本当は怖い「風説の流布」 実際に処罰された事例を紹介します
相場や企業について根拠のない噂や大げさな表現をすることは「風説の流布」という罪になる可能性があります。では実際に、どういうことをすれば処罰を受けるハメになるのでしょうか。
本当は怖い「風説の流布」
株式相場は、人間が参加しているものである以上、投資家の間にただよう気分や雰囲気が値動きを左右することがあります。
たとえば、根も葉もない風説が投資家の間で広がって、一度に数人の個人投資家が同じ投資行動を取っただけでも、そのわずかな値動きをきっかけに、雪崩を打ったようにして同じ方向へ相場が一気に動くことがあります。その動きを見て、さらに参加する投資家が増えて、一方向へ伸びていく危険性があるのです。
カオス理論でいう「バタフライ効果」のように、最初は小さな「風説」だったとしても、噂がさらなる噂を呼んで、結果的に大きな影響にまで発展することが十分にありえます。
(参考記事)「風説の流布」をざっくり解説 安易な書き込みで懲役10年の可能性も!
この記事では、そんな言葉の力を悪用して相場を妨害する「風説の流布」「偽計」などの罪を犯し、実際に裁判所や証券取引等監視委員会によって処罰された事例をご紹介します。
かつては会社関係者が犯したケースが大半でしたが、これだけインターネットが発達し、個人の発信力が高まった時代では、個人投資家も他人事ではいられません。
事例1:テーエスデー事件
東京地方裁判所 1996年3月22日判決
ソフトウェア会社のテーエスデーは、株式を店頭登録(現在ではジャスダック上場に相当)していたものの、証券取引所へは未上場でした。転換社債の償還日が迫っていたものの、社債の借入金を返済するだけの資金が足りなかったため、テーエスデーの代表取締役は、株価を上昇させれば、転換社債を株式へ替える動きが促進させれば、償還日を乗り切れるのではないかと考えました。
〔※転換社債は、会社へ資金を貸し出していることの証書(社債)のうち、株式に替えられるものをいいます。決められた満期日(償還日)には、会社は全額返済する義務を負います〕
そこで、テーエスデー代表は、東京証券取引所の報道記者クラブに向けて会見を行い、当時は不治の病とされたエイズを人体に罹患させるウイルス(HIV)に対抗するワクチンを開発するための臨床試験がタイで行われていると発表。
さらに、テーエスデーの関与によってワクチン開発を目的とする合弁事業が立ち上がる旨をマスメディアに報道させ、それを受けてテーエスデー株の価格は短期間で約5倍にまで引き上がりました。そうして、実際に転換社債への株式転換が進んだ事実があります。
しかしながら、エイズウイルスのワクチン開発は後に、まったくのデタラメであることが判明しました。
この判決では、たとえ真っ赤な嘘ではないにしても、少なくとも将来は実現するかもしれない事実をあたかも既に実現したかのように公表した点は「風説の流布」にあたると認定しました。
⇒懲役1年4カ月、3年間の執行猶予
事例2:東天紅TOB事件
東京地方裁判所 2002年11月8日判決
株式の公開買い付け(TOB)を行うと偽るつもりで、記者発表のお知らせをマスメディアにあててFAX送信して発表すれば、その時点で「風説の流布」にあたります。
虚偽記者発表のFAX送信の前後での株式の値動きや、被告人がその株式の取引をした事実、その取引に関連する言動などの状況証拠を総合して「相場を図る目的」があったものと認定されました。
⇒株券大量保有状況に関する開示制度(5%ルール)に違反した点も相まって、懲役2年および罰金600万円の併科 (ただし、懲役刑につき執行猶予)
事例3:ライブドア事件
東京地方裁判所 2007年3月16日判決
インターネット関連会社「ライブドア」(当時)の創業者であるCEOが、同社の役員と共謀の上、同社の子会社が、とあるマネー系会社を株式交換によって買収する旨を、東京証券取引所の適時開示情報システム(TDnet)で公表しました。
しかし、そのマネー系会社は、すでに同社の別の子会社が別名義で買収済みであり、しかもそのマネー系会社を過大評価した株式交換比率を公表しており、同社はTDNetに虚偽の事実を書き込んだことになります。
⇒内容虚偽の有価証券報告書の提出(いわゆる粉飾決算)の件も含めて、懲役2年6カ月(実刑)
事例4:ジャパンメディアネットワーク事件
東京地方裁判所2008年9月17日判決
買収して子会社化した通信事業会社の実質的な代表者だった被告人が、2002年の犯行当時は実現の見込みがなかった「定額かけ放題のIP携帯電話」サービスを開始すると、虚偽内容のニュースリリースをマスメディアに送付し、同社の親会社の株価を不正に吊り上げたという事件。
