【隣の退職金】甘い罠をくぐり抜け……プラス13%の利益を出せた理由

かぶまど編集部
2018年3月19日 8時00分

まとまった金額が一挙に入る「退職金」。老後の新たなチャレンジとして、はたまた、もっと増やしたいという思いから、退職金を元手に株の世界に足を踏み入れる人は多くいる。なかには、うまく運用して「第2の人生」を手に入れられる人も。

退職金を元手に株を始めて成功した人と失敗した人の違いは、どこにあるのだろうか? なかなか聞けない退職金の実態を聞いてみた。

金融機関の甘く巧みな誘い­­

大手機械メーカーに38年間勤務していた鈴木さん。60歳で無事に定年を迎え、2000万円の退職金を手にした。給与口座が振り込まれていた銀行と同系列の信託銀行に口座が開設され、そこに一括で振り込まれたそうだ。

「ただ定期預金で置いておくのはもったいない」と思った鈴木さんが目を付けたのは、その信託銀行が用意していた金利優遇プラン。満期は3カ月だが、通常より優遇された金利の定期預金を利用できる、というものだった。

なぜ優遇されるのかと言えば、対象が退職者に限定されていたからだ。しかし、金利が優遇されるのは「退職金の半額まで」という上限が定められていた。

投資信託を買うことが金利優遇の条件

実はこのプランを利用するには、「退職金の残り半額」の使い方に制限があった。それは、投資信託として運用すること。つまり、退職金の半額を金利の優遇された定期預金にしたければ、残りの半額は投資信託で運用しなければならない、ということだ。

鈴木さんには投資経験がない。当然、投資信託を選ぶのも「なんとなく」になってしまう。そのため当初は、新興国関連など「上がりそう」と思ったテーマや国(通貨)を素人目線で選んでいたという。しかも毎回、窓口に足を運んでいたため、結果的に、そこでおすすめされた商品を買うことも多かった。

「定期預金の優遇金利は必ず得られる収益なので、『この金利分はマイナスになってもいいか』というくらいの感覚で運用していました。定期預金の満期は3カ月なので、3カ月たったら再び同じプランを利用する、ということを繰り返していましたね」(鈴木さん)

金融機関は〝推し〟しかしない

実は、鈴木さんには金融関連の仕事をしている息子さんがいる。だが、お金の話を家族(ましてや息子)にすることには抵抗があったらしく、退職金を運用していることは話していたものの、具体的な相談は一切していなかった。

そうは言っても、「株初心者」かつ「いきなりの高額運用」という状況に息子さんのほうが懸念を抱き、一度だけ、信託銀行の窓口を訪ねるときに同席したことがあるという。鈴木さんが運用を始めて1年ほどたった頃、ご本人いわく「しぶしぶ同意した」そうだ。

めずらしく息子さんが同席するなか、窓口係の女性が最初に薦めてきたのは「日経平均株価に連動する投資信託」、つまりインデックス型ファンドだった。

投資信託の2タイプをざっくりおさらい

投資信託の運用スタイルには大きく分けて「インデックス型」と「アクティブ型」がある。

インデックス型とは、日経平均株価やTOPIXなど特定の指数(インデックス)と連動するように運用される。ファンドマネジャーの判断で運用するアクティブ型と比べて、インデックス・ファンドは目標とすべき指数があるため運用が容易でコストが安く抑えられる、とされている。

ちなみに、ファンド購入時にかかる販売手数料は一般的に1〜3%で、近年では無料(ノーロード)のファンドも増えている。また、ファンドを保有している間にかかる信託報酬は年率0.1%程度から多いもので2.5%程度とされている。

日経平均が750円上がっても利益が出ない

さて、信託銀行が鈴木さんに薦めたのはインデックス・ファンドだった。「それならコストが安くていいかも」と思ってしまいがちだが、この日の鈴木さんには息子さんというお目付役がいた。

そのファンドについて詳しく聞いてみると、窓口女性はこのような説明をした──「現在の日経平均が15,000円のため、手数料を含めて15,750円を超えた部分から全額がお客様の利益となる」。つまり、販売手数料や信託報酬を合わせて5%ものコストがかかるということだ。

「インデックスなのに日経平均が750円上がっても利益が出ないっていまひとつだな」と思った息子さんが、日経平均連動型で他のファンドがないかを尋ねたところ、窓口女性はちょっと困ったような顔をしたあと、「上司に確認します」と言って引っ込んでしまった。

「長年の実績によるインデックス」とは一体?

