成功する起業家にはストーリーがある

千葉 明
2024年2月21日 10時00分

《東京証券取引所が立つ日本橋・兜町。かつての活気は、もうない。だがそこは紛れもなく、日本の株式取引の中心地だった。兜町を見つめ続けた記者が綴る【兜町今昔ものがたり】》

「起業家よ、出でよ」が叫ばれている。現に自ら業を興し、その慧眼を生かして成長階段を昇り、上場を果たす、という企業も少なくない。

 株式投資の対象を俎上に載せる際、起業家スピリットに基づき上場を果たし、存在感を示している企業を選択するのも一つの方法ではないか。ということで、筆者が個人的に「今後とも見守り続けたい」と認識している企業を挙げてみる。投資対象として推薦するわけではなく、「起業家精神と株式投資」の考察の材料としていただきたい。

「起業を諦めたら後悔する」

 事実は小説よりも奇なり──不動産投資対象の物件掲載数首位の投資サイト「楽待(らくまち)」を運営するファーストロジック<6037>の創業の経緯を知ると、そんな言葉が脳裏を走る。

 創業者で現代表の坂口直大氏は大学卒業後、システム開発会社に身を投じた。システムエンジニア(SE)を目指し、残業が多い日々のなか業務に没頭。

 そんなある日、先輩から「SE35歳定年説」を聞かされる。「IT業界は技術の移り変わりが激しく、35歳を過ぎると、技術的にも体力的にもついていけなくなる」。当時囁かれていた「説」だった。坂口氏は「自分も35歳を過ぎたらホームレスになる可能性があるかもしれない。衝撃的だった」と振り返っている。

 時を同じくして、坂口氏はもう一つの衝撃に襲われた。「肺がん」の診断を下されたのだ(実は誤診で、結核。1年の通院で快方に向かった)。2つの衝撃に、「どうやって残りの人生を生きていけばいいのか、多少なりとも、世の役に立つ生き方はないかと思い悩んだ」と当時の胸の内を明かす。23歳の時である。

 通院しつつも、まずは「SE35歳定年、リストラ」に備え、安定した収入を求めなくてはならない。考え付いたのが不動産投資。家賃収入を得る道だった。が、時の年収は約300万円。東京中の不動産屋を歩いたが、どことして相手にしてくれなかった。インターネットにも(投資用)不動産情報は未だ見当たらない時期だった。

 これが、ファーストロジック立ち上げの背景となった。当時は「ドットコムバブル」と呼ばれ、楽天グループやサイバーエージェントなどインターネット関連企業が次々と立ち上がっていた時期。坂口氏も「起業」の2文字が頭に浮かんだという。「アナログで閉鎖的な不動産業界をインターネットで変えれば、ビジネスチャンスになるのではないか」

 厳父は銀行員。相談すると「融資先の経営者には、経営がうまくいかずに自殺に追い込まれた人もいる」と聞かされ、考え込んでしまったこともある。そんな最中に出会ったのが「死の床で人生を振り返ったとき、後悔することが最も少なくなるように生きようと決めた」という、アマゾン前CEOのジェフ・ベゾズの言葉だった。

「起業を諦めたら後悔する」と腹を括った。坂口氏はファーストロジックを設立した。2005年8月のこと。自宅アパートで、たった一人での起業だった。

後塵を拝しての差別化戦略

 ビジネスの柱である「楽待」サイトの設立から、成功までの紆余曲折を記そう。

 坂口氏が「楽待サイト」を立ち上げたのは、2006年3月。手元に「会員数・PV数(不動産投資家の閲覧数)」と題するグラフがある。いずれも右肩上がり。2023年3月期末時点で物件数は、広範囲な不動産案件59万件。ウェブサイトの不動産加盟店数は4278、(不動産購入希望の)登録会員数35万4000人。「最大のサイト」に異論はない。

 サイトの最大の鍵は物件掲載数。坂口氏は「全国の不動産会社を口説いて回った結果」とする。だが、地道さだけではない。

 差別化戦略。すでに不動産ポータルサイトとして、「スーモ」「アットホーム」が立ち上がっていた。「後塵を拝した同様のサイトでは勝負できない」と考えた坂口氏は、具体的な物件情報は一切なし、というサイトとして立ち上げた。サイトの枠組みはこんな具合だ。

