「スタンダードで結構」 東証再編に残る疑問とグロース市場への期待

千葉 明
2022年4月15日 17時30分

Cotofoto/Adobe Stock

《東京証券取引所が立つ日本橋・兜町。かつての活気は、もうない。だがそこは紛れもなく、日本の株式取引の中心地だった。兜町を見つめ続けた記者が綴る【兜町今昔ものがたり】》

144年目の市場再編に残る疑問

 2022年4月4日に東京証券取引所の市場区分が、「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」に再編された。

 原則として、東証1部企業のうち所定の基準を満たす企業はプライム市場へ。他の1部企業と2部企業、ジャスダック・スタンダード企業はスタンダード市場へ。そしてジャスダック・グロース企業とマザーズ企業はグロース市場へ……といった具合だが、「何のための施策か」という基本的な疑問が残る。

 2022年、東証は開設から144周年を迎えた。2つのベンチャー市場の成り立ちを振り返りつつ、新たな新市場に求められるものを展望したい。

《参考記事》すべてはあの男から始まった 144年目の再編に至る東証の今昔ものがたり

大蔵省の肝煎りでジャスダック誕生

 1983年11月1日、「ベンチャー企業の育成は時代の要請」とする大蔵省(現・財務省)の肝煎りで、のちのジャスダック市場に繋がる「新店頭市場」制度が創設された。最大の変化は「新店頭登録銘柄も市場で公募増資が行える」という点だ。

 このとき並行して、第2部市場への上場、そして店頭登録の公開基準も緩和された。前者でいえば「上場時の資本金5億円以上」が「3億円以上」に改定された。店頭登録基準は「会社設立2年以上経過」「年5円以上の有配会社」などが全廃され、登録時の資本金も「1億円以上」から「5000万円以上なら可」に緩和された。

 ある金融系調査機関によるこんな予測資料が残っている。「今回の制度改革でこの先数年間は店頭市場を中心、未曽有の公開ブームになることが予想される。84年だけで150近い会社が、85年には300社近くが証券市場に進出してくる可能性がある」

 後日、当時のことを野村證券の田淵節也氏(元社長・会長)から聞いた。「当時ですでに全国の製造業が生み出す付加価値の7割が、非上場企業によるものだった。経団連銘柄と呼ばれた重厚長大企業でなく、成長性が見込める中堅中小企業に上場の機会を与えることが不可欠だった。その意味で、あの改革は画期的だった」

マザーズに課された厳しい「縛り」

 成長企業を受け入れて育成する市場としては、1999年11月に開設された東証マザーズ市場がある。今年2月2日時点で424社が上場していた。上場基準は「株主数150人以上」「時価総額5億円以上」「流通株式比率25%」。東証1部・2部・ジャスダックに比べ、そのハードルは低い。

 だがその代わり、厳しい「縛り」が課せられていた。「上場後は1事業年度に1回以上『事業計画及び成長可能性に関する事項』を開示」「時価総額が5億円未満、あるいは流通株式比率が25%未満となった場合は早期改善に向けた取り組み、その進捗状況の提示」といった具合だ。市場開設以来、上場第1号となった2銘柄を含め、廃止に陥った企業も現に少なくない。

 実は、私はこの市場を好んでいる。最近では、経団連副会長の南場智子氏(DeNA会長)が、日本ではいわゆるユニコーン企業(起業10年未満、未上場で評価額10億ドル以上)が未だ10社にしか過ぎない点を憂い、「まずはその基盤となるスタートアップ企業を増やす体制整備を急がなくてはならない」と訴えた。全く同感。

 商売上手な日本経済新聞は、独自に「ユニコーン候補予備軍企業」を選定しているが(一覧を得るには有料)、今年2月、当該企業の1社であるCaSy<9215>が東証マザーズに上場した。広範な家事代行という時代を反映するような、上場企業では比類のない存在である。

 成長の芽を孕んだ中堅中小企業を育てるのも、株式市場の重要な役目。ジャスダック市場やマザーズ市場の存在価値は高いと確信していた。2022年の東証再編によって誕生した「グロース市場」にも、大いに期待したい。

東証の思いは海を越えるか

 2022年、4月4日に東京証券取引所は「市場再編」に踏み切った。私は今回の東証の施策意図を「海外投資家よ、プライム市場(4日時点:1831社)を評価して東証を見直してくれ!」にあると捉えている。だが、まさにその意味において、いくつかの疑問が拭えない。

 まず、プライム市場の1841社は、かつての東証1部企業(昨年12月末時点:2183社)の84%強に及ぶ。かつ東証は、昨夏にプライム市場移行基準を満たしているか否かの第1次通知を1部上場企業に通達するに際し、「条件を満たす方策と期間」の提出を前提に執行猶予期間を設けることを表明した。

 オフィスコーヒーなどで知られるD社は「流通株式時価総額」「1日平均売買代金」で基準を満たしていなかった。そこで東証に対して「2026年3月期までの中期経営計画が終わるまでに、カクカクシカジカの方法で」という処方箋を提出し受理された。だが、それが未達の場合どうなるのかという問いかけに対して、担当者の回答によれば「東証の見解は明確になっていない」とのこと。東証の構えには、いかにも曖昧模糊としたものを禁じ得ない。

 また、再編にあたって早々に「スタンダードで結構」とする企業もあった。大正製薬ホールディングス<4581>、クックパッド<2193>、巴コーポレーション<1921>、日本オラクル<4716>、エバラ食品工業<2819>などなど、知名度の高い企業も多い。エバラ食品の森村剛士社長は「新規事業、海外事業、設備投資などに関わる費用に経営資源を投下していくほうが先決」と公言している。頷けるものを感じる。

 なにより、画一的な基準だけで「最上位市場」を形成して良いのだろうか。「ふさわしい」企業を選定し形作るのが筋ではないか。例えば、ジャスダック市場からスタンダード市場へ移行したフェローテックホールディングス<6890>。確かに流通株比率こそ基準を満たしていないが、真空シールで世界のシェア6割を有する半導体ウエハや半導体設備向け部品の有力企業だ。外国人持ち株比率はすでに30%超えている。画一的基準で形は整えても「魂入れず」の感が、禁じ得ない。

 その海外投資家は、2017年から2021年までに計38兆7164億円を、そして今年も3月までに2兆3524億円を売り越している。今回の市場再編策だけで彼らの日本株への姿勢を、簡単に変えることができるとは思えない。

 東証改革は始まったばかり。今後の行方を見守ろう。

[執筆者]千葉 明
千葉 明
[ちば・あきら]東京証券取引所の記者クラブ(通称・兜倶楽部)の詰め記者を振り出しに、40年以上にわたり、経済・金融・ビジネスの現場を取材。現在は執筆活動のほか、講演活動も精力的に行う。『野村證券・企業部』『ザ・ノンバンク』『円闘』など著書多数。
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