配当もいいけど優待もね 株主還元策が変わる今、株主優待の魅力を考え直す

千葉 明
2023年6月7日 10時00分

Nana_studio / Adobe Stock

《東京証券取引所が立つ日本橋・兜町。かつての活気は、もうない。だがそこは紛れもなく、日本の株式取引の中心地だった。兜町を見つめ続けた記者が綴る【兜町今昔ものがたり】》

株主還元と海外投資家

 株主還元策に前向きな企業か否かは、株式投資の対象として俎上に載せる際の判断基準になる。それは、兜町では今も昔も変わらない。そうした観点から(前にも記した)「10期以上連続増配企業」は常にウオッチしておくべきだし、10期連続増配にリーチをかけつつある企業にも目配りをしておく価値がある。

 その兆候は、この4月にも表れていた。だが5月に入り、「投資の神様」とも称されるウォーレン・バフェット氏が「日本の商社株に買い向かう。日本株割安感」を公にしてからは、外国人投資家の日本株買いが一段と増加している。

 そのことは「投資主体別売買動向」にも明らか。海外投資家の5月の買いは、第1週から第3週の木曜日段階(このデータは毎週木曜日の引け後に前週分が開示される)で、1兆4738億1800万円の買い越し。対して国内の金融法人は、4664億2500万円の売り越し。事業法人は1532億3500万円の売り越し。個人は、1兆5144億1100万円の売り越し。

 この間、海外投資家がどんな企業の株を買いましたのかは発表されない。ただ経験則は「外国人持ち株比率が高い(20%・30%超)銘柄」「外国人持ち株比率が増えている銘柄」に着目、と教えている。こまめに『四季報』をチェックする。海外投資家は「海外でも業態・製品で首位級のシェアを持つ日本企業」「配当政策に前向きな企業」を保有しているようだ。

配当を評価する新たな指標

 ところで、ここにきて、配当政策の軸足をどこに置くかで企業間に変化が起こっている。

  • DOE純資産配当率):「(配当総額÷純資産)×100」あるいは「(配当総額÷当期純益)×(当期純益÷純資産)×100」「配当性向×ROE(10%以上は儲け上手を示すとされる)」で算出

 配当水準を示す指標としては、当該期の純益に対する配当額を表す「配当性向」が一般的だった。だが当期純益は全収益から全ての費用・法人税を差し引いたものであり、変動幅が大きい。粗利益・営業利益・経常利益が増益・黒字でも、最終利益は減益・赤字となるケースも稀ではない。従い、最終利益を前提に捉える配当性向は、必ずしも株主還元の指標とは言い切れない側面がある。

 そこで、株主(自己)資本を基準にしたDOEの採用が、より現実に近いとする見方が浮上している。DOEは欧米では一般的だった。平たく言えば、DOEが高い銘柄とは、配当性向かROEが高い、もしくは、そのどちらも高い銘柄を示す。

 採用企業の数は未だ多くはない。しかし兜町では「安定した好利回り銘柄の掘り出し法」とするアナリストが増えているのは事実。具体的には、マンション分譲のフージャース<3284>、ネッ広告関連のCARTAホールディングス<3688>、防災設備の日本フェンオール<687>などが指摘される。

 また、インテグレーターのCACホールディングス<4725>も、前12月期決算の説明会で西森良太社長の口から「至2025年度の中計で、DOE5%水準を目指す」と耳にした。

株主優待も変わりつつあるが…

 配当以外の株主優待策の動向にも、変化が起こり始めている。野村證券によれば、株主優待の実施企業は1992年から順調に推移し、2019年には1532社と過去最高に達したが、2021年後は減少トレンドに転じている、という。

 背景として「東証再編」が指摘できる。東証1部時代は2200以上の株主が必要だったが、東証プライム市場では800人以上でOKとなった。個人株主の必要性が薄らいだのだ。また、コロナ禍の株価低迷で、海外投資家が「優待策の原資は配当に回せ」と声を高めた。

 だが依然、株主優遇策を執る企業も少なくない。例えばマサル<1795>。ビルやマンションのシーリング(外壁防水)工事でトップ。年に2回、宝くじを提供する。「600株以上の株主にサマージャンボ10枚+200株以上の株主に年末ジャンボ10枚」といった具合。