実際、被告人はその株式を大量に転売し、多額の収益を得た事実があります。その売買差益に相当する額を、追徴金として国家に納めるよう追加のペナルティが課されています。
⇒懲役2年6カ月(実刑) 追徴金15億6110万円
事例5:ペイントハウス事件
東京地方裁判所 2010年2月18日判決
これは「架空増資」の事件です。
投資顧問会社「ソブリンアセットマネジメントジャパン」(以下、ソブリン社)は、当時、投資指導などのコンサルティングを行っていた住宅リフォーム会社のペイントハウスに対して、新株予約権を行使して、新株取得の払い込み金額をペイントハウスの預金口座に振り込み、東京証券取引所の適時開示情報システム(TDnet)で、ペイントハウスが増資によって資本が増強された旨を公表させました。
その後、ソブリン社は保有するペイントハウス株を大量に売却しています。実際には払い込みをした資金の大半を、「ソフトウェア購入代金」という実体のない売買の名目で、ペイントハウスからソブリン社へ実質的に戻しており、ペイントハウスの増資は実体を欠いたものとなっていたのです。
ソブリン社は、ペイントハウス株の価格を上げようとする意図はなく、下落してもおかしくない株価を維持する目的なら否定できないとしています。それを前提に、株価維持の目的は「相場の変動を図る目的」には該当しないと主張しましたが、裁判所はその主張を退けています。
仮に実体のない増資という真実が明らかになったとすれば、株価は下落してもおかしくないが、それを秘密にしていた以上、本来の相場の動きを変えようとする意図に外ならないからです。
⇒懲役2年6カ月および、罰金400万円の併科(ただし、懲役刑につき執行猶予) 追徴金3億147万円
事例6:「般若の会」事件
「般若の会」の代表を名乗る人物が、その公式サイト上で、特定の銘柄名は挙げなかったものの、いくつかのヒントを出した上で「凄まじい爆発力を生み出す」と記載しました。
加えて「仲間が一つになってそれぞれが不動の心によって事に当たる時,不可能が可能になります」「何十年に一回の稀有の大相場に発展する可能性があるこの銘柄とのせっかくの縁を頂いたのに,眼前の利に迷うては自らみすみす運を捨て去ることになります」などと、もっともらしい書き込みをして、値上がりに出遅れたくないとの個人投資家の心理を煽っています。
その後、これらの記載をきっかけに、ヒントに当てはまると目された大証一部上場銘柄のひとつの株価が、1カ月間に3倍を超える急騰を見せたのです。
代表を名乗る人物は、さらに続けざまに「利食い玉が消化されれば、意外と簡単に高値を抜いてくる」との「予言」を公表したところ、現にその銘柄の株価はもう一伸びしました。
実際には、この銘柄について、立会開始前に大量の成行買い注文等を入れたり、立会時間に最良買気配値近辺の値段や、最良買気配値から離れた下値に大量の指値買い注文を入れたりするなどの手口で、一種の相場操縦を仕掛けた上で、他の買いを誘引していたための値上がりだったことがわかっています。
代表とその息子が逮捕され、代表は判決を待たずに拘置所で病死しました。
⇒懲役2年6カ月および、罰金1000万円の併科(ただし、懲役刑につき執行猶予) 追徴金26億5864万円
事例7:課徴金の事例(2015年度)
ある上場会社の時価総額が下がっており、このままでは上場廃止になりそうなので、その流れを阻止しようと企てて、みずからが自社株を買い上げ、結果として株価が一時的に引き上がりました。
ただ、これをまるでナチュラルな需給によって株価が上昇したかのように装い、その会社の時価総額が上場廃止基準を上回ったとの内容の文書を公表した点が、証券取引等監視委員会によって「偽計」と指摘されました。
⇒課徴金1224万円
風説の流布によるリスクや取り締まりはさらに強化!
風説の流布や偽計等が、実際に取締りを受けた件数は、インサイダー取引や相場操縦に比べると、今までは決して多くありませんでした。
しかし、機関投資家よりも個人投資家のほうが一般に、噂話やわずかな値動きに影響されやすいといえます。よって、ネット証券の普及で、個人の相場参加者が増えれば増えるほど、風説の流布による悪影響が深刻になりやすいのです。また、SNSの発達によって、個人の発言力が高まっています。
よって、風説の流布や偽計等によって今後、個人投資家も道を踏み外すリスクが高まるでしょうし、検察や証券取引等監視委員会による取り締まりも、さらに強化されていくと予想されます。