個別株投資で最もやってはいけないこと 英国風パブで知った愛のほろ苦さ…

岡田禎子
2022年5月20日 17時30分

qwasder1987/Adobe Stock

《株式投資の魅力はやっぱり個別株。それも、とことん愛して(一方的な)想いを遂げてこそ、その奥深い面白さを実感できます。個別株投資という“沼”にハマった筆者が綴る【個別株偏愛】》

ここは、ハブ3030>が運営する東京某所の英国風パブ「HUB」の店内。

ドリンクもフードもワンコインという驚きの価格でハッピーアワーを満喫♪ ……のはずが、ハブ株でいままさに大損しているわたしは、まったく楽しむことができずにいます。「ワンコインどころか、このビール1杯がン万円になるかもしれない」。酔った頭の片隅でついつい考えずにはいられません。

個別株は「偏愛」してこそ。決して「道楽」になってはダメ──前回の最後にそう書いたのは、わたし自身が痛い実体験で学んだ教訓でした。

ハブとの出会い

「英国風パブ『HUB』を展開するハブも面白い存在。9月20日からラグビーW杯2019日本大会が各地で開催され、イギリスがラグビー発祥の地ということもあって思惑買いを呼びそう」

こんな記事が目に入ったのは2019年の夏のこと。インバウンド需要で外食銘柄が総じて好調だったことから、何か面白い銘柄はないか、と探していたところでした。

ハブ3030>は、1980年にダイエー創業者の中内㓛氏が「パブ文化を日本にも広めたい」と始めた事業で、2030代が主要顧客。本格的な英国風パブ文化を味わえ、さらに店内にはモニターが設置されてスポーツ観戦ができるなどスポーツバーとしての顔も持っており、業界では独自のポジションを築いています。

2017年に東証1部に昇格し(現在は東証プライム)、インバウンドの「ナイトエコノミー(夜遊び)」銘柄の本命としても投資家の注目を集めつつありました。

それまでスポーツ観戦にはまったく関心のなかったわたしですが、同社の業績が良いのは決算発表などで知っていましたし、「ワールドカップ」というスポーツ界最強クラスの響きに、「これは期待できる!」とピンと来たのです。

早速リサーチとばかりに、六本木にある「HUB」へ。カリッと揚がったフィッシュ&チップスにモルトビネガーをこれでもかと振り掛け、独特の苦みが心地良いHUBエールを喉に流し込みながら、店内をじっくりと観察します。

そこには、思い思いに休日のひと時を過ごす多種多様な人々の姿がありました。仲間同士で盛り上がったり、カップルで愛を語り合ったり、ひとり静かに本を読んだり。まさに、数年前に旅したロンドンのパブと同じ雰囲気が感じられ、新しいオトナの文化に触れたわたしの胸はときめきました。

さらに野球中継が始まると、ファンもそうでない人も一斉にモニターに視線を集中させ、それぞれがビール片手にワイワイと盛り上がる。そんな様子を目の当たりにして、「これはワールドカップが始まったら大変なことになる」と確信したのです。

ハブと一緒に見た夢

すっかりパブ文化に魅せられたわたしはハブ株を購入。その後も、せっせと店に通い詰めました。「イギリスではロンドン金融街・シティーのパブで株価が決まるんだよ」なんて話を小耳に挟んだりもして、新しく見つけたこの恋(株)にハマっていったわけです。

ところで、ハブのように時価総額の小さな中小型株を「成長株」として買う場合、その企業独自のユニークなサービスかどうかに注目します。なぜなら、株式市場では他の企業との比較によって株価が成立するからです。

そのため通常は、業界で2番手よりは1番手の企業、同業種なら利益率がより高い企業、というのがセオリーです。しかし、他社と比較できない独自のサービスであれば、比べる相手がないため、投資家も業績云々を論じるよりも成長期待のほうがグンと大きくなり、株価も膨らみやすくなります。

ハブは「100年根付く英国風PUB」というコンセプトで独自のサービスを展開。当時の中期経営計画では「店舗数200店舗、売上高200億円、経常利益20億円」という明解なビジョンを掲げ、まさに爆進中でした。2019年2月期決算では5期連続となる過去最高益を記録し、株主優待の新設や増配の発表もしていたのです。

つまり、ユニークなサービスに加えて、株価上昇に向けたポジティブな要素も揃っており、ここに投資家の注目を集める材料(=ワールドカップ)が加われば、ハブは文字どおり「面白い存在」になる──これがわたしの思い描いた投資シナリオでした。

