IPO市場も後半戦に突入。初値騰落率は伸びないものの、AI関連株の人気は続く【IPO通信簿】

石井僚一
2023年10月10日 18時00分

《「確実に儲かる」として個人投資家に人気のIPO株投資。しかし近年、そんな「夢の時代」にも陰りが……。IPOで上がる株と下がる株は何が違うのかをデータから読み解きます》

IPO市場は例年通り8月の開店休業状態を経て、9月には10件のIPOが行われ、後半戦がスタートしました。しかし、マザーズ指数の低迷が続く中で、初値騰落率が100%を超えた銘柄はありませんでした。ただ、その中でもAI関連銘柄の人気は続いています。

世界的に見ても株式市場が苦戦した9月のIPO市場を振り返ります。

苦戦が続く新興市場

9月の株式市場は、アメリカではダウ平均株価など主要指数が下落し、日本でも日経平均株価のジリ安が進みました。新興市場の動向を示す東証マザーズ指数も同様に、9月は下落。

7~8月の日経平均は比較的堅調な推移を見せましたが、マザーズ指数はその間も下落していました。さらに9月も下落して、これで3か月連続の陰線となり、6月に見せた比較的大きな上昇分も割り込んでしまいました。IPO市場を取り巻く環境は厳しいといえます。

*2022年4月の市場再編により東証マザーズ市場はなくなりましたが、マザーズ指数の算出は継続中のため、データの継続性を考慮して、本シリーズでは引き続きマザーズ指数を参照しています。

2023年8・9月のIPOランキング

例年8月のIPO市場は「開店休業」の状態となり、2023年も2件のIPOに留まりました。後半戦は9月から本格化し、今年は10件がIPOを果たしました。なお、昨年2022年は、8月が2件で9月は9件と、件数では同水準です。

8月と9月にIPOをした計12銘柄について、公開価格に対して初値がどれだけ上昇(あるいは下落)したかを表す「初値騰落率」のランキングを見てみましょう。

公開価格に対して初値が2倍以上になる「初値騰落率100%超え」の銘柄は、残念ながらありませんでした。7月の4銘柄(10銘柄中)に比べても大幅な減少です。

その一方で、初値が公開価格を下回る公募割れが4銘柄も発生し、公募割れ比率は3割です(7月は4銘柄で4割)。また、初値と公開価格が同じ価格となる銘柄も2銘柄ありました。

マザーズ指数の下落を背景に、IPO市場では苦戦を余儀なくされています。

8・9月に話題を集めたIPO銘柄

4月の楽天銀行<5838>を最後に、有名銘柄のIPOが途絶えていました(5月はIPO自体がゼロ)。しかし9月は、スカイマークの再生投資で知られるインテグラル<5842>がIPO市場に登場。強気の価格設定でIPOに臨みましたが、公募割れの回避に留まるという結果に。

それに対して、8・9月のIPOで初値騰落率1位となったのが、ファーストアカウンティング<5588>です。IPO市場におけるAI関連銘柄の活況は継続中であることを示す結果となりました。

ちなみに、海外ではソフトバンクグループの投資先であるアーム(ARM)が、9月14日にナスダック市場に上場して話題を集めました。

・インテグラル<5842>

9月20日上場/東証グロース市場/公開価格2,400円
→初値2,400円/初値騰落率0%

中堅企業への投資を行う投資ファンド運営会社。2015年に経営破綻した航空会社スカイマークへの投資で知られています(スカイマークは2022年12月にIPO済み)。

インテグラルの過去の業績推移は以下のとおりです(国際会計基準ベース/2023年12月期の予想は非開示)。

  • 2021年12月期:収益38億円、税引前利益16億円、親会社の所有者に帰属する当期利益11億円
  • 2022年12月期:収益54億円、税引前利益29億円、親会社の所有者に帰属する当期利益20億円
  • 2023年12月期第2四半期(累計):収益63億円、税引前利益50億円、親会社の所有者に帰属する当期利益35億円