 投資家はまずサイトに、自分の属性や希望物件の条件を入力する。個人名・連絡先は伏せられ、データベースに登録される。それを閲覧した不動産会社は「これなら」と思う物件を提案する。投資家は興味を持てば「問い合わせ」、なければ「お断り」と回答する。問い合わせの場合のみ、不動産会社に投資家の連絡先が表示される。のちの交渉に楽待は一切関与しない。収入源は不動産会社の広告のみ。

 坂口氏は、「楽待新聞の新企画は、スタッフからどんどん出てくるようになった」とご満悦風。広報担当者が具体例を語ってくれた。

  • 投資家向け月額3300円の定額サービス。会員限定の動画・記事の提供がメイン。当該不動産の積算価格やキャッシュフローの計算や、投資した場合のシミュレーションもできる
  • 楽待新聞に独自取材の記事を掲載。成功談・失敗談も伝えている
  • YouTubeで動画を配信し、幅広いユーザーの獲得を図る(動画の総再生回数2億回を突破)

 私もヤフーファイナンスで楽待新聞を閲覧、不動産投資の成功例・失敗例を商売のネタとして使わせてもらっている。坂口氏一流の「勝つための施策」は興味深い。

成功する起業家にはストーリーがある

 最近、ブティックス<9272>という企業を知った。入り口は2023年3月期決算が「売上高・営業利益・純益で全て過去最高」という事実を、外資系証券のアナリストから聞かされたことだった。今期も「55.2%増収、7.7%営業増益、3.7%最終増益」計画。外国人持ち株比率は5.5%近い水準に達している。

 事業は前期実績で見ると、こんな具合。

  • 商談型展示会事業:売上高8億6523万円、営業利益2億2842万円
  • ハイブリッド展示会事業:売上高4億606万円、営業利益1億3370万円
  • M&A仲介事業(介護・福祉業者間のM&A仲介):売上高17億7192億円(35.4%増収)、営業利益10億1538万円(営業増益30.9%)

 先のアナリストは「介護業界向けM&A仲介を軸に、成長街道を着実に歩んでいる」とした。周知の通り、勝ち残り・生き残りをかけた統廃合が必須の業界。着眼点に「うむ」と感心しつつ、どんな経営者が先頭に立っているのか、興味を覚えた。

 創業者は現社長の新村祐三氏。2006年に前身のケアミティを立ち上げている。「ブティックス創業者 新村祐三」で検索した。複数の媒体に創業の背景を語っていた。要約すると、こんな具合である。

 30歳までに起業を考えていたので、若いうちから経営者に近い立場で経験を積みたいと、卒業時には社員数50名以下で、実力いかんで権限が与えられるような会社を探した。飛び込んだのが展示会を主催する外資系企業。

 1990年代初頭、24歳の時に大きな展示会の責任者を任せられた。裏返すと、要は、バブル崩壊後の「残務処理/建て直し」の責任者。結局5年かかった。直後から5つの事業の再建を委ねられた。全てを成し遂げるまで、足掛け15年。次期社長をうかがえる役員になっていたので、このまま……という思いもよぎった。

 だがそんなタイミングで、妻の実家がこのままでは……という事態に陥った。介護商品のレンタルをやっていたが、介護保険制度の改正で介護保険の適用が狭められ、倒産の危機に晒された。

「起業」の2文字が蘇った。起死回生の一策はないか、と考え抜いた。至ったのが、介護商品のネット通販。未開拓の分野で、倒産の危機から一気に業界のトップに躍り出ることが出来ると確信したからだ。

 ケアミティを興した。

 成功する起業家には、それなりのストーリーがある。それが上場・成長の礎となる。気になる企業を見つけたら、ホームページを覗き、沿革を調べてみるべきだ。起業家発の成長企業に出会えるかもしれない。

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[執筆者]千葉 明
千葉 明
[ちば・あきら]東京証券取引所の記者クラブ(通称・兜倶楽部)の詰め記者を振り出しに、40年以上にわたり、経済・金融・ビジネスの現場を取材。現在は執筆活動のほか、講演活動も精力的に行う。『野村證券・企業部』『ザ・ノンバンク』『円闘』など著書多数。
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