過去のPERが投資家にとってあまり役に立たない理由 

朋川雅紀
2024年8月23日 10時00分

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過去の平均との比較

今回は、「過去の平均との比較」ということについて考えてみたいと思います。

過去の平均値は、データが同じ母集団から算出されているものであれば、有益になります。そうでなければ、つまり母集団が違っていれば、データはいわば「定常的(常に一定していて変化がないことを意味する)」ではないので、過去の平均値を利用するのは意味がない、ということになります。

・バリュエーション

過去の株価収益率(PER)の平均値が、今日のマーケットや個別銘柄の評価に使われていることがあります。しかしながら、過去の株価収益率の平均値など、現在の相場環境を評価する上で参考にする程度にとどめていたほうがいいかもしれません。

投資家は、現在のマーケットを理解するために安易に過去の株価収益率を頼りにするべきではありません。

・非定常性

「非定常性」という概念は時系列分析において非常に重要であり、とりわけファイナンスといった分野ではお馴染みのものです。基本となる考えは、長期間にわたって平均値を利用するためには、母集団の統計上の性質が同じ、つまり定常的でなければならない、というものです。

もしも母集団の性質が時間の経過とともに変わってしまうのであれば、そのデータは非定常的になります。データが非定常的であるとき、過去の平均値を今日の母集団に適応すると、誤った結論を導くことがあります。

株価収益率についての理論的および実証的な分析は、この指標がおそらくは非定常的であることを示唆しています。過去の株価収益率は、一般的な投資期間におけるリターンを見通すためにあまり役に立たないかもしれません。

株価収益率が非定常的である理由

非定常的である株価収益率は投資家にとってあまり役に立たない指標ですが、株価収益率がなぜ非定常的なのかを考えることは非常に有意義なことです。

株価収益率を非定常的なものにしている要因として、税制、インフレ(金利)、経済の資産構成の変化、株式のリスクプレミアムの変化などが考えられます。

ファイナンスの基本となる概念は、投資家は、インフレ率、取引コストを差し引いたうえで、認知されるリスク調整後に適切なリターンが残るように、資産の価格を決めるというものです。

したがって、税制やインフレ率の変化は、マーケットにおける適切な価値、ひいては株価収益率に実際的に影響を与えます。

・インフレ

実質のリターンを重視する投資家は、インフレ率の上昇が見込まれる時には、その分だけリターンの目標値を引き上げます。高いインフレ率は低い株価収益率をもたらします。インフレは財務諸表もゆがめてしまい、インフレ率のシナリオが変わると、株価収益率も大きく変化してしまいます。

・資産構成

世界中の産業界において、有形資産よりも無形資産が重要視されるようになっています。投資の規模ではなく投資の形態が、企業が報告する収益を決定することになります。

同じ投資収益率をもたらすビジネスに同額の資金を投じたとしても、新しい工場などの有形固定資産への投資額が大きな企業と研究開発費や広告費などの無形資産への投資額が大きな企業では、その収益に大きな差が付いてしまいます。

たいていの場合、無形資産への投資額が大きな企業の方が、キャッシュフロー対純利益比率が高くなります。

無形資産を重視する企業は、貸借対照表に計上されている資産が少ないので、高い投資収益率を達成する傾向があります。他の条件が同じであれば、より高いキャッシュフロー対純利益比率と投資収益率はより高い株価収益率をもたらします。

・株式リスクプレミアム

投資家が株式に要求するリターンのうち、リスクのない証券(国債)のリターンを上回る部分である株式リスクプレミアムは非定常的であると言えます。

というのも、リスクプレミアムを決定するためには、将来の予測成長率をはじめ様々な要因を考慮しなければなりませんが、なかでも投資家全体のリスク志向の度合いは非常に重要な要素になります。

投資家が楽観的な時期には株式リスクプレミアムは低下し、投資家が警戒しているときには株式リスクプレミアムは上昇します。投資家のリスク志向の変動は、株価収益率の非定常性を形成する重要な要素となっています。

データの理解を深めるために

株価収益率のようなバリュエーション指標はおそらく非定常的ですので、仮に使うにしても、投資家はそれらを控えめに注意深く使用すべきです。

こういった指標が魅力的に感じるのは、非常に簡単に使える物差しになるからです。しかしながら、株価収益率を使用したがる投資家が、この指標の前提条件について理解を深めれば、そうした条件のほうが指標そのものよりも有用であることに気づくでしょう。

前提条件の分析は、成長率、インフレ率、税率、リスク志向、経済の資産構成など、今日の様々な環境が過去からどのように変化していて、なぜそのような変化が起こったのか、また、それらが株価収益率にとってどういう意味を持つのかということを明らかにしてくれでしょう。

[執筆者]朋川雅紀
朋川雅紀
[ともかわ・まさき]大手信託銀行やグローバル展開するアメリカ系資産運用会社等で、30年以上にわたり資産運用業務に従事。株式ファンドマネージャーとして、年金基金や投資信託の運用にあたる。その経験を生かし、株価サイクル分析と業種・銘柄分析を融合させた独自の投資スタイルを確立。現在は投資信託のファンドマネージャーを務めるかたわら、個人投資家の教育・育成にも精力的に取り組んでいる。ニューヨーク駐在経験があり、特にアメリカ株式投資に強み。慶応義塾大学経済学部卒業。海外MBAのほか、国際的な投資プロフェッショナル資格であるCFA協会認定証券アナリストを取得。著書に『みんなが勝てる株式投資』(パンローリング)がある。
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