2023年のアメリカ市場はどうなるのか FRBの金融政策をも左右する「雇用」を読む
アメリカの株価にもっとも影響を与える金融政策。2022年12月の米FOMC(連邦公開市場委員会)では、市場が想定していたよりも金融引き締めに前向きな“タカ派”であると受け止められたことから、株価は調整となりました。
その金融政策を運営するFRB(連邦準備制度理事会)のもっとも重要な2つの使命は、「雇用の最大化」と「物価の安定」であるとされています。そうしたことから、アメリカの「雇用」に注目が集まっています。
アメリカだけでなく世界のマーケットにも非常に大きな影響を与えるアメリカ「雇用」について詳しく見ていきます。
金融政策と雇用の関係
一般的に、景気が悪化するとFRBなどの中央銀行は金利を引き下げたり国債などを買い入れたりして、企業や個人がお金を調達しやすい環境を作ります(=金融緩和)。
これにより、企業は資金を設備投資に回したり、運転資金として事業を続けることができるようになり、経済活動が上向き、雇用にプラスとなります。
反対に、景気が良くなって物価が上がってきたり、企業の業績が良くなって雇用が増加し、人手が足りなくなってくると、中央銀行は金利を引き上げたり、国債などの買い入れを取りやめたりして、経済に回るお金の量を少なくするように働きかけます(=金融引き締め)。
その結果として経済の過熱が抑えられ、物価の上昇や雇用にブレーキがかかります。
世界的なインフレが進行するなか、現在、FRBは金融引き締めを行っています。アメリカの雇用はピーク時より一部鈍化しているものの、強い状態(人手不足)が続いています。しかし、金融を引き締め過ぎると雇用が冷えこみすぎてしまうため、舵取りが難しい局面となっています。
もっとも重要な「雇用統計」
アメリカの雇用を見る上でもっとも重要な経済指標は「雇用統計」です。
雇用統計は、労働省労働統計局(BLS)が毎月第一週の金曜日に、前月分を発表しています(参照:https://www.bls.gov/)。発表時間は、日本時間では夏時間の時期は21時30分、冬時間では22時30分です。
この雇用統計の調査データは、約6万世帯の家庭を調査員が直接ヒアリングする方法と、農業を除く全米約70万の事業者の給与支払い帳簿から調査する方法によって作成されます。
特に重視されるデータは「非農業部門の雇用者数」「失業率」「平均賃金の伸び率」です。
・非農業部門の雇用者数
「非農業部門の雇用者数」は、文字どおり農業を除いた企業の雇用者数で、自営業や経営者なども含まれません。農業を除く理由は、農業では季節など景気とは関係のない場面で一時的なアルバイトなどの雇用が発生することもあり、ノイズとなりやすいからです。
参照される数値は、雇用者数が前月比でどれだけ増えたか減ったかで判断されます。企業などの給与支払い帳簿をもとに算出されるため、「失業率」よりも速報性が高いとされています。
直近12月の非農業部門の雇用者数は前月比22.3万人増で、市場予想の20万人増を上回りました。
・失業率
「失業率」も、雇用の情勢を示す重要な指標として参照されます。「失業者÷労働力人口×100」で計算され、ここでいう失業者とは「現在仕事がないが、過去4週間以内に仕事を探していた人」と「レイオフ(一時帰休)中の人」が対象となります。
失業率は家庭のサンプル調査によって算出されるため、景気の変動の反映が他のデータよりも遅くなる性質があります。しかし、非農業部門の雇用者数などの速報性の高い数値は発表の翌月などで修正されることも多々ありますが、失業率は修正されにくく正確性が高い側面があります。
12月の失業率は3.5%となり、横ばいの予想に反して低下しています。
コロナ禍の影響が世界に広がり始めた2020年4月には、失業率は14.7%まで上昇し、1948年の統計開始以来、過去最悪の数値となりました。リーマン・ショックが発生したときでも、悪化時はおよそ10%でしたので、いかに急激に雇用環境が悪化したかがわかります。
しかし、その後のアメリカ経済は回復が進み、雇用環境も改善が続いて、2019年12月には失業率3.5%と約50年ぶりの水準まで低下しました。現在でも、その水準を若干下回る程度であることから、人手不足の環境が続いていることが示されています。
・平均賃金の伸び率
「平均賃金の伸び率」も重要な指標です。12月の民間企業の季節調整済みの平均時給は、前年同月比で4.6%増加したものの、伸び率は3月の5.6%をピークに減速しています。
しかし、過去の好景気時には4%程度、不況時には2%程度だったことを考えると、インフレや人手不足でアメリカの賃金上昇ペースは非常に高い水準であることがわかります。
複数のデータで景気の先を読む
雇用統計とあわせて参照したいデータとして、いくつかの経済指標を紹介します。
民間企業による先行指標「ADP雇用統計」
ADP(オートマチック・データ・プロセシング)は民間の給与計算を代行している会社です。このADPが集計した非農業部門の雇用者数は、労働省労働統計局の雇用統計が発表される2日前の水曜日に発表されることから、先行指標として参照されています。
かつては、両者の数値の方向性が大きく異なっていることも多かったのですが、ADPの計算モデルの改善などもあり、近年では統計の方向性が近づいてきています。
速報性の高い「新規失業保険申請件数」
新規失業保険の申請件数は、新たに失業した人が失業保険を申請した件数を集計した経済指標です。毎週木曜日に、労働省雇用訓練局(https://www.dol.gov/)から発表されます。
重視されるのは前週比のデータで、概ね40万人を超えると不況、30万人を割って20万人に近づくと好況を示しているとされます。毎週の発表なので速報性が高く、景気の谷に2〜3か月先行することから、失業率などの先行指標としても参考にされています。
企業の景況感がわかる「ISM景況感指数」
ISMとは全米供給管理協会(Institute for Supply Management)のことで、その代表的な指数として「ISM景況感指数」があります。
このISM景況感指数は、全米の製造業やサービス業(非製造業)の購買(仕入れ)担当責任者に対してアンケートを行い、集計します。アンケート項目には「雇用」「仕入れ」などさまざまな項目があり、「雇用」などに対する企業のマインドを知ることができます。
雇用はアメリカ経済の屋台骨
ここで紹介した雇用関係の経済指標には、ひと頃よりはピークを過ぎた感も出ているものの、いまだ活況が続いているアメリカの雇用状況が反映されています。
低い失業率や高い賃金の伸び率の状況が続いていることから、サービス業を中心とした値上げ(インフレ)の圧力は高止まりしています。こうした環境の中で、FRBがタカ派姿勢を緩めていないことが、株式市場にとって逆風となっています。
しかし裏を返せば、FRBの目的である「雇用の最大化」を考えれば、底堅い雇用があるからこそFRBは安心して金融引き締めを続けることができている、ともいえます。
インフレの一服や金融引き締め効果で雇用の環境が緩やかに落ち着き、平均賃金の伸び率や非農業部門の雇用者数のスローダウンが続くと、FRBは手綱を緩めることができ、株式市場にとって良い状況が訪れるでしょう。
株式市場は、今年後半の利上げ停止やその先の利下げ期待を織り込みつつあります。2022年はインフレや雇用関係の指標に右往左往した一年でしたが、こうした流れは2023年も継続しそうです。金融政策に重要なファクターの雇用についても、引き続き注目です。