マーケットを翻弄する高頻度取引「HFT」 注目映画が教える投資家への教訓とは

岡田禎子
2019年9月23日 8時00分

1秒間に何万回という売買を繰り返す高頻度取引「HFT」。知ってはいるけれど自分には関係ない……と思っていませんか? 全米に衝撃を与えた一大プロジェクトが映画化され、HFTの裏側にある真実が描き出されています。そこに垣間見える個人投資家への教訓とは──

得体の知れない「HFT」

近年、世界の株式市場に大きな影響を与えているものに「HFT高頻度取引)」があります。多くの個人投資家にとっては、何だかよくわからないけれど得体の知れない恐ろしいもの……というイメージがあるのではないでしょうか。

今やHFTは日本株取引の約6割を占めると言われています。株式相場という同じ土俵で戦う以上、その正体を理解しておくことは大切です。

そうは言っても、個人が実際に手がけることはできない取引のため、ただ説明を読んだり聞いたりしても、結局は「何だかよくわからない……」で終わってしまいがちです。

全米を驚愕させた大プロジェクト

そんな人におすすめしたいのが、2019年9月27日公開予定の映画「ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち」。アメリカのカンザスとニューヨークを結ぶ総長1,600kmに、一直線に光回線ケーブルを設置しようと試みた男たちの物語です。

この映画は、アメリカのみならず世界の株式市場に衝撃を与え、ベストセラー作家のマイケル・ルイスが著書『フラッシュ・ボーイズ』でも取り上げた、実在のプロジェクトが題材となっています(映画と実際のプロジェクトでは細部が異なります)。

そのプロジェクトこそが、HFTの原点とも言える世紀の大挑戦だったのです。

映画で学ぶ、HFTの実態

そもそも「HFT」とは何なのか

ウォール街の証券会社でHFTを行っていた主人公は、世界中の投資家を出し抜くために、カンザスにあるデータセンターからニューヨークまで一直線に光ケーブルを敷くという、とんでもない計画を思いつく。資金提供の話を取り付けた主人公は、同じ証券会社で働く従兄弟の天才プログラマーを誘い、会社を辞めて計画を実行に移す。

HFTとは、コンピュータを駆使して、1秒間に1万回近くの高速・高頻度で自動売買を繰り返す取引のことです。「high-frequency trading」の略で、日本語では「高頻度取引」と言います。

日本市場でも、2010年に東京証券取引所が新株式売買システム「アローヘッド」を稼働させたことにより、HFTでの取引が可能になりました。現在では、全取引の約6割がHFTで占められています。

・なぜ「一直線」なのか?

HFTを行う業者は、取引所内のデータセンターのすぐ脇に自社サーバーを設置し、そこから直接注文を出す仕組みを利用しています。なぜ取引所内にサーバーを設置するのかと言えば、ケーブルの長さが(物理的に)短いほど、発注スピードが上がるからです。

映画でも、情報伝達をミリ秒単位で速くするために、主人公たちはひたすら〝まっすぐ〟に光ケーブルを設置することにこだわります。

ちなみに「ミリ秒」とは1000分の1秒(0.001秒)。アメリカ大陸の熱帯地方に生息する小型の鳥、ハチドリは、超高速で羽ばたくことによって空中に静止して花の蜜を吸います。その羽ばたきがミリ秒と言われていることから、この映画のタイトルにもなっています。

巨万の富をもたらすHFTの戦略

「君がレモン会社の株を、1株最高10ドルで1,000株買おうとネットに買い注文を出すと、トレーダーたちがレモン会社に売値を提示する。誰よりも早く取引をするならどうすればいい?」「カンザスからニューヨークまでアクセスして、1セント安く株を買って君に10ドルで売る」「僕は1セント×1,000株で、10ドル儲けた」「取引は毎日20万件。週末は休んでも、年に5億ドルになるよ」

HFTの主な戦略として、マーケットメイク取引裁定取引アービトラージ)があります。

マーケットメイクとは、同じ銘柄に売り注文と買い注文を同時に出し、他の投資家の注文が来ればその差額分で利益を得る取引です。99円で買い注文を出すと同時に100円で売り注文を出せば、その差額1円が儲かります。

一方の裁定取引(アービトラージ)とは、複数の取引所などで取引されている銘柄などについて、一瞬の価格差が生じたところで、安いほうを買って高いほうを売ることで利益を得る方法です。

いずれも重要なのは、他の業者より速いこと。いかにして他社を出し抜き、先回りして注文を出せるかどうかがカギとなります。現在その速度は、ミリ秒をはるかにしのぐ「ナノ秒」(10億分の1秒=0.000000001秒)と言われ、1ナノ秒を巡る熾烈な競争が続いています。

HFTが引き起こす大クラッシュ

主人公たちが突然会社を辞めたことに腹を立てた上司は、彼らの計画を潰し、利益を奪おうと執念を燃やす。そこで新たな手法でHFTを試みるが、システムダウンを起こして「フラッシュクラッシュ」を招いてしまう。

