「推しの夢はわたしの夢」 ZOZOが思い出させてくれたマーケットのある真実
《株式投資の魅力はやっぱり個別株。それも、とことん愛して(一方的な)想いを遂げてこそ、その奥深い面白さを実感できます。個別株投資という“沼”にハマった筆者が綴る【個別株偏愛】》
2021年12月、「衣料品通販大手ZOZOの創業者でスタートトゥデイ社長の前澤友作氏が、ついに宇宙へ」のニュースが流れました。
その日、わたしは夜空を見上げ、かつての「推し」の夢の成就に、胸の奥がキュンとなるのを感じました。「前澤社長、長年の夢が叶って良かったですね」
楽しかったあの頃──
保有していたZOZO<3092>の株価が空高く上昇し、上場来高値になったのは2018年の夏のことです。誰もがZOZO株のことを口にし、同社を率いる前澤氏の発言や一挙手一投足に多くの投資家が注目していました。
もちろん、わたし自身も夢中になっていました。
出会いは突然に…ゴミ置き場で
「10倍株を見つけるにはまず自分の家の近くから始めることだ」──そう言ったのは「投資の神様」として崇められるピーター・リンチ氏ですが、ZOZO(当時はスタートトゥデイ)とわたしの出会いはまさに、2018年の3月、自宅マンションのゴミ置き場でした。
黒地に白文字で「ZOZOTOWN」と書かれたクールな段ボール箱がいくつも置かれているのを見たわたしは、「最近とくに増えたな」と思ったのです。
ZOZOといえば、2007年に上場してからたった10年で時価総額1兆円を突破した企業。創業社長である前澤友作氏は、これまでの日本の経営者とは異なる型破りな経営と、その“変人ぶり”(もちろん良い意味です)で知られるニュータイプの人物でした。
当時は、業績好調ではあるものの競争激化懸念もあり、同社の株価は調整していました。ただ、近未来的な「ZOZOスーツ」やPB(プライベートブランド)商品の発売などで話題性は十分。営業利益率も高水準だったので、さっそくリサーチしてみることにしたのです。
手はじめに、衣料通販サイト「ZOZOTOWN」を愛用していると言っていたお洒落な友人をランチに誘い、話を聴くことにしました。サービス業に投資する場合は、実際に使っている人の「生の声」を聞くのがいちばん早いからです。
ユナイテッドアローズの新作ワンピでバッチリ決めて現れた彼女は、社長の前澤氏がハードコアバンドのドラマーだった頃から知っていると言い、「ライブのチケットが即ソールドアウトするほどの熱狂的なファンの多いカリスマバンドだった」と懐かしそうに話してくれました。
その前澤氏が輸入CD・レコード通販から始めた洋服の通販サイト「ZOZOTOWN」は、「エッジが効いていてすごーくお洒落だった。ただ、最近はちょっと変わってしまったけど」とのこと。
最後のひと言が引っかかったものの、バンドマンにめっぽう弱いわたしは強く心を動かされ、「買おう」と決めたのです。
ZOZO劇場の幕開け
ZOZOのような新興企業の場合、「株価は社長で決まる」のがマーケットのひとつの真実です。なぜなら、創業者が社長で大株主である場合、その人物に経営の全決定権があるからです。会社への影響も大きく、自身の「ビジョンの明確さ」で株価を引っ張っていきます。
数十年先を見据えて、会社を成長させるための高いビジョンをしっかりと描き、それを実現させる戦略を持っていること。そして、それを投資家にきちんと説明できること。それらを実行できる優秀な経営者であれば会社は大きく成長するだろう、と投資家は期待するわけです。
また、社長自身も大株主ですから、当然、株価を上げたいわけで、株価を上げるためにはどう行動すればいいのか、というインセンティブが働きやすくもなります。
「やることなすことうまくいっちゃったから、会社が楽しくなった」。ドラマーから経営者へ転身した前澤氏は、「(ファッション革命で)世界中をカッコよく、世界中に笑顔を。」を理念に、ZOZOを1兆円企業にまで成長させます。
