暗号資産の森に証券会社がやってきた その背景と意図を探る
《「まるで不思議の国」──これが、長く株式の世界で生きてきた者が「暗号資産(仮想通貨)」の世界をのぞいたときの正直な感想だと筆者は言う。株式の視点から読み解く【暗号資産の森のアリス】》
証券会社が暗号資産マーケットに参入
2022年3月、ある日本の証券会社が暗号資産市場への参入を発表した。
「ようやく」なのか、「とうとう」なのか、判断は難しい。というのも、暗号資産の位置付けは、いまだに「ゲテモノ」扱いである。日本では金融商品の一つとして位置付けられてはいるものの、世界では統一されていないのが実状であり、資産価値の裏付けも乏しいからだ。
この証券会社への取材に基づいて、その試みと意図を探ってみた。
2021年の暗号資産の売買マーケット(トレード)は、数年ぶりの活況だったことは記憶に新しい。多くの個人投資家(投機家ともいえる)が、ビットコインの価格が数百倍にもなった2016~2017年の大相場を再び夢見たのか、結果的にビットコインの価格は当時の高値の2~3倍に達した。
この間、世界の個人投資家に加えて、機関投資家もマーケットに参入するに至っている。株式市場と違って、暗号資産の売買パフォーマンスに国際間格差はないので(価格はどこの地域でもほぼ同じ)、参加意欲は国際共通である。
そんなマーケット環境を横目に、この森への参入を準備してきたのが日本の準大手証券の一角である岡三証券グループ<8609>である。
暗号資産交換所とは一線を画す
暗号資産に参入した証券会社は岡三証券が初めてかかといえば、そうではない。証券会社としてはマネックスグループ<8698>のほうが先に参入している。
暗号資産交換業のコインチェック社を買収したマネックスは、コインチェックとは別に暗号資産サービスを開始している。岡三証券グループは証券会社としては2社目になるが、伝統的な対面式証券会社としては日本で初めてといえる。
ここでいう暗号資産サービスとは、CFD(Contract for Difference)である。これは「差金決済取引」のことを指し、「差額だけのやり取りが発生する店頭デリバティブ取引」で、FX取引と同等のものである。
他の暗号資産交換業者が行っている取引とは異なり、現物取引や信用取引、現物の引き出しなどはできず、反対売買を行うことにより終了する取引となる。とはいえ、価格の上下動を予測して暗号資産を売買する取引には違いない。
そこに、株式を中心とする証券会社、それも準大手とされる会社が参入してきた意味は、興味深いといえる。
暗号資産業界へ参入した背景
岡三証券グループの一角であった岡三オンライン証券(現在は合併)は、先進的なシステムの導入やネット取引としてニーズの高いFXやCFDに力を入れていたネット証券であり、日本株式取引が主力ではあったが、FXやCFDが一番の強みのネット証券と言える。
同社がオンラン証券ユーザーに対して暗号資産サービスのニーズ調査を行ったところ、すでに暗号資産取引を行っているユーザーが想定以上に多いという結果となった、という。つまり、他の暗号資産交換所での売買を行っている顧客が一定数あったのだ。
なるほど。証券会社自体は暗号資産取引に消極的だが、顧客ベースでは取引ニーズがオーバーラップしているということが証明されたわけである。
暗号資産交換所の会社としては、国内大手とされるビットフライヤー、コインチェックなどがあるが、その知名度・信用度は乏しく、もともと暗号資産取引をしている顧客を別にすれば、他の株式一般顧客が暗号資産交換所の会社に口座を開くのはハードルが高い。
そこで、信頼度も知名度も高い岡三証券が暗号資産サービスを行うことで、潜在的なニーズの受け皿を構築し、CFDサービスの一環として暗号資産をオプションに加えたということである。
証券会社の勝算は?
暗号資産のCFDは店頭デリバティブであることから、不招請勧誘の禁止の対象である。つまり、対面顧客に積極的に勧誘することはできない。つまり、初めからターゲットは旧・岡三オンライン証券のネットのユーザーだといえる。
それでも想定以上のユーザーがいるとのことだから驚きだ。日本株を月に1回以上取引しているユーザーをユニークトレーダーと定義した場合のユーザー数をもとに損益計算予測を行うと、採算ラインを超えるもようだ。これを考えると、オンライン証券の今後の取り組みが予測できそうだ。
なぜCFDなのか?
FXの原資産は為替だが、CFDは為替以外の金融商品を原資産とした店頭デリバティブ取引である。暗号資産もビットコインを原資産としながら、プライスを提供しながら値段だけ売買することにおいては、他のCFDと同等なのである。株式、外国株、債券にしても、CFDはあくまで価格だけの売買である。
現物株式などと異なり、インカム(配当)を受けながら長期保有するわけではなく、あくまで反対売買で終わるというのが前提だ。そういう意味では、ユーザーにとっては、まさにキャピタルゲイン(売買益)目的の取引となる。
顧客がとるべきリスクとは
暗号資産は他のリスクアセットと異なり価格のボラティリティ(変動)がとてつもなく大きいのが特徴だ。それを証券会社が扱うことの危うさを、岡三証券はどう考えているのだろうか。
これについては、顧客はそのリスクを承知していることが大前提であろうが、扱う証券会社自体も様々なリスクを伴う。税制面、管理面など、予想以上に取い扱いが厄介なアセットが暗号資産である。
ただ、顧客に対するリスクの説明を丁寧に行うことを除けば、どうやら岡三証券としてはリスクはほとんどとらないとのことである。その手法は割愛するが、国内である以上、当然ながら金融庁の監視のもとで行われている。
顧客は自分自身が被る「価格変動」というリスクさえ考えればいい、という結論だ。そういう意味では、たしかに顧客は海外の暗号資産取引所などと比べて、様々なリスク(取引所破綻、送金トラブル、暗号鍵失念等々)をとる必要はないのである。
岡三証券の取り組みが成功・拡大すれば、暗号資産取引はもっと身近になるかもしれない。