マイナス金利政策の解除で株価はどうなるのか? 日銀とマーケットの行方を考える
3月19日、日銀は金融政策決定会合でマイナス金利政策の解除を決定しました。今後は、政策金利の目標を「0.0〜0.1%程度」とします。日銀の政策金利の引き上げは、2007年のゼロ金利解除以来、17年ぶりです。
マイナス金利政策とは
日本銀行(日銀)は日本唯一の中央銀行として、銀行券の発行や金融政策運営をはじめ、さまざまなな政策・業務運営に取り組んでいます。
なかでも金融の安定などを目的として設定するのが、短期金利の誘導目標金利、つまり「政策金利」です。日銀は資金を供給したり吸収したりして金利を目標値へと誘導しながら、コントロールします。
マイナス金利政策のもとでは、銀行が日銀に預け入れている当座預金の一部(=政策金利残高)に0.1%のマイナス金利を付与していました。資金を当座預金に置いておいてマイナスの金利を支払うくらいなら、積極的に貸し出しや資金運用に回そう、という動きを促すためです。
今後は、金融機関だけが行うことのできる、1日で満期となる超短期の資金調達取引である「無担保コール翌日物」の金利を政策金利とし、それが0.0~0.1%程度になるように、日銀が市場の資金量をコントロールすることになります。
「異次元」から平時モードへ
これまでの日銀は、「マイナス金利政策」「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)」と「ETF(上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)の買い入れ」によって市場に資金を供給する「異次元の金融緩和」政策をとっていました。
マイナス金利政策は、それまでの大規模緩和をさらに強力にするため、2016年、黒田東彦・前総裁の時代に導入されました。その後、銀行の貸出金利や10年国債などの長期金利も低下し、導入の目的は達成されました。
「イールドカーブ・コントロール」も、同じく2016年から導入された、短期金利と長期金利を誘導する金融操作です。「イールド」とは「利回り」のことで、債券の利回りを縦軸に、債券の満期までの残存期間を横軸にとったグラフで表します。
通常の景気の状態では、短期債券に比べて長期債券のほうが利回りは高く、イールドカーブは右肩上がりです。しかし、金融緩和によって長期債券の利回りが上がらず(一般的に、債券の値段が下がると利回りは低下します)、イールドカーブが平坦になって、金融機関の収益が低迷していました。
また、低金利のおかげで容易に資金の借入ができることで、なかなか収益が上がらずに本来なら市場から退場すべき企業が、「ゾンビ企業」のごとく生き残り、新興企業への新陳代謝が進んでいない点も指摘されていました。
こうした「異次元」の金融緩和を終了し、「平時」の中央銀行の金融政策に戻すことは、植田和男総裁が率いる現・日銀執行部の悲願でもありました。
なぜマイナス金利を解除できたのか?
では、なぜ日銀は、このタイミングでマイナス金利政策を解除できたのでしょうか?