さらに、2018年4月には初となる中期経営計画を発表。PB商品「ZOZO」を動力とした「10年以内に時価総額5兆円」という規格外の計画を打ち立てて、マーケット関係者をアッと言わせます。
5兆円といえば、「ユニクロ」を展開するファーストリテイリング<9983>に並ぶ規模。当時のZOZOの時価総額は1兆円ですから、約5倍にすることを堂々と公言したのです。
PB成功の鍵となる「ZOZOスーツ」は世間の話題を呼び、同時に、ファッション界の共通課題である「サイズ問題」を一気に解消する革新性を秘めていました。
加えて、「ZOZOスーツ」によるビックデータでFANNG(フェイスブック、アップル、アマゾン、ネットフリックス、グーグル」のような成長を遂げるのでは? との期待感も高まり、株価は大きく上昇し始めます。
ここに、ZOZO劇場の幕が開きました。
推しの夢はわたしの夢
その頃には前澤氏の伝説をあれこれと読み漁っていたわたしは、すっかり彼に心酔してしまい、ファッションには大して興味がないくせに日に何度も「ZOZOTOWN」のサイトを見に行ったり、千葉の海浜幕張にある本社(当時)をこっそり訪ねたりもしました。
「推し」の夢を応援するために、水玉模様に仕様変更になった「ZOZOスーツ」にムチムチの体を無理やり突っ込んで、カメラの前で回転しながら自分の身体のサイズを計測することも厭いませんでした。
あるときは、ユニクロ・柳井正社長の「ZOZOスーツはおもちゃ」発言に動揺し、楽天と伊藤忠がファッション通販に参戦するとのニュースに、前澤氏が「あーー、怖っ」とツイートしたのを見て、「そんなこと呟いたらダメだよー」と心配もしました。
部屋にはZOZO箱がどんどん積み上がり、「推しの夢はわたしの夢」とばかりにせっせと“推し活”に励んでいたのです。
その甲斐あって(?)、2018年7月、ZOZOは新たに日経平均株価に採用される銘柄の有力候補となり、株価は上場来高値を更新します。わたしの保有株も買値から約2倍となり、「推しを応援していて良かった。このまま一緒に時価総額5兆円を目指そうね♪」と夢心地でした。
企業価値をコツコツと計算したり、泥臭いリサーチをしたり、といった自分の個別株投資における日々のささやかな努力がどうでもよくなるくらいに、「未来の株価が信じられる」、当時の前澤氏にはそういう圧倒的な魅力があったのです。
さよなら、ZOZO
2019年9月、ヤフー(現在はZホールディングス<4689>)によるZOZO買収が発表されました。わたしは、事の成り行きに驚きはしたものの、なんとなく予感はしていました。
「ZOZOスーツ」の誤算、12月に始めた有料会員サービス「ZOZO ARIGATOメンバーシップ」の失敗、PB不調による初の減益……。ダメとわかったら素早く方向転換させる。それが前澤氏の強みであることも知っていたからです。
ヤフーとの共同記者会見で前澤氏は、「どうしても宇宙に行きたい」と涙ながらに語っていました。「もう、彼にとって楽しくなる対象がZOZOではなくなったのだ……」。ひとり取り残されたような寂しさを覚えながら、わたしはテレビでその様子を見つめていました。
社長の「ビジョンの明確さ」で株価を引っ張っていた場合、その方向性が変わってしまったなら、潔く諦めるのが投資家としての鉄則です。
さようなら、前澤社長。さようなら、ZOZO。
そして、ありがとう。
ひとつの銘柄を応援することがこんなに楽しく幸せだなんて、いままで知りませんでした。
わたしは、TOB(株式公開買い付け)に応じることなく、全株を売却しました。
あなたの「推し」は?
「(新興企業の場合)株価は社長で決まる」──マーケットに隠されたこの真実を強烈に体験したのが、ZOZOでした。
株式市場には自らのビジョンに向かって突き進む企業が集まっています。まずは、社長の人となりを深く観察してみましょう。運良く、自分が心から応援したいと思える「推し」を見つけることができたなら、その銘柄は、あなたがまだ体験したことのない世界を見せてくれるかもしれません。