信用取引の規制によって巻き起こる、売り方と買い方の心理戦を見逃すな!
空中戦から読み解く相場の温度
「相場が過熱して信用取引の規制が入ったため株価が急落した」
「高値圏で空売りが増加して逆日歩が付き、売り方と買い方による空中戦の相場となった」
株式関連のニュースで、こんな解説を見たことはありませんか? ここに出てくる用語は、投資家が証券会社から資金や株式を借りて行う「信用取引」と深い関係があります。
株式相場をより深く知るためには信用取引の知識は不可欠と言えますが、信用取引には、様々な規制が設けられています。信用取引の基本的な仕組みと、なぜ規制されるのか、そして、その規制が相場に与える影響について考えてみましょう。
信用取引の基礎知識
株式の取引には、現金で決済を行う「現物取引」のほかに「信用取引」があります。
信用取引とは、投資家が証券会社に現金や株式を担保として差し入れて、資金や株式を借りて行う取引です。担保に対して概ね約3倍程度の与信枠が設定されるため、手持ちの資金以上の取引を行うことができます。
また、株式を借りて売りから入る「信用売り」を行うことができるようになります。高値で借りた株式を売って、安値で買い戻して返却することにより、下げ相場でも利益を出すことができるのです。
(参考記事:株価が下がると損をすると思っていませんか? 「空売り」という選択肢)
このように、うまく使えば便利な信用取引ですが、信用取引の過度な利用は相場の過熱させてしまうことがあります。そこで、証券会社に株式や資金を貸し出す証券金融会社や証券取引所が、相場に過熱の兆候が見られた場合には、信用取引の利用に対して様々な制限をかけることがあります。
これが「信用取引の規制」と呼ばれるものです。
信用取引の規制を知る
信用取引の売りと買いは「建玉(たてぎょく)」と呼ばれ、信用取引の利用が活発化すると、売りと買いの建玉がどんどん積み上がっていきます。建玉の決済は反対売買によって行われますが、株価が乱高下し、建玉が大きく積み上がった状態で決済が集中すると、さらに相場の変動を加速させてしまいます。
このような不安定な相場になりならないように証券取引所や証券金融会社が規制をかけるのです。主な信用取引の規制には以下のようなものがあります。
・日々公表
「日々公表」とは証券取引所が行う注意喚起の一種です。
通常、個別銘柄の信用取引の売りと買いの建玉残高は毎週1回公表されています。しかし、信用取引の建玉が増えて相場にやや過熱感が出てくると、取引所が日々公表銘柄に指定する場合があります。
日々公表に指定された銘柄は、その名の通り、信用取引の売りと買いの残高が毎日公表されます。毎日公表することにより、投資家に対して過熱への注意を促すわけです。
どのような銘柄を日々公表銘柄に指定するかはガイドラインがあり、信用建玉の比率や移動平均線との乖離率、信用取引の利用の比率などで個別の基準が決まっています。また、取引所が独自の判断で日々公表に指定する場合もあります。細かい基準については、JPXのガイドラインをご参照ください。
・貸株注意喚起
「貸株注意喚起」とは、日々公表と同じく注意喚起の一種です。日々公表との違いは、日々公表は取引所が行うのに対して、貸株注意喚起は証券金融会社が行う点です。
まず「貸株」とは、投資家が信用売りを行うために証券会社から株式を借りることを言います(証券会社が投資家に「株を貸す」)。しかし、信用売りの株数が多くなり手持ちが足りなくなると、証券会社は証券金融会社に株式を借りにいきます。
さらに信用売りが増えると、証券金融会社は機関投資家などに持っている株式を貸し出してもらうことになります。このとき、信用売りを行う投資家は、株式を貸し出してくれた機関投資家などにレンタル料を支払う必要があります(これが「逆日歩」です)。
株式は無限に調達できるわけではありません。そのため、市場全体の売り建玉が多くなってくると貸株が困難になります。そのような状況にならないように、信用売りの増えてきた銘柄に対して証券金融会社が投資家に対して注意を行うのが貸株注意喚起です。
詳細な基準についてはこちらをご参照ください(ちなみに現在、日本にある証券金融会社は、この日本証券金融(日証金)の1社のみです)。
・貸株(現引き)申込停止
「貸株申込停止」は、証券金融会社が行う信用取引の規制です。貸株注意喚起によっても信用売りの建玉が減らずに貸株の調達が困難な状況では、貸株の申し込み、つまり新たな信用売りを制限することになります。また、買いの建玉を現金を支払って引き取る「現引き」も同時に規制されることがあります。
・増担保規制
「増担保規制」は、信用取引を利用する際に必要な担保の掛け目を引き上げることによって信用取引の過熱を解消させようとする、より強力な規制です。主に証券取引所が行うもので、日々公表によって注意を明記しても過激が解消されない場合に増担保規制がかけられます。
