事業売却で株価は上がるのか? 個人投資家が知っておきたいメリットと注意点

朋川雅紀
2025年7月26日 12時00分

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事業売却による企業価値創造

学術研究によれば、事業売却によって営業利益は改善し、また、子会社における改善のほうが親会社における改善よりも大きくなる傾向がある、とされています。買収と同様、事業売却でも経験がモノを言い、より頻繁に事業売却を行う企業は、それによってより多くの価値を生み出します。

《参考記事》M&Aで企業価値は上がるのか? 個人投資家が知っておくべきメリットとデメリット

業績の悪い事業の場合、売却の明確な利点は、親会社の業績への悪影響という直接的なコストを回避できることです。長期にわたって業績の悪い事業を保有し続ける企業は、企業全体の価値を低下させる危険を冒しています。

一方、収益力や成長性が高い事業の場合は、売却は、親会社と事業部双方に利益をもたらす可能性が高くなります。事業基盤が確立した成熟事業はキャッシュフローを創出し、経営も安定していますが、こういった事業を長期間にわたり保有することで、企業の無気力化を招いてしまう可能性があります。

事業がライフサイクルに沿って変化していくにつれ、企業は新たな課題に直面します。従って、企業価値を高めるためには、定期的かつ体系的に事業ポートフォリオを見直す必要があるのです。

事業ポートフォリオの見直しに消極的な企業、すなわち事業を売却しない、あるいは、外圧により業績が低迷した事業しか売却しない企業は、積極的に事業売却に取り組んでいる企業の業績を下回る傾向があります。

そして、最も業績の良い企業は、事業買収に積極的なだけではなく、事業売却にも体系的に取り組んでいます。

にもかかわらず、多くの経営者は、企業価値創造の手段として事業売却を積極的に活用することを避けています。さらに言うと、多くの事業売却は戦略的な計画によるものではなく、外圧への消極的な対応として起こっています。

経営者が事業売却をためらう理由

事業売却は、企業のEPS(1株あたり利益)、株価収益率、あるいはその他の業績指標を低下させるリスクがあるために、経営者は売却をためらってしまうのです。

しかしながら、事業が他の企業にとってより価値を持つ、あるいは独立した企業になったほうがより高い価値につながるのであれば、当然のことながら、事業売却は価値を創造するために実行されるべきです。

EPSや株価収益率への影響は、実際には、事業売却によって手にしたキャッシュをどのように使うかによって決まります。そして、事業の新たな所有者が、現在の所有者よりも多くの価値を引き出せる場合、事業を売却することによって価値が創出されます。

スピンオフから生まれる有望株

既存の企業や組織の一部を分離し、別の企業や組織として独立させることを「スピンオフ」と表現します。スピンオフは事業売却の最も一般的な手法で、まさに買収は裏表の関係です。

米インターネット競売大手イーベイが電子決済サービス部門のペイパルを売却したことは、その代表例です。その結果、ペイパルはイーベイ傘下のままだったら取引できなかったグーグルやアップルなどとの取引も可能になり、その後大きく成長して、アメリカを代表するフィンテック企業となりました。

大企業がベンチャービジネスを積極的に展開することを狙って部門売却を行う場合も多く、ベンチャー企業には、新規創業以外に既存企業からのスピンオフで成立したものも数多く見られます。

スピンオフ・ベンチャーは、親元企業に眠っている技術、人材、資本をベースとすることによって起業リスクを軽減しながら、ベンチャー企業固有の自律性を確保した事業展開ができるというメリットを持っています。

大企業は複数の部門やビジネスを抱えているため、経営戦略上、経営資源の配分においてどうしても優劣をつけなければなりません。また、大企業には、意思決定のスピードの違い、プロセス、必要な経験・知識の種類の違いといった解決すべき問題が多く、各部門自体も会社全体の方針に影響を受けて、なかなか機敏に意思決定できません。

しかし、スピンオフという事業戦略を採用すれば、親会社はコア事業に経営資源を集中させる(=収益率の向上を図る)ことができます。また、解決すべき案件が多岐にわたり意思決定に時間がかかるなど、大企業特有の機動性不足という弱点を補うことも可能になります。

そして、スピンオフで事業を独立させると、新会社の株式上場を目指せます。将来性を見込める事業であれば、積極的に株式上場を目指したいところでしょう。他社への事業売却も選択肢のひとつですが、スピンオフした企業が株式上場すれば、会社の知名度も上がります。相乗効果により、さらなる収益アップを見込めるのです。

スピンオフが実施された場合、スピンオフをするほうもスピンオフされるほうも、両者ともにポジティブなシグナルとみなすことができるケースが実際に多く見受けられます。

ただ、気を付けなければならないのは、スピンオフによって独立しても親元の企業とは資本関係があるため、その意向が反映されることもあるという点です。場合によっては、組織内部にいるのと変わらない状況になってしまうことも考えられるのです。

スピンオフ企業を投資対象として検討する際には、親会社との関係性には注意を向けておくべきでしょう。

[執筆者]朋川雅紀
朋川雅紀
[ともかわ・まさき]大手信託銀行やグローバル展開するアメリカ系資産運用会社等で、30年以上にわたり資産運用業務に従事。株式ファンドマネージャーとして、年金基金や投資信託の運用にあたる。その経験を生かし、株価サイクル分析と業種・銘柄分析を融合させた独自の投資スタイルを確立。現在は投資信託のファンドマネージャーを務めるかたわら、個人投資家の教育・育成にも精力的に取り組んでいる。ニューヨーク駐在経験があり、特にアメリカ株式投資に強み。慶応義塾大学経済学部卒業。海外MBAのほか、国際的な投資プロフェッショナル資格であるCFA協会認定証券アナリストを取得。著書に『みんなが勝てる株式投資』(パンローリング)がある。
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