投資ファンドは、投資先企業のIPOやM&Aでのイグジット(売却)の成功案件が発生すれば利益が急増する反面、イグジットが発生しないとほとんど売上・利益が上がらない、というビジネスモデルです。そのため業績の将来予想が難しく、同社も2023年12月期の予想は開示していません。

そんな中で、2021年12月期から2022年12月期は増収増益を果たしました。また、今期(2023年12月期)も第2四半期(累計)時点で増収増益が継続しています。

知名度のある投資ファンドながら、今期の業績予想の開示がない、という状況下で、実績PER32倍という強気の公開価格の設定がなされました。

結果は、マザーズ指数が下落し環境的には逆風ではあったものの、大手証券2社(大和証券、野村証券)の共同主幹事ということもあり、初値騰落率0%でかろうじて公募割れは阻止しました。発行会社(インテグラル)と主幹事の面目は、どうにか保つことができた状態となっています。

なお、公開価格での時価総額は823億円で1000億円が目前でしたが、初値が伸びなかったことで時価総額1000億円到達はなりませんでした。さらに、IPO後の株価は下落が続き公開価格を割れており、時価総額1000億円が高い壁となっています。

・ファーストアカウンティング<5588>

9月22日上場/東証グロース市場/公開価格1,320円
→初値2,354円/初値騰落率78%

会計分野に特化したAIソリューションを提供する企業。近年IPO市場で活況を呈する、AI関連銘柄です。

ファーストアカウンティングの過去の業績と今後の業績予想は以下のとおりです。

  • 2020年12月期:売上高3.2億円、経常利益▲4.0億円、当期純利益▲4.0億円
  • 2021年12月期:売上高4.6億円、経常利益▲3.6億円、当期純利益▲3.6億円
  • 2022年12月期:売上高7.8億円、経常利益▲0.7億円、当期純利益▲0.7億円
  • 2023年12月期(予想):売上高12億円、経常利益0.9億円、当期純利益1.0億円

2022年12月期までは赤字でしたが、着実な増収が続いており、今期(2023年12月期)には黒字化の予想です。すでに第2四半期時点で経常利益0.5億円と黒字化しており、通期予想の達成可能性も高い状態です。

こうした足元での黒字をベースに、AI関連銘柄としての人気化と、インボイス制度の導入(10月1日スタート)という今後の成長に対する制度的な追い風も見込まれ、公開価格1,320円に対し、初値2,354円で初値騰落率78%となりました。

公開価格の予想PERは60倍で、かなり強気の価格設定となっていましたが、AI関連というアドバンテージを見事に活かし、8・9月の初値騰落率トップとなりました。

また、公開価格時点での時価総額は68億円でしたが、初値ベースでは122億円となり、時価総額100億円を突破。AIというテーマおよび制度面での追い風を背景に、IPOに成功しました。AI関連のIPOは依然として投資家から高い注目を集めている、ということが再認識される結果にもなりました。

なお、IPO後の株価は2,000円前後、時価総額100億円前後で推移しており、初値は下回っているものの公開価格は上回っています。

低迷脱出の月となるか

9月は世界的に株式市場が不調で、国内IPO市場も件数は伸びたものの、初値騰落率では思うような伸びは見られませんでした。10月は12銘柄のIPOが予定されており、引き続き、10件以上のIPOとなります。

マザーズ指数は3か月続けて下落するなど新興市場は苦戦が続いていますが、年後半のピークに向けて低迷脱出の機会を掴むことができるのか、10月のIPO市場の行方にも注目です。

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[執筆者]石井僚一
石井僚一
[いしい・りょういち]ベンチャーキャピタル勤務を経て個人投資家・ライターに転身。株式市場や個別銘柄の財務分析などを得意とし、複数の媒体に寄稿中。なかでもIPO関連の執筆を数多く手がけており、IPO企業の目論見書のほとんどに目を通している。
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