代わりに出てきたのは50代くらいの男性。おそらく女性の上司なのだろう。だが、その上司もまた、先ほどと同じファンドをひたすら推してきたという。

「『こちらは我々○○○○グループが長年の実績をもとに、自信をもって運用している商品でございます』と言って熱心に薦めていましたね。

でも、日経平均に連動するインデックス型ファンドなら、どれであろうとパフォーマンスに大きな差はないはずです。だってインデックスですから。それなら手数料が安いほうがいい、と伝えたら先方の表情が曇りました(笑)」(鈴木さんの息子さん)

この真っ当な返答に押されるようにして、先方はしぶしぶ、別の日経平均連動型のインデックス・ファンドを紹介してきた。販売手数料はほぼ0%だった。だがパンフレットは白黒かつペラペラな薄いコピー用紙で、一方、当初から推していたファンドのパンフレットは綺麗なフルカラーだったらしい。

なんとしても手数料の高いファンドを売りたい、という金融機関側の思惑がはっきりと伝わってくるエピソードだが、実のところ、金融機関とはそういうものだ(ちなみに、このファンドは現在は販売されていない)。

成功も、失敗も、すべて自分

結局、鈴木さんは息子さんのアドバイスを受けながらも、自身で運用判断を下すスタイルを貫いた。それが勉強にもなると思っていたし、窓口係の女性とのおしゃべりも老後の楽しみのひとつになっていたようだ(とは息子さんの言い分)。

そんな鈴木さんの運用成績を見てみよう。

ファンド名 投資金額 受取金額 運用損益
UBSグローバル公共公益債券FJPY1M 1,500,000 1,518,045 18,045
LM・ブラジル国債ファンド(毎月分配型) 1,500,000 1,379,879 -120,121
オーストラリア公社債ファンド 1,500,000 1,558,383 58,383
日興ピムコハイソブ(円ヘッジ) 4,000,000 3,966,879 -33,121
日興ピムコハイソブ(ブラジルレアル) 3,000,000 2,994,169 -5,831
PIMCO通貨選択型F(レアルコース) 7,048,800 7,314,890 266,090
ARTテクニカル運用日本株式ファンド 1,459,400 1,520,147 60,747
日興ピムコハイソブ(トルコリラ) 4,000,000 3,654,126 -345,874
ARTテクニカル運用日本株式ファンド 3,176,200 3,144,047 -32,153
Jリートファンド 5,795,600 6,427,745 632,145
世界標準債券ファンド 5,800,000 5,893,920 93,920
世界メディカル関連株式オープン 3,000,000 3,716,135 716,135
41,780,000 43,088,365 1,308,365

退職金の半額である1000万円を元手に投資信託の売買を繰り返し、累計4000万円以上を運用して130万8365円(プラス13%)の利益を得ている。当初、「定期預金の金利分はマイナスになってもいい」と思って始めた初心者にしては、大成功と言っていいだろう。

やっぱり難しいのは利益確定と損切り

だが鈴木さんは、この成績に決して満足はしていない。まず、おしゃべりは楽しかったものの窓口取引は手数料が高いと悟り、途中でネット注文に切り替えたそうだ。

「いちばん難しかったのは利益確定・損切りといった『売り』のタイミングでした。窓口では買わせるときだけ熱心で、それ以降はほったらかしですからね。一時期、保有しているファンドの価格が急上昇したのですが、どのタイミングで利益確定していいか迷っているうちに戻ってしまったこともあります」(鈴木さん)

初心者でありながら、しっかりと「損切り」の意識がある鈴木さんの姿勢に学ばなくてはいけない人は多いだろう。たしかに鈴木さんの運用成績を見ると、最大ではマイナス34万5,874円の手痛い損を出しているが、それ以外の損は大きくてもマイナス12万円と、大惨事になる前の火消しができている。

それでも「株が楽しい」と言える理由

鈴木さんは、株を始めた理由のひとつとして「退職して圧倒的に時間が増えた」ことを挙げている。そして、「株をやって良かったことは?」という問いには、こんなふうに答えてくれた。

「会社を辞めたことで経済(社会)との接点は減っていきましたが、自分が保有する投資信託の動向は当然、気になります。そのため、医療業界やエネルギー産業、ブラジルやトルコの情勢、原油価格や為替の動向といった、さまざまな関連する指標、ニュース、地政学リスクなどを、自分事としてとらえるようになりました

そうやって新しいことをひとつひとつ勉強していくことは純粋に楽しく、自分の知的好奇心を満たすものとなりました。この歳になってもまだまだ知らないことは多く、株によって新しい世界が切り開けたような気がしています」(鈴木さん)

そんな鈴木さんが株を始めて最初の2年間で学んだことは「欲をかかないこと」、そして「後悔しないこと」。この2つを心がけて続けた結果が、プラス13%という利益につながった。株の目的は人それぞれだが、どちらもすべての個人投資家が肝に銘じておくべきことでもあるだろう。

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[執筆者]かぶまど編集部
かぶまど編集部
無防備なまま株式市場に参加して大切なお金をなくしてしまう人をひとりでも減らしたい──そんな思いから、未来の株価や相場を予測するのではなく、過去の事例やデータといった「普遍的な事実」に焦点を当てた記事を発信します。同時に、株初心者の方や、これから株を本気で始めようとしている方にもわかりやすい解説を心がけています。
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