その読みどおり、ワールドカップが近づくに連れて特需期待からハブの株価は上昇し、投資家の注目を集め始めます。その勢いのまま9月20日の開幕を迎えると、24日の対ロシア戦で日本が快勝。日本中が歓喜の渦に包まれるなか、株価も年初来最高値を更新したのです。

愛に溺れて犯した禁じ手

日本代表が決勝トーナメントに進出し、奇跡の優勝! スポーツ観戦が人々の間で定着し、ハブの業績はうなぎ上り! そして株価は、2020年の東京オリンピックでピークを迎える! ワールドカップの盛り上がりとともに、わたしの妄想も最高潮に達します。

しかし現実は、そう、対ロシア戦のあった9月24日が株価のピークでした。その後に発表された第2四半期決算が減益だったことや日本代表の準々決勝敗退で「材料出尽くし」となり、株価は下落の一途をたどりました。

ところが、勝利の美酒に酔いしれたわたしは愚かにも、さらに買い増しを続けます。損切りラインを大きく超えてきた株価を前にしても、どうしても売却できませんでした。株価はいずれ戻るだろう。配当利回りもそこそこあるし、株主優待だってある。東京オリンピックまで配当+優待狙いの銘柄として持っていればいいじゃない……そんな考えがムクムクと浮かんできたのです。

個別株投資で最もやってはいけないこと。それは、最初に決めた戦略を書き換えることです。一度投資したら、あとは株価シナリオに沿って行動し、そのシナリオが生きているかどうかを随時チェックします。元のシナリオを変更してしまうと、もはや取るべきアクションがなくなってしまいます。

もしも戦略が失敗していたら潔く損切りし、新たな戦略を立てるべきなのです。ましてや、値上がり益狙いの成長株投資と配当+優待狙いの投資とでは、まったく手法が異なるのですから。

わたしは30年を超える投資経験の中で、これらのことを重々承知しているつもりでした。それでも禁じ手を犯してしまったのは、ハブという存在がわたしの生活の中に深く入り込んでしまい、それを手放すのが惜しかったからです。

ハブでスポーツ観戦の楽しみを知り、さまざまなカクテルの味を覚えたり、そこで繰り広げられる人間くさい会話からアイデアをもらったり。パソコン画面に映る株価ボードにさえ蓋をすれば、ハブとの蜜月はわたしにとって幸せそのものでした。

他人から見たらダメンズでも、天性のヒモ男を養っている女性ほど幸せそうに見えるのは、そこに彼女が自らの意思で選んだ幸福があるから。ただし、個別株投資で「世間の評価」を忘れると、途端に痛い目に遭います。

「いつか戻る」その日はきっと訪れない

出会いから半年あまり。禁断の方針転換によって配当+優待狙いに変えたハブ株に、新型コロナウイルスという悲劇が襲います。外食銘柄の優等生も、そのサービスの特性ゆえダメージが大きく、業績悪化から配当はゼロに。お詫びにと株主優待は2倍に増えましたが、その優待券も営業停止で使えなくなります。

気がつけば株価は購入時の半値以下……。ミクシィ<2121>との業務提携で一時盛り返したものの、現在も低空飛行のままで、投資としては完全な失敗です。

「お金返してよ!」とヒモ男に叫んでしまったら、そのまま家出して二度と帰ってこないように、シナリオを外れて下落した株価が「いずれ戻る」ことは稀で、多くの場合そのまま戻ってはきません。戦略を見失った保有株はもはや投資とは呼べず、ただの道楽にすぎないのです。

え? その後ハブ株をどうしたかって? ……なんと言いますか、情が湧いてしまった惰性の恋愛パターンでしょうか。道楽だと割り切って、そのまま継続保有しています。

でも、どんなに手痛い失敗も経験値として次に生かせるのが、個別株投資の醍醐味のひとつ。投資人生の中で一度くらいは、そんな恋(投資)をしてみてもいいかもしれませんよ。

[執筆者]岡田禎子
岡田禎子
[おかだ・さちこ]証券会社、資産運用会社を経て、ファイナンシャル・プランナーとして独立。資産運用の観点から「投資は面白い」をモットーに、投資の素晴らしさ、楽しさを一人でも多くの方に伝えていけるよう活動中。個人投資家としては20年以上の経験があり、特に個別株投資については特別な思い入れがある。さまざまなメディアに執筆するほか、セミナー講師も務める。テレビ東京系列ドラマ「インベスターZ」の脚本協力も務める。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、ファイナンシャル・プランナー(CFP)
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