株主還元の強化が相次ぐ背景 日本株にはまだまだ伸びしろがある?

佐々木達也
2024年6月17日 11時00分

日本企業の3月期決算シーズンが一巡し、決算と同時に株主還元の強化を発表する企業が増えています。これまでとは新たな数値目標を設定する企業も増えており、欧米に比べて見劣りしていると言われてきた日本企業の株主還元は、いま、新たなステージに入ろうとしています。

発端は東証の市場改革

東京証券取引所は、2023年1月に発表した「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議の論点整理」において、経営者が資本コストや株価に無頓着な事例が多く見られることを指摘したうえで、「経営者の意識改革やリテラシー向上、企業経営の自律性向上が必要」との見方を示しました。

具体的には、PBR(株価純資産倍率)が1倍を下回る(=市場評価が会社の解散価値を下回る)企業に対して、改善に向けた具体的なアプローチや政策の公開を継続的に求めていくべきだという方針を示しました。企業にとっては、経営に向けたプレッシャーが一段と増すことになりました。

東証の文面にある「資本コスト」とは、企業が資金を調達する際に支払うべきコストの総称です。企業が成長し繁栄するためには、適切な資金が不可欠です。

資本コストには、自己資本コストと負債コストという主要な2種類があります。自己資本コストは、株主が投資した資本に対して期待できるリターンや配当などのコストを指します。一方、負債コストは、借り入れた資金に対する利払いなど、借入金に伴うコストを示します。

一般的に株主は、返済期限もなく価格変動のリスクが大きい株式に出資するため、負債よりも高いリターンを要求することになります。経営者は事業に対する資本コストが見合わない場合は、収益性を改善するか事業を撤退して売却するかの対応をしなければなりません。

上の発表以後、東証は毎月、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示を行った企業を一覧で発表。こうした取り組みが海外投資家などから高く評価され、PBR1倍以下の割安株について水準訂正の動きが続いています。それが、日本株相場上昇の原動力ともなりました。

政策保有株の売却が相次ぐ

こうした背景から最近多く見られるようになった動きのひとつとして、買収防衛や取引先との関係維持のために株式を持ち合う「政策保有株」を売却し、その資金を成長投資や株主還元に振り向ける、と発表する企業が増えています。

2023年秋には、デンソー<6902>やアイシン<7259>、豊田自動織機<6201>などトヨタグループの各社が政策保有株の売却を表明し、市場で注目されました。

また、中期経営計画などでも政策保有株を削減または将来的にゼロにすると表明する企業が出てきており、株主還元強化への期待から買い材料にされています。

損保ジャパンなどのSOMPOホールディングス<8630>は今年2月、保有する1兆円超の政策保有株を将来的にゼロにすると表明。損保各社もこれに追随する動きを見せ、金利上昇とともに、その後の損保株の上昇要因となりました。

損保各社は2023年末に保険料の事前調整行為が発覚し、金融庁による業務改善命令を受けました。これによる業務改善計画の中で、これまで談合の温床となってきた株式の持ち合いを解消する計画について触れていた経緯がありました。

機関投資家の議決権行使にも変化

また、投信会社や運用会社などの機関投資家も議決権を積極的に行使し、企業の成長や還元を促す動きを強めています。

三井住友DSアセットマネジメントは1月から運用方針を一部改訂し、過去3年間のPBRがおおむね1倍を下回っている企業や、ROE(自己資本利益率)が8%かつ上場企業の平均を下回っている企業に対して、議決権行使に際して対応を求めると明記しました。

また、ニッセイアセットマネジメントは今年6月の株主総会から運用方針を変更し、政策保有株の保有比率が多く、削減方針の十分な開示がない場合、代表取締役の選任に反対する、としています。

さらに、「物言う株主」とされるアクティビティストによる株主提案も、短期での配当などを迫るものから、より長期的な目線での成長戦略の具体化などに変化しています。

上場企業の経営者は、より市場や株主に配慮した資本政策、経営戦略を、ステークホルダー(利害関係者)に対して明確する必要が増していることは大きな変化であるといえるでしょう。

