ゲームストップ事件のロビンフッドと、その急成長を支える「HFT」
《リモートワークで時間が増えたことで、アメリカでも個人投資家が増えました。そんななか、SNSを通じて結託した個人投資家たちが、ヘッジファンドに損失を与える出来事が発生。この買いを密かに後押ししたのは、実は、HFTによる仕組みに支えられた手数料無料でした》
ヘッジファンドを追い込んだ個人投資家の乱
2021年1月下旬、アメリカの株式市場で混乱が広がりました。
経営難にある銘柄を空売りしているヘッジファンドに対抗し、オンライン掲示板型SNS「レディット(reddit)」を利用している個人投資家たちが、こぞって該当の銘柄を買い占めたことで株価が上昇。ヘッジファンドはショートスクイーズ(空売りの買い戻し)を迫られたのです。
一連の動きに翻弄されるように、ゲーム専門店のゲームストップ<GME>や映画館チェーンのAMCエンターテインメント・ホールディングス<AMC>などの株価が乱高下しました。
この「個人投資家の乱」によって、ゲームストップ株を空売りしていたヘッジファンド などは、197億5,000万ドル(約2兆円)もの損失を被ったと報じられています。なかには、資産の半分を失ったヘッジファンドもありました。
こうした個人投資家が主に利用しているのが、スマートフォン専業証券のロビンフッド・ファイナンシャル。1ドルから取引でき、売買手数料が無料であることから利用者が急増していました。
さらに、新型コロナウイルスの感染拡大によって自分の時間が増えたことで、新たに株取引をはじめる人が増え、口座数は2020年に1,300万口座を超えました。1日当たりの取引量では、大手ネット証券であるチャールズ・シュワブ<SCHW>やTDアメリトレード・ホールディング<AMTD>を超えている時期もあります。
ロビンフッドを利用して短期トレードを繰り返す個人投資家は「ロビンフッダー」と呼ばれ、その投資行動が注目されています。
ロビンフッド人気を陰で支えるHFT
ロビンフッドの手数料無料化は、HFT(High-Frequency Trading=高頻度取引)によって支えられています。HFTとは、アルゴリズムを用いたコンピューター取引を指し、あらかじめ決めておいた手順に従い、金融市場でコンピューターが自動的にタイミングや数量を判断して取引します。
このHFTは1,000分の1秒を超える高速取引をおこなっていて、2010年のアメリカ市場でおこったフラッシュ・クラッシュ(ダウ平均株価がわずか数分で1,000ドルの下落した現象)はHFTが原因ではないかといわれています。
〈参考記事〉コロナショックで荒稼ぎ HFTに個人投資家はどう対処するべきか
ロビンフッドは個人投資家の売買注文をHFTに回送し、その見返りにリベート(金額の一部を返金)をもらうことで、個人投資家の取引手数料を無料にしているのです。
HFTの収益源は、実は個人投資家の取引
そして、今回のゲームストップをめぐる混乱はヘッジファンドを苦境に追い込みましたが、実はHFT業者にとっては追い風になりました。
HFT業者は、個人投資家の売買注文を利用して、マーケットメーキング業務をおこない、利益を出しています。マーケットメーキングとはディーリング(自己売買)業務の一つで、自身が応じることのできる売り注文と買い注文を提示し、他の投資家からの注文の取引相手になる手法です。
つまりHFT業者は、ロビンフッドなどの証券会社が集めた個人投資家の注文に値段を提示し、その取引で生まれたスプレッド(利ザヤ)によって収益を稼いでいるのです。そして、その収益の一部をロビンフッドなどのネット証券にリベートとして支払っています。
そのためロビンフッドとしては、リベートを稼ぐために個人投資家の売買をとにかく増やさなければいけません。
アルファクション・リサーチというアメリカの調査会社によると、2020年7~9月期のロビンフッドのリベート収入は1億9,450万ドルで、四半期として過去最高。HFT大手のシタデル・セキュリティーズが約45%を占めています。
また、同じくHFT大手バーチュ・ファイナンシャル<VIRT>が発表した2020年12月期決算は、最終損益が11億2,000万ドル(約1,170億円)の黒字となり、過去最高を更新しました。バーチュ・ファイナンシャルのマーケットメーキング事業は、同社の収益の中心です。
つまり、アルゴリズム取引によって莫大な利益をあげていると言われるHFT業者ですが、その裏には個人投資家による大量の取引があり、それを提供しているのがロビンフッドなどのネット証券ということなのです。
HFTは個人投資家の敵か味方か
東京証券取引所にほぼ一極集中している日本市場と違って、アメリカには取引所が複数存在するだけでなく、取引所外の取引も活発で、競争が激しくなっています。そこに、HFT業者などマーケットメーカーが買値と売値を提示することで、市場に一定の流動性を供給していることは確かです。
上述したHFT大手バーチュ・ファイナンシャルのCEOは、2021年2月の決算説明会で、2020年にHFT業界全体で35億ドルの価格改善効果を個人投資家にもたらしたと強調しました。
しかし、ネット証券がリベートの多さでHFTを選んでいるとの声も多く、必ずしも投資家にとって有利な条件が確保されているとは言えません。
ロビンフッターの買い占めによる個別銘柄の乱高下は沈静化してきていますが、在宅勤務をしている個人投資家の売買意欲は依然として高く、アメリカの株取引における個人投資家の売買高シェアも20~25%に上昇しています。
今回の出来事は「個人投資家 vs. ヘッジファンド」という構図で語られていますが、同時に、ロビンフッドとHFT業者との蜜月も浮き彫りになりました。というのも、ロビンフッドは一部銘柄の買い戻しを停止しましたが、これはシタデルなどHFT業者からの要請によるものと噂が広がったからです。
〈参考記事〉マーケットを動かす「ヘッジファンド」の正体と、個人投資家が注意すべきこと
実は、シタデル・セキュリティーズは、個人投資家の買いで大きな損失を出したヘッジファンドに出資していました。そのヘッジファンドを救うために個人投資家の買いを止めたのではないか……との憶測が広がったのです。
日本の個人投資家が考えたいこと
ロビンフッドをはじめとするネット証券の手数料無料は個人投資家にとってありがたいことですが、その一方で、ネット証券とHFT業者がリベートによって結びついている状態は、必ずしも個人投資家の利益にはつながりません。そのため、手数料無料を支える仕組みに今後メスが入る可能性はあります。
そして、こうした動きは日本も無縁とはいえません。2010年の東京証券取引所のアローヘッド導入以降、HFTの存在感は日本でも高まっているからです。また、日本でも手数料無料の時代が来るといわれ、ロビンフッダーのような個人投資家が増える可能性もあります。
個人投資家の増加は株式市場を発展させるためには必要な要素ですが、それと引き換えにして、今回の「ゲームストップ事件」のようなマーケットの混乱を招かないよう、何らかの対策が必要になると考えられます。
HFTというものは知っていても「自分には関係ない」と思っている方も多いかもしれませんが、株式市場というひとつの大きな土俵の上にいることは、個人投資家もHFT業者も同じです。あらゆるニュースを自分との関係から考えてみることで、相場というものへの理解がさらに深まるでしょう。