日銀はこれまで、マイナス金利政策の解除=金融政策の正常化には、物価と賃金の安定的な上昇が必要である、としてきました。
物価に関しては、異次元緩和や、コロナ禍後に進行しているモノやサービスの価格上昇によって、日銀が目標としてきた物価上昇率2%が定着しています。
また、春闘などで事前の想定を上回る賃上げの動きが相次いだことも、金融正常化への判断を後押ししました。
日本最大の労働組合の全国中央組織である日本労働組合総連合会(連合)がまとめた、今年の労使交渉の集計結果(第2回回答)では、賃上げ率は5.25%となっており、1991年以来、33年ぶりの高さとなりました。2023年の3.58%からも改善しています。
さらに、大企業だけでなく中小企業の賃上げ率も、4.5%と高水準でした。
原材料価格の高騰や人手不足をモノやサービスの価格に転嫁する動きが強まり、「価格は上がらない」とするデフレ経済の思考から、「価格は上がる」というインフレ経済への移行が徐々に進んでいます。
また、転職の増加による人材の流動性が高まり、サービス業を中心に、現場での人手不足は顕著です。企業が人手を確保するためは賃上げが欠かせなくなっていることも、こうした動きにつながっています。
マイナス金利解除後は円安・株高に
株式市場では、日銀がマイナス金利政策を解除して金融正常化に向かえば、日本の金利が上昇することで、円高・株安に向かうのではないか……との観測が以前からありました。
しかしながら、実際にマイナス金利が解除された後、円安は進行し、株高の流れとなっています。これは、事前の報道などで、3月もしくは4月の日銀会合でマイナス金利解除が決定されるだろうとの見方がされていたことから、為替や株式市場では織り込みが進んでいたことによります。
また、アメリカの政策金利は5.25~5.50%であるのに対して、日本の政策金利は0.0~0.1%と、依然として低水準であることも理由のひとつです。
日銀は、イールドカーブ・コントロールを終了し、ETFなどの買い入れも停止するものの、引き続き、国債の買い入れなどによる金融緩和は継続します。
長期金利などの反応も限定的だったこともあり、利上げを一通り実施した欧米諸国に比べても、まだまだ緩和的な金融環境が続く──との受け止めが、円安・株高の流れにつながりました。
金利上昇で買われる株、売られる株
今後、もし日本の金利が上昇すると仮定した場合、買われる株と売られる株は、それぞれどのような業種になるでしょうか?
まず、金利上昇の影響を受けるのは、負債(借金)の多い企業です。例えば、不動産や中小型のグロース株(成長株)などが、金利が大きく上昇した場合に影響を受けるとされています。また、円金利の上昇で円高ドル安が進んだ場合には、輸出株にとって逆風となります。
一方、金利が上昇するかもしれないというシナリオを前提にした場合、株価の上昇が期待されているのが、銀行・保険セクターです。為替が円高に進めば輸入コストが下がるため、小売り・食品・電気・ガス、サービス業など内需系セクターに間接的に恩恵がありそうです。
ただし、これはあくまでも基本的なセオリーです。例えば、不動産株は昨年2023年はあまり上昇していませんでしたが、日銀のマイナス金利解除の前後では、むしろ買われています。
金利の上昇が限定的であるとの受け止めや、3月26日に発表された全国の公示地価の伸び率がバブル期以来の伸びとなったことも、買い材料となりました。地価の上昇で不動産企業の収益が拡大し、デフレ脱却がさらに進む、との見方です。
現在地を把握して、次へ
今後のポイントとしては、さらなる金利上昇には景気の拡大や賃上げの進行などを伴う、という点が挙げられます。実体経済を下押しするほどの金利の上昇は、企業収益や借り入れ、消費活動にとってマイナスとなります。
ただし、日銀は今のところ、追加の利上げについては相当慎重なスタンスをとっています。そのため、「マイナス金利の解除=金融引き締め」ではない点は抑えておきたいところです。
買い入れを停止したETFの行方についても関心が集まっています。
日銀は市場の安定のため、2010年からETFの買い入れを続けてきました。保有額は時価で70兆円を超えるとされていますが、2023年以降は株価の上昇もあり、買い入れのペースは急低下していました。そのため、今回の買い入れ停止が市場の不安につながることは、ほぼないと見られます。
しかしながら、中央銀行によるETFの購入自体は、世界の歴史からすると稀なことです。将来的には、どこかのタイミングで、市場に少しずつでも放出される可能性は十分にあります。
マイナス金利政策の解除は大きなニュースではありますが、日銀としては「金融の正常化」への第一歩を踏み出したに過ぎません。今後も、物価上昇率や消費の動向、賃上げの状況などを見つつ、難しい舵取りを進めていくことになるでしょう。景気状況によっては、緩和の強化も必要になるかもしれません。
マーケットとしては、日銀の置かれた現状、いわば「現在地」をしっかりと理解した上で、これからも引き続き手探りで日銀の意向を探る展開が続きそうです。