「人の行く裏に道あり花の山」 天才相場師たちの教えがつまった相場格言を詠む
《東京証券取引所が立つ日本橋・兜町。かつての活気は、もうない。だがそこは紛れもなく、日本の株式取引の中心地だった。兜町を見つめ続けた記者が綴る【兜町今昔ものがたり】》
相場格言を詠む
日本短波放送(現・日経ラジオ社)を受験した際、10問の記述式試験があった。そのうち、全く手も足も出なかった設問が2つ。
ひとつは、「NSB225種修正平均株価とは何か?」。
戦後、東証に株価指数が導入されたのは、1950年9月7日。日経平均株価の源流とされる「東証株価指数」だ。1970年7月に日本経済新聞社が引き継ぎ、1985年5月に「日経225種平均株価」となった。その引き継ぎから日経平均株価に至る間、指数を算出していたのは「NSB(ニホン・ショートウェーブ・ブロードキャスティング)」、つまり日本短波放送だったのだ。それまで株の「か」の字にも知識も興味もなかった私には、答えを書き込むすべがなかった。
もうひとつは、相場格言である「人の行く裏に道あり花の山」の意味。やはり、一文字も書けなかった。
なんとか進んだ面接で「人の行く裏に〜」の説明を聞き、妙に感心した。投資家はとかく群集心理で動きがち。付和雷同だ。それでは大きな成功は得られない。「むしろ他人とは反対のことをやったほうが、うまくいく場合が多い」という代表的な相場の経験則に基づいた格言だ。同義語に「友なき方へ行くべし」「相場師は孤独を愛する」があり、ウォール街にも「人が売るときに買い、人が買うときには売れ」という名言が残されている。
日本の相場の源流は江戸時代の米相場。そこでも「万人の気、弱気ときは米上がるべきの理なり。諸人の気、強きときは米下がるべきの種なり」とする格言があったという。株式市場に伝えられる「格言」には興味深いものが多くある。
株式投資の「心構え」
「当たり屋につけ」
「人の行く裏に〜」を本道だとすれば、これは邪道。だが株式投資では、「当たり屋」が存在するのも事実。日常生活でも上手くいくときは不思議と、事が上手く運び続けることがある。あれこれ思い迷うときこそ「当たり屋に便乗したほうがよい」という意味。同義語に「当たり屋にチョウチン」がある。
一方、正反対の格言として「曲がり屋に向かえ」がある。「曲がり屋」とは相場に負け続けている投資家のこと。曲がり屋が買えば売り、売れば買い。兜町の住人の間では「曲がり屋に向かうほうが成功率は高い」とする声が強い。
「買いたい弱気 売りたい強気」
上げ相場の中で「買いたい」と思いつつも、「少し下がったところで……」という気持ちが「下がってほしい。いや、下がるだろう」という「にわか弱気」を生む。そしてついには、逆目の売りに手を出してしまう。売りたい強気は、その逆。
なぜ、こうなってしまうのか。兜町では「高値覚え・安値覚えが元凶」と説明する。一度つけた株価を忘れられずに昔の夢に浸かり、相場の転換期についていけなくなってしまうというのだ。ただ、「株価は一度つけた値段を忘れない」という経験則を語る向きがあることも事実ではある。
「遠くのものは避けよ」
上場株は3800余り。「自分の仕事関係で業態の中身が読みやすい業種の企業や、日常生活でなじみが深い商品を作っているような企業に的を絞るほうが間違いないのではないか」を意味する格言。投資のヒントは身のまわりから。類義語に「虫の好かぬ株は買うな」がある。
40年近く前になるが芸能プロダクション、ホリプロの創業者である堀威夫氏から、こんな話を聞いた。「自宅の半分以上は株で儲けた金で賄った。商売柄、コロンビアやビクター(当時は上場企業)は庭のようなもの。儲かっているかどうかなんかは、空気でわかる。2社株の売買で儲けた」と。
相場の見方・捉え方
「天井三日、底百日」
長期投資でなく、現在の相場の小波動を狙う投資家に向けた格言。