高速・高頻度で売買を手がけるHFTに対しては、流動性の供給とボラティリティ(株価の変動率)の低下という点で市場に貢献していると評価の声がある反面、コンピュータによる自動取引が思わぬ相場の急変を引き起こす懸念も指摘されています。

その一例が、2010年5月にアメリカ市場を襲った「フラッシュクラッシュ」(株価やマーケットの瞬間的な急落)です。

ある運用会社の大口発注を原因とした先物価格の急落に、HFTやアルゴリズム売買などが追随するなどして、売りが売りを呼ぶ負の連鎖が起きました。これにより、ダウ平均株価はわずか数分のうちに約1,000ドル(約9%)も下落することとなりました。

株式市場を変えたHFTの現在と未来

主人公から計画を聞かされたウォール街の投資家は、多額の資金提供を約束する。なぜ名もない一証券マンに大金を投じたのか? それは、彼の計画が成功すれば巨大なマネーを生むとわかっていたからに他ならない。

勝率100%とも言われたHFTですが、2014年、マイケル・ルイスが『フラッシュ・ボーイズ』でHFTを批判的に描いたことで、他の投資家より先回りして取引するHFT業者への批判が高まります。

世界各国で、HFT業者を登録制にするなどの規制導入・強化が進んでいます。日本でも、2018年にHFT業者は金融庁への登録制となり、2019年11月には「連続約定気配」を改善して、HFTによる急激な価格変動の抑制を目指す制度を導入することが決まっています。

実は、HFT業者が隆盛を極めたのは2009年頃で、現在では、多額のシステム費用がかかる上に、熾烈な競争は留まるところを知らず、手放しで儲かるビジネスとは言い難い状況です。

また近年、世界の取引所ではスピードバンプ(投資家の注文から執行までの時間をあえて遅らせること)の導入が広がっており、HFT業者にとってはさらに逆風となりそうです。

HFTが個人投資家に与える影響

HFTは、株価の急激な変動時にはリスク回避のために取引を止める傾向にあります。また、判別不能な事態に陥るとうまく働かずに取引を止めたり控えたりします。流動性を供給していたHFTの発注が消えると、市場における需給のバランスは大きく崩れます。

このように、大きなニュースや出来事などで相場が一定以上の動きを見せたとき、一時的とはいえ、HFTが流動性供給を不安定化させ、株価の変動を高めるリスクがあることは否定しきれません。加えて、映画にもあったシステム障害のほか、プログラムエラーや人的ミスなどによって暴走するリスクもあります。

日本でも、2018年10月にHFT業者のミスによる東証のシステム障害が起こり、「ログインできない」「コールセンターに繋がらない」「注文が出せない」など、個人投資家にも多大な影響を及ぼしました。

HFTの拡大で、これまで経験したことのない想定外のリスクが発生する可能性があることを、個人投資家もよく認識しておく必要があります

映画が伝えるマーケットの真実

総長1,600kmの全地主と1万件に及ぶ土地買収を実行し、数々の苦難を乗り越えて、主人公たちがたどり着いたのは──。果たして、彼らは巨万の富を手にすることができたのでしょうか? 意外な結末は、ぜひ映画でご確認ください。

結局、株の世界は「アナログ勝負」

HFTに「ロボットトレーダー」という別名があるように、マーケットでは、人間には感知できないスピードをコンピュータが競い合っています。

しかしその現場では、プログラム開発はもちろんのこと、1ナノ秒を削り出すための「より最新のシステム」「より速い回線」「より短いケーブル」……を求めて、人の手によるアナログ勝負が繰り広げられています。つまり、コンピュータの裏側には人間がいる、ということです。

マーケットは常に人対人の戦いです

HFTという金融の技術革新がもたらした題材を扱ったこの映画は、相場に参戦しようとする者が決して忘れてはいけない本質的な教訓を、あらためて教えてくれます。


「ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち」

  • 監督・脚本:キム・グエン
  • 出演:ジェシー・アイゼンバーグ、アレクサンダー・スカルスガルド、サルマ・ハエック
  • 配給:ショウゲート/2018年/アメリカ
  • http://www.hummingbirdproject-movie.jp
  • 9月27日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

© 2018 Earthlings Productions Inc./Belga Productions

[執筆者]岡田禎子
岡田禎子
[おかだ・さちこ]証券会社、資産運用会社を経て、ファイナンシャル・プランナーとして独立。資産運用の観点から「投資は面白い」をモットーに、投資の素晴らしさ、楽しさを一人でも多くの方に伝えていけるよう活動中。個人投資家としては20年以上の経験があり、特に個別株投資については特別な思い入れがある。さまざまなメディアに執筆するほか、セミナー講師も務める。テレビ東京系列ドラマ「インベスターZ」の脚本協力も務める。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、ファイナンシャル・プランナー(CFP)
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