時価総額は口ほどに物を言う

千葉 明
2024年3月14日 12時00分

《東京証券取引所が立つ日本橋・兜町。かつての活気は、もうない。だがそこは紛れもなく、日本の株式取引の中心地だった。兜町を見つめ続けた記者が綴る【兜町今昔ものがたり】》

「目は口ほどに物を言う」──。兜町では「株価は口ほどに物を言う」と言い伝えられる。だが、日経平均株価がバブル期の過去最高値を上回り、4万円台という未踏の地に達する動向を追っているうちに、「時価総額は口ほどに物を言う」という思いに至った。

世界トップ10の顔ぶれが激変

1NTT(日本電信電話)1638億ドル
2日本興業銀行715億ドル
3住友銀行695億ドル
4富士銀行670億ドル
5第一勧業銀行660億ドル
6IBM646億ドル
7三菱銀行592億ドル
8エクソン549億ドル
9東京電力544億ドル
10ロイヤル・ダッチ・シェル543億ドル

 これは、1989年の「ビジネスウィーク」誌(7月17日号)に掲載されたデータを基にした、当時の世界の企業の時価総額トップ10を試算したものだ。日本企業が8社も占めている。トップ50で見ても、日本企業は32社もランクインしている。

 対して、昨年2023年3月末の世界のトップ10は、以下の通りだ。

1アップル2兆6090億ドル
2マイクロソフト2兆1460億ドル
3サウジ・アラビアン・オイル1兆8931億ドル
4アルファベット1兆3302億ドル
5アマゾン・ドットコム1兆584億ドル
6エヌビディア6860億ドル
7バークシャ・ハサウェイ6756億ドル
8テスラ6564億ドル
9メタ・プラットフォームズ5494億ドル
10ビザ4753億ドル

 トップ10の8社を巨大IT企業などのアメリカ企業が占めている。昨今のアメリカ株式市場では6位のエヌビディア(アメリカ最大の半導体企業)の上伸が話題となっているのは、ご承知のとおり。日本企業は皆無。この時期の日本企業の時価総額首位はトヨタ自動車だが、世界ランクでは30位にも入っていない。

日本企業が姿を消した背景

 世界企業の時価総額ランクの激変ぶりは、何を教えているのか。

・インターネット時代の到来

 1990年代後半に入り、アップルやマイクロソフトが牽引して情報革命が起こった。インターネットの時代に突入したのだ。

 日本企業は、かつてのトヨタに象徴されるように、世界的な自動車産業の牽引役を果たした。だが、IT分野ではリーダー役になれなかった。何故か。「プログラミングの世界標準言語が英語だったことが不利だった」「日本企業はハードウェアの開発に偏り、ソフトウェアの開発で遅れた」などと指摘される。

・半導体産業の後退

 1970年代から80年代、日本は半導体市場で50%を超えるシェアを誇っていた。それが2010年代終盤には10%程度まで減少している。何故か。詳細は省くが、日米半導体協定(第1次:1986年1月~、第2次:1991年3月~)が最大の要因といえる。

 1978年の時の首相・福田赳夫が訪米した際、米半導体メーカーから、日本の半導体メーカーの「輸入障壁」「政府補助」「流通システム」に対する批判があったことに端を発する。「日本の半導体のアメリカ市場への進出は、ハイテクや防衛産業の基礎を脅かす安全保障上の問題」とするアメリカ特有の姿勢があった。

「日本政府は国内ユーザーに対し、外国製半導体の活用を奨励する」「日本政府はアメリカに輸出する6品目の半導体のコストと価格を監視する」「日本政府は第三国市場に輸出する3品目のコストと価格を監視する」「協定期間は5年」というように監視(=締め付け)を強め、「実行されれば米商務省はダンピング調査を中断する」とした。

 ジワジワと効果が発現。1991年3月に第2次協定が発効される時点で、改めてアメリカは、「ヨーロッパに比べて日本市場のアメリカ製半導体のシェアは低すぎる。シェア20%の実行を求める」としたのである。

時価総額の増減から見えてくるもの

 世界企業の時価総額ランキングの変貌は、上に記したような事実を物語っている。

 時価総額は、株価に発行済み株式数を乗じて算出される。時価総額が大きいこと(大きくなること)は、「収益上昇」「将来性の高まり」といった期待から投資家の買い意欲を高めることに繋がる。

 具体的な企業(銘柄)を例に、「時価総額は口ほどに物を言う」を検証する。

 本稿作成中の国内企業の時価総額上位は、首位のトヨタ自動車以下、三菱UFJフィナンシャル・グループ、東京エレクトロン、キーエンス、NTT(日本電信電話)、ソニーグループ、三菱商事、ファーストリテイリング、ソフトバンクグループ、信越化学工業がトップ10。

 そんな中で20位にランキングされているのが、第一三共だ。2022年3月末時点の時価総額ランクは27位。それが、23年3月末には第7位に急上昇している。時価総額は9兆円超と、1年間で4兆円を超える上昇を実現した。

 イギリスの製薬企業アストラゼネカと共同開発した抗がん剤「エンハーツ」が好調、かつ「乳がん向け適用追加」が株価を強力に刺激した結果だ。医療用医薬品企業の収益性・将来性は、新薬の市場規模の多寡にかかっている。中外製薬が13位から26位にランクダウンしたのに比べ、象徴的だった。

 逆もまた真。時価総額を定期的にチェックし、その増減の按配を知っておくのも、銘柄選択の一法となり得る。時価総額もまた「口ほどに物を言う」のである。

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[執筆者]千葉 明
千葉 明
[ちば・あきら]東京証券取引所の記者クラブ(通称・兜倶楽部)の詰め記者を振り出しに、40年以上にわたり、経済・金融・ビジネスの現場を取材。現在は執筆活動のほか、講演活動も精力的に行う。『野村證券・企業部』『ザ・ノンバンク』『円闘』など著書多数。
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