取引金額に対して差し入れる担保の額の掛け目を「担保率」といいます。担保率は通常30%なので、資金に対しておよそ最大3.3倍の信用取引ができます。担保率が仮に50%まで引き上げられると、資金に対して最大2倍までしか信用取引ができなくなるため、過熱の解消に繋がるというメカニズムです。
増担保規制が実施される細かな条件はJPXのガイドラインでご確認ください。
信用規制が株価に与える影響
相場とは予測不能なものです。したがって、信用取引の規制が株価に与える影響についても一概には言えませんが、例えば、ある銘柄が物色されて市場の注目を集めて急上昇しているようなケースで考えてみます。出来高が増えて注目度が高まると、短期での値幅取りを狙う信用買いや信用売りも増えていきます。
信用取引の買い方は、上昇トレンドに乗って短期での取りを狙います。それに対して信用取引の売り方は、相場は過熱しているが業績はまだ伴っていないと予想して、いずれ株価が下がるとの期待から信用売りを仕掛けていきます。
このように信用取引の建玉が増えてきたところで増担保規制がかかって、信用取引を利用しにくくなる(担保の資金がより多く必要になる)と、信用買いの勢いが衰えて、株価はいったんは下落となるのが一般的なパターンです。
ただし、相場というのは必ずしもセオリーどおりに動くとは限りません。信用売りが増えてくると「踏み上げ相場」になる場合もあります。
信用取引の売り方は決済のために株式を買い戻さなくてはなりませんが、株価が上昇してくると売り方にとっては損失が増えるため、あわてて買い戻しを行ったり、そうした売り方の不利を見た買い方がより買いの勢いを増したり、といった展開も起こり得ます。
その結果としてさらなる上昇につながる相場展開を「踏み上げ相場」と言います。
このように様々な規制が入ることからもわかるように、信用取引が活発に行われている銘柄の株価は乱高下しやすく、まさにここで「売り方と買い方の心理戦」が展開されているのです。
・ 三桜工業<6584>の場合
三桜工業<6584>は、自動車用のチューブや配管用の部品などを手掛ける東証1部上場企業です。2019年7月18日、同社は熱源に置くだけで発電する新型の発電素子の共同実験に成功した、とのリリースを公表しました。
このリリースを受けて、それまで400円台で推移していた株価は、一時ストップ高となる500円手前まで上昇します。しかしその後、信用取引による売りや買いが増えたことから、証券金融会社が1回目の貸株注意喚起を行い、投資家に注意を促しました。
その効果もあって8月9日には信用取引の過熱感も薄らぎ、注意喚起は解除されました。しかしながら、2019年の後半は全固体電池など次世代の電池技術に関するテーマ株が物色されていたこともあり、株価はその後も緩やかに上昇。当時の年初来高値の更新が続きました。
高値圏での推移が続く中で、売り方は売りの攻勢を強めていき、信用取引の売り建玉が増えていきます。その後、10月18日に2回目の貸株注意喚起が行われたものの過熱感は収まらず、同月25日には、ついに貸株申込停止による信用売り禁止の規制が入りました。
通常であれば、この段階で新規の信用売りが入らなくなり、売り圧力が減ることによって株価が下がる……というのがセオリーなのですが、このときは様相が違いました。買い方がここぞとばかりにさらなる買いの手を強めたことによって、株価はさらに上昇のピッチを加速させたのです。
こうなると、売り方は損失がいくらまで膨らむのかわからない恐怖に駆られて、あわてて買い戻しを加速させます。10月30日には2,050円の高値をつけ、3か月で株価は約4倍に上昇しました。
その後も乱高下はしたものの、信用取引による過熱感は時間とともに解消されていき、株価も緩やかに下落。貸株申込停止の措置も、2020年1月10日には解除となりました。
このときの同社の株価チャートからは、追いつめられた売り方があわてて買い戻しに走った末に見た恐怖が、そのままうかがえるようでもあります。
株式相場の原点に立ち戻る
個人投資家の中には、信用取引を利用していない方も多いでしょう。しかしながら、相場というのはどこまで行っても「買い方」と「売り方」の攻防なのだという原点に立ち返ってみると、信用取引に関するニュースにもより深い観点で向き合えるようになるのではないでしょうか。
相場が荒れて株価が乱高下するような局面は、「売り方と買い方の心理戦」を目の当たりにできる絶好の機会とも言えます。無理に参戦するのではなく、普段とは違った相場の見方をしたり、自分とは違う立場の視点を研究するチャンスとして大いに活用してみてはどうでしょうか。
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