 勝又健社長を取材した際に聞いた。「当社の個人株主の多くが、宝くじに魅力を感じている。その証拠に、200株、600株の株主が圧倒的に多い。株主総会で『連番でなくバラ10枚に変更できないか』といった声も実際に出ている」と苦笑いしながら語った。「宝くじ効果」とは言わないがマサルの株を約10年前から保有していると、株価パフォーマンスは2倍を上回っている(分割調整後の株価で計算)。 

 「株主優待投資」の看板役的な人物に、元棋士(2007年引退)の桐谷広人氏がいる。引退前の2006年時点で約400銘柄、時価総額3億円規模の株式を保有。うち1億円相当は株主優待の享受を目的に保有していた、としている。そして「ほとんど銘柄の入れ替えはしていない。優待品+配当現金で生活費のほとんどの出費が賄える。いまは株式講演会や株式評論業が、いわば本業」と笑う。

優待狙いで中長期投資?

 そんな話を耳にすると、株主優待を狙った株式投資も一法と思える。優待狙いで投資、かつ中長期姿勢で対応すると、株価パフォーマンスも享受できるだろう。桐谷氏も「そんな銘柄も決して少なくない」としている。探ってみた。

 まずは、オリックス<8591>。優待内容は「3月末の単元株株主に、オリックスと取引がある地方企業の“ふるさと”特産物」「9月末に、自社グループの各種サービス割引」。過去10年間の株価パフォーマンスは2.2倍(分割調整後の株価で計算。以下同じ)。イオン<8267>は、グループ企業での買い物優待カード(購入額の3%キャッシュバック等)。10年間の株価パフォーマンス2.7倍。

 証券市場の元締めである日本取引所グループ<8697>の優待策は、年1回、3月末に提供される1万円分のQUOカード。株価は2000円出入り水準。予想配当利回り2%強(税引き後)。これプラスQUOカード。いかが? ちなみに、過去10年間の株価パフォーマンスは5倍超。

 丹念に掘り起こしていくと、「なるほど」とうなずける成長企業に遭遇する機会もある。

 全国保証<7164>。2012年12月の上場から10期連続の増配。住宅ローンはじめカードローン・教育ローン・アパートローンの保証業務を展開している。増配に加え、優待策は年1回のQUOカード(3000円分)。連続増配に象徴されるとおり、収益も好調で階段を着実に踏みあがっている。

 自動車関連用品のイエローハット<9882>。優待策は「1000円分の買い物割引券」「油脂取りウォッシャー液引換券」と、想像可能な範疇。13期連続増配。着実な収益の歩みの中で「10%前後の売上高営業利益率」を継続している。周知のとおり、斯界の売上高1位はオートバックスセブン。だが営業利益はイエローハットの3分の1。10年間の株価上昇率2.8倍。

身近なあの企業も、江戸創業の老舗も

 「あったらいいな」の小林製薬<4967>も「5000円相当の自社製品、自社通販の10%割引」を執る株主優待組。取扱商品が生活用品で総数800近くとなると、優待策も身近になる。10年間の株価パフォーマンスは4倍強。

 タキヒョー<9982>をご存じだろうか。生地・洋服を扱うアパレルメーカー。足元の収益動向は厳しい。「優遇策はお続けになるのでしょうか」と、不躾な問い合わせをした。優待策が「抽選」とはいえ10名に「50万円分の旅行券」と知ったからだ。

 電話口の向こうから、抑揚を抑えた男性の声が返ってきた。「うちは創業271年目を迎える企業。約束は破りません」。宝暦元年(1751年・9代徳川家重将軍)に創業されたという。

[執筆者]千葉 明
千葉 明
[ちば・あきら]東京証券取引所の記者クラブ(通称・兜倶楽部)の詰め記者を振り出しに、40年以上にわたり、経済・金融・ビジネスの現場を取材。現在は執筆活動のほか、講演活動も精力的に行う。『野村證券・企業部』『ザ・ノンバンク』『円闘』など著書多数。
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