相場の推移の典型は、「なだらかな山の稜線を描くようにゆっくりと上昇し、突如、急勾配を登りつめたと思った途端、急坂を一気に下り、次の上昇期まで長期間にわたり横這いを続ける」とされる。兜町ではそのイメージを日数に置き換え、こんな格言で語り継いでいる。
短期筋にとっては「急勾配を登り始めたら、欲をかくな」という警告の格言でもある。同義語に「小回り3月、大回り3年」がある。景気循環と株価の波動の経験則から生まれた格言だ。
「閑散に売りなし」
上下動が止まり、相場が無風状態(保合〈もちあい〉)になるときがある。そんな折り、閑古鳥に嫌気がさし持ち株を投げてくる投資家も少なくない。保合から下げ相場に転じる。すると、我慢組の買いが起こりうる。株価が反発すると売った人も買い戻し、思わぬ上昇相場が出現する。だが人為的な売りが入り口ゆえ、上昇も早々に頭を打ち、元に戻る。保合場面での徒労に終わる売り込みを戒めた格言だ。
「相場は相場に聞け」
株式投資は魚釣りに通じると考えられる。まず「アタリをつける(打診買い)」。株価が上昇すれば買い増す。だが相場は天邪鬼。思うような上がり方をしないときは判断ミスと反省し、「様子見」もしくは「小幅利食い」「売り」と判断する。
相場は生き物だと言われるが、かといって投資家の耳元で指示を出してくれるわけではない。魚釣りに喩えたような姿勢をとることが「相場は相場に聞け」という格言の教えである。
兜町の住人は物知り顔で言う。「下げ相場なら、夜明け前の最も暗いときに買え。上げ相場なら、過熱感が出てきたら売れ。相場は必ず、そういうシグナルを発してくれているものだよ」と“したり顔”で。
売買のコツと心得
「株を買うより時を買え」
江戸時代の米の相場師、東白の語録を集めた『売買出世車』(1784)の一言。ウォール街に伝わる「株を選ぶ前に時を選べ」と同義語。この格言を大事にしている投資家は言った。「ベテランの漁師は気象や潮流など多様な指標・材料を的確に分析して出漁するから成果が得られる。株式投資も同じだ」。
拡大解釈すると「シーズンストックは真逆の時期に仕込め」、さらに、企業の基礎基盤がしっかりしていることが前提だが「突発事故は売るな」という流れにも繋がってくる。
「相場は明日もある」
ウォール街では「売り買いは3日待て」と言うそうだ。材料が出ても、ろくに調べもせずに飛びつくなという教え。よく調べてから買っても遅くない。1日や2日の遅れは大勢に影響はない。付和雷同で出現した相場は不自然、その後に現れる相場こそ本物。俗っぽく言えば「慌てる◎◎は貰いが少ない」。
「見切り千両」
わかっていてもなかなか生かせないのがこの格言。だが塩漬け株を抱え込んでいる投資家が多いことを勘案すると、傾聴に値する。「捲土重来」という言葉もあるではないか。わかっちゃいるけど……を示すように、類似格言が多い。「損切はすばやく」「引かれ玉は投げよ」「迷いが出たら売れ」。
ウォール街では「損は落とせ。さらば利益は大ならん」と言うとか。
売買タイミングの教え
「もうはまだなり まだはもうなり」
「もう底だと思えるときは、まだ下値があるのではないかと一応考えてみる。まだ下がるのではないかと思うときは、もうこのあたりが底かもしれないと考えてみてはどうか」。投資家心理と相場の行き違いを言い当てた格言と言える。自分だけの独善的判断は危険だよ、一呼吸入れよ、という意味だろう。
「二度に買うべし 二度に売るべし」
先の「相場は明日もある」に一脈通じる。江戸時代の米の相場師、牛田権三郎が相場のコツを短歌に詠んだ『三猿金泉秘録』(1755)に「買い米を一度に買うは無分別。二度に買うべし、二度に売るべし」と残されている。
「三割高下に向かえ」
波乱相場では別。通常の相場で投資資金効率を上げるための、格好な経験則が凝縮された格言といえる。上昇・下落に対してあらかじめこのスタンスで臨めば、余計な迷いも寄せ付けない。『三猿金泉秘録』にも、「高下ともに五分、一割に従いて、二割、三割は向かう理と知れ」と記されている。