PERは本当に便利な指標なのか その本質と見過ごされがちな弱点とは
多くの投資家が活用している指標「PER」。しかし、そればかりに頼るのは危険があるそうです。見過ごされがちな弱点と、それを回避するために理解しておきたいPERの本質についてアナリストが解説します。
最もメジャーな指標を、もっと深く理解する
個人投資家はもちろん、機関投資家にも多用される株式評価指標に「PER」がある。
「株価収益率」と訳され、新聞やネット上など様々な場面で、「株式指標について論じるならばコレ!」といわんばかりに非常によく目にする指標だ。これは、株価を1株当たりの純利益で割ったもので、「●倍」と表現される。東証1部上場企業の平均は14~15倍とされている。
PERの本質
株価を1株当たり利益で割る意味
多くの場面で見られる指標なだけに「高ければ高いほど割高な可能性があり、低ければその逆」と、なんとなくは理解している投資家は多いことだろう。
しかし、その本質が「投資回収」にあると把握している投資家は意外と少ない。
前述したように、株価を1株当たり純利益で割って算出する。これには「今この株を買ったら、何年分の利益で投資回収できるのか?」という考え方がベースにある。そのため、ここで計算に使う純利益は、実績数値ではなく予想数値(今期予想純利益)を用いることになる。
・実際に比較してみると…
例えば、以下のようなA社について考えてみよう。
【A社】
- 株価は100円
- 1株当たり今期予想純利益は10円
- PERは10倍(100÷10)
この場合、将来的に純利益の水準が一定(つまり成長しない)と仮定すると、A社の株を買った投資家は10年間で投資を回収できる計算になる。ちなみに、赤字企業にPERを適用できない理由は、この「何年分の利益で投資回収できるか」といった前提が崩れてしまう(損で元はとれない)からだ。
また、「純利益は配当として還元されなければ投資家の収益にならないだろう」と思う人がいるかもしれない。しかし、還元されなかった分は内部留保として株主資本に加算され、BPS(1株当たり純資産)の増加に伴って株価が上昇、結果的に投資家の収益となる。
では次に、別のB社について考えてみよう。
【B社】
- 株価は100円
- 1株当たり今期予想純利益は5円
- PERは20倍(100÷5)
この場合、将来的に純利益の水準が一定(成長しない)と仮定すると、B社の株を買った投資家は、その投資資金を回収するのに20年かかる。
投資回収に10年かかるA社と20年かかるB社では、どちらが魅力的な投資先かは一目瞭然だろう。この状況は株式市場において「A社は割安で、B社は割高」という判断につながり、以下の流れを経て、両者間の株価指標の調整が進められる。
- A社の株価が2倍の200円まで上がり(PER20倍)、投資回収期間がB社と並ぶ
- B社の株価が1/2の50円まで下がり(PER10倍)、投資回収期間がA社と並ぶ
PERの高低は成長予想の違いから来る
一方で、実際の株式市場では銘柄によってPERはまちまちとなっている。5倍の銘柄もあれば、1,000倍を超えるものもある。
これを説明するために、次に、利益の「成長性」という考え方を盛り込む。前述したA社とB社の例では、「今後、純利益の水準が一定(成長しない)」と仮定していた。では、B社の状況に成長性の項目を付け加えてみる。
【B社】
- 株価は100円
- 1株当たり今期予想純利益は5円
- PERは20倍(100÷5)
- 利益成長率は年率15%(前期比で毎年15%ずつ利益が増加)
細かい計算は省くが、この場合、B社の株を買った投資家は、A社と同様に10年で投資回収できる。要するに、A社と見比べて一見すると割高に見える「PER20倍」が正当化されるのだ。このように、利益の将来的な成長性は高いPERに妥当性を与える 。
PERの弱点
分母にあたる今期純利益が大きくブレやすい
PERの分母にあたる純利益は、売上高や営業利益、経常利益といった損益計算書の各項目の中でも、期によって最もブレやすい数値だ。
