくなれば、反対売買をして裁定買いのポジションを解消。これを「裁定解消売り」といいます。
- 裁定解消売り=日経225先物買い戻し+日経平均株価売り
裁定取引がマーケットに与える影響
日経225先物は機関投資家を中心に多くの市場参加者がいます。市場参加者が増えるほど、市場の歪みは短時間で解消されます。またコンピューターの発達により、1秒以内といったわずかな時間でサヤ(先物と現物株の価格差)は解消されます。
そのため現在では、日経225先物と日経平均株価の裁定取引は、システムに多くの資金を投入できる機関投資家のみができる売買となっています。個人投資家が行うことはほぼ不可能なわけですが、これがマーケット全体に与える影響について理解しておきたいところです。
先ほどの裁定買いで考えた場合、日経225先物は売って買い戻し、日経平均株価も買って売る行為なので、理論上、需給に変化はなく、相場に対しては中立です。
しかし、あくまでもそれは「理論上」であって、裁定買いの解消、つまり「裁定解消売り」は実際に下げを加速し、悪役視されます。
とくに裁定解消売りが注目されるのは、相場の先安感が強いときです。下げ相場では先物価格が現物価格よりも安くなる傾向があるので、裁定解消売りが出やすくなり、インパクトが強くなるのです。
裁定買い残で影響の大きさを知る
実際にどれだけの影響があるかは「裁定買い残」を見ることでわかります。
裁定買い残とは、「先物売り+現物買い」でポジションを組んで、まだ解消売りしていない現物株の残高です。つまり、将来の潜在的な売り要因ということです。したがって、この裁定買いの残高が増えれば注意が必要だと判断することができます。
東京証券取引所を運営する日本取引所グループでは、毎週第3営業日に「プログラム売買の状況」として裁定取引の現物株の買い残高を公表しています(プログラム売買とは、東証の立会内取引で一度に25銘柄以上の売りまたは買いの発注を行った取引のこと)。
以下は、2019年9月11日に発表された同資料です。黄色で囲った部分で、9月6日時点の裁定取引に伴う現物株の買い残高を見ることができます。金額ベースでは約3720億円となっており、前週末と比べて1165億円ほど減少していることがわかります。
(日本取引所グループより)
裁定買い残が減少しているということは、今後のマーケット波乱要因は減少傾向であると考えられます。反対に、裁定買い残が増加した時には、それが波乱要因になる可能性がある、ということになります。
相場は、あなたの知らない要因でも動く
現在はコンピューター取引の発達により、先物価格が理論価格から大きく乖離することは少なくなっています。しかし、裁定取引自体は頻繁に行われていますので、現物株の動きに影響を及ぼすことは理解しておいたほうがいいでしょう。
裁定取引に限らず、自分自身が直接手がけたりしない部分については、どうしても注意が向きづらくなり、なかなか対策も難しいかもしれません。
しかしながら、株式市場というのは、あらゆる立場の市場参加者が、あらゆる取引を同時に行っている場です。「目に見えない要因」によって相場が動くことは大いにあり得るのだということを常に念頭に置いて、目の前の事象だけにとらわれることのないように心がけるべきです。