累進配当を明言する企業が増加中

企業の配当方針も、より積極的に変化しています。

株主還元の方針としては、純利益に占める配当の割合を示す「配当性向」の下限を設定したり、自社株買いも合わせた「総還元性向」の目標を設定したりするのが一般的です。それに加えて、配当額を増額もしくは据え置きとし、基本的に減配をしない方針の「累進配当」を明言する企業が増加しています。

直近では、住友商事<8053>が5月2日に2027年3月期までの新たな中期経営計画を発表し、自社株買いと配当を合わせた総還元性向の目標を40%にするとともに、累進配当を導入すると発表しました。これを受けて株価は2日に4%高まで上昇し、上場来高値を更新しています。

他にも、累進配当を実施する企業の市場での評価は高くなることが多いです。

10年以上累進配当を続ける代表的な高配当の30銘柄で構成される日経累進高配当株指数は、史上最高値圏で推移しています。この指数は2010年6月30日を基準の10000としていますが、6月3日の終値が45739ポイントとなり、13年で4倍超になりました。

(「日経平均プロフィル」より)

組み入れ銘柄の中には、武田薬品工業<4502>や三菱HCキャピタル<8593>など、30~40年にわたり累進配当を続けている企業もあります。

配当の新たな目標はDOEへ

配当の目標として、純利益に占める配当の割合である「配当性向」から、自己資本に対する配当の割合である「DOE自己資本配当率)」に変更する企業も増えています。東証プライム上場市場の平均DOEはおよそ3%程度です。

例えば、高機能樹脂やエアバッグ用部品を手がけるダイセル<4202>は、5月9日に配当方針を変更すると発表しました。それまでは、1株あたり配当で年間32円を下限として、毎年の総還元性向40%以上を目標としてきました。

今後は、総還元性向40%以上を据え置きつつ、DOE4%以上という目標を設けました。この変更により、今期(2025年3月期)の配当予想が増配見込みとなったこともあって、株価はその後上昇し、15日に年初来高値を付けました

配当性向の原資となる純利益は、業種や企業にとっては変動しやすいため、コロナ禍などの景気後退時には配当が減配となるリスクがあります。

これに対してDOEを基準に配当する場合、単年で赤字となっても、自己資本が潤沢な企業であれば減配のリスクが相対的に低くなり、株主は安定配当を期待しやすい点がメリットです。

もっとも、自己資本が脆弱な企業で赤字が続いて、自己資本が削られる中で配当を続けた場合は減配のリスクがありますので、過信は禁物です。

日本株がもっと魅力的になる日

資本コストや株主還元といった上場企業に対するプレッシャーの強まりで、株式を上場させていることの意味が改めて問われています。そこで、短期目線ではなく、中長期的な経営の自由度を高めるため、MBO(経営陣による買収)で市場から退場する企業も増えています。

ただ、こうした背景がある一方で、欧米の企業と比べた株主還元の割合については、日本企業はまだ見劣りする部分があります。逆に言えば、企業改革が進むとの仮定のもとでは、日本株の伸びしろはまだ十分に残されており、海外投資家を中心とした日本株への期待はまだまだ続く、とも想定できます。

2024年から新NISAがスタートし、個人投資家を巡る投資環境も改善していますが、その関心の多くは海外のインデックスファンドに向いています。今後、日本株の変革がさらに進み、業績や株価が一段と魅力的になり、資金の流れが変わるまでには、まだもう少し時間がかかりそうです。

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[執筆者]佐々木達也
佐々木達也
[ささき・たつや]金融機関で債券畑を経験後、証券アナリストとして株式の調査に携わる。市場動向や株式を中心としたリサーチやレポート執筆などを業務としている。ファイナンシャルプランナー資格も取得し、現在はライターとしても活動中。株式個別銘柄、市況など個人向けのテーマを中心にわかりやすさを心がけた記事を執筆。
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