売上高の増減や広告宣伝費・研究開発費といった先行投資の方針はもちろん、工場火災や保険金の受け取りといった一時的要素、税金に絡んだ会計上のテクニカル要素など全てが影響し、30%減ったかと思えば、次の期には80%増えるといったこともよくある。
また、純利益の金額が1億円にも満たないような小規模の会社の場合は、売上高の増減から受ける影響がさらに大きくなる。そのため、こうした特徴の色濃い銘柄については「今期の予想純利益をベースに将来的な投資回収期間を検討する」というPERの根底にある考え方が通用しづらいケースがある。
3000倍超えなど、判断が難しい銘柄も
たとえば、スマートフォン向けアプリの制作を手掛けるイグニス<3689>は、2019年4月末現在で、会社予想ベースの今期予想純利益で3,000倍を超えるPERが付いている。
時価総額が約170億円、今期予想純利益が500万円。株価は約1,200円、1株当たり予想純利益は0.4円。これはもちろん、投資家が3,000年かけての投資回収を想定しているわけではない。
イグニスは時価総額が200億円に満たない小型成長株であり、売上高の増減からくる利益の変動幅が大きく、また、広告宣伝費・ソフトウエア開発費といった先行投資も大きな減益要因となっている。
そのため、3,000倍という超高PERには、「売上高が毎期20%以上のペースで伸びる」「広告宣伝費・ソフトウエア開発費の比率が低下していく」といった将来的な利益成長要因が(実現の可能性はともかくとして)想定されている、という背景がある。
(Chart by TradingView)
高PERゆえ敬遠し、優良銘柄を逃す
こうした今期純利益の水準からくる極端なPERに、投資初心者が陥りがちな罠がある。イグニスほど高くはないにしても、PERが20~30倍となっていることで、東証1部の平均(14~15倍)と比較した割高感から敬遠されている銘柄が、株式市場には多いのだ。
しかし、「今期純利益がどのような背景でこの水準となっているのか」「先行費用や一時的費用は予定されているのか」といったところまで考察している人は、そう多くないように思える。
ただ単に「東証1部平均より高いから」という理由だけで高PER銘柄への投資を拒むという姿勢は、優良投資先を逃すことにもつながってしまう。
その逆も然りで、たとえば不動産売却益といった一時的利益の計上が予定されている都合でイレギュラーに大きい純利益が想定される(=PERは低めになる)銘柄を、ただ単に「東証1部平均より低いから」という理由で買ってしまうと、割高な買い物になって後々泣きを見てしまう可能性がある。
こうした問題を防ぐために、PERを見る時は分母の今期予想純利益の背景を探ることが重要となってくる。
アナリストのひとり言
PERを使うことのリスクについて解説してきたが、それでもやはり実務で使われることが非常に多いのも事実だ。その大きな理由としては、「PERが現場に最も浸透している」という点が挙げられる。
筆者が以前担っていたような少数株投資型ファンドのバイサイド・アナリストであれば、必要な情報を取ってきて自ら計算することも可能だが、投資信託のファンドマネージャーなどは1,000を超える銘柄が観察対象であり、そのようなひと手間を加える時間とエネルギーはない。
そして、アナリストやファンドマネージャーといった市場関係者が使う2大情報端末に「QUICK」「Bloomberg」があり、これらにはPERの情報は載っていても、キャッシュベースの指標の情報は載っていない。
便利に使われるがゆえの弊害
こうした理由からPERの使い勝手がいいとされると、市場関係者間のやり取りでも株価を語るうえでPERを用いる機会が増える。事実、証券会社のセルサイド・アナリストが発行するレポートの中には、理論上PERで語ることが適切でないとされる銘柄でも、PERを用いて評価されているケースがある。
筆者がアナリストとして勤務していた時も、証券会社の営業担当者から20~30の銘柄について全てPERを軸としたストーリーで推奨され、検討に困ったことが何度もある。個人投資家の方が証券会社の支店に行って話を聞く際にも、おそらく頻繁に出てくる単語のひとつだろう。
株の世界で広く使われるPERだが、いざ使う際には、ぜひとも今回挙げた注意点を意識することをおすすめしたい。