株価アゲアゲの銘柄と付き合うのも楽じゃない 海運株と過ごしたあの夏の記憶
《株式投資の魅力はやっぱり個別株。それも、とことん愛して一途な想いを遂げてこそ、その奥深い面白さを実感できます。個別株投資という“沼”にハマった筆者が綴る【個別株偏愛】》
2021年の株式相場を代表する銘柄といえば海運株。圧倒的な存在感と力強い上昇で、常に市場の注目の的でした。
その海運株にひょんなことから恋したわたしは、プロでも難しいといわれる海運株投資に乗り出します。でも、荒波相手に格闘する“海の男”との恋は、やっぱりうまくいかなかった……。
今回はそんな、ちょっぴり切ない経験談です。
恋の始まりはラジオ
「先週から海運株が動いていますね!」
海運株との恋の始まりは2021年の2月。毎朝聴いているラジオのマーケット情報番組で、こんなミニ情報を小耳に挟んだことがきっかけでした。
海運株というと、一般的には万年PER10倍以下の割安株で、古い体質の企業の株。ただし、いったん動き出すとそこは市況関連株(商品市場における取引状況が株価変動に大きな影響を与える銘柄)、プロでも手強い、というイメージがありました。
成長株中心の中長期投資を行うわたしには、まったく馴染みも興味もない世界でした。ただ当時は、高配当株を物色している時期だったので、「海運株は高配当で知られているし、ちょっと調べてみようかな?」程度の軽い気持ちで、株式情報サイトをクリックしたのです。
海運株のトップ企業は日本郵船。当時の配当利回りは4.9%もあり、東証1部(現・東証プライム)の予想配当平均利回り1.9%を大きく超えていました。「おー、いいね!」とうなずきながら、さらにリサーチを続けます。すると……
「こ、これは……まさに、海底にお金が落ちている状態! 絶対に拾わなくては!」
まるで巨大なサザエを見つけた海女さんのように、わたしは興奮を隠しきれませんでした。地味だとばかり思っていた男が、突如として輝いて見えてきたのです。そこから、わたしは海運株にハマっていったのでした。
黄金のサザエが育つ理由
なぜ「お金が落ちている」と思ったのか? その理由は大きく2つあります。
1つめは、相場サイクル的に海運株が上昇しやすい局面だったこと。コロナワクチンの普及で世界的に景気回復への期待が高まり、マーケットではグロース銘柄(成長株)から景気敏感株に潮目が変わろうとしていました。
海運株は、景気敏感株の中でも特に投資家に人気の業種。リーマンショック前の2005〜2007年の景気回復時にも大相場を演じており、今回も海運株が上昇しやすい局面となっていたのです。
2つめは、海上輸送運賃上昇による業績の急激な拡大です。日本郵船は2021年2月に業績予想の上方修正を発表し、2021年の通期予想を700億円から1600億円に大きく引き上げていました。
背景には、コロナ禍によって落ち込んだ貿易量の急回復や、世界的なコンテナ不足による海上輸送運賃の上昇があります。運賃上昇は海運株の上昇に直接の影響を及ぼしますから、さらなる業績拡大が期待できたのです。
加えて、外航不定期船(バラ積み船)の運賃市況動向を表す指標である「バルチック海運指数(BDI)」は、2020年9月以来の高値水準となっていました。
つまり、相場サイクル的にも、業績面でも、ともに株価上昇が大いに期待できる状況だったということ。さらに、たとえ目論見が外れたとしても4%以上の配当金は手にできる──わたしが一瞬にして恋に落ちてしまった理由を、おわかりいただけたでしょうか。
ロマンスが止まらない!
その後、外資系アナリストのレポートで目標株価が大幅に引き上げられたことを機に、日本郵船株はグングンと上昇していきました。わたしは、日本郵船のチャートを一日に何度も眺めてはウットリ。もうロマンスが止まらない状態です。
ただ、わたしだって初めての恋じゃありません。これまで出会ったことのない“海の男”との恋は、そう簡単ではないとわかっていました。相手を深く知らないと大ヤケドすると考え、バルチック海運指数だけでなく中国コンテナ指数(CCFI)も日々チェックして、慎重に事を進めました。
そうした努力の成果なのか、3月末に川崎汽船と商船三井が上方修正を出したときには、日本郵船も出る!とすぐにわかりました。
3社は、2017年に定期コンテナ事業を統合し、ONE(Ocean Network Express Pte. Ltd.)を設立しています。ONEは船運賃の上昇で莫大な利益を稼いでおり、3社は出資比率に応じた配当を受け取ることになっていることを決算書などで学んでいたのです(日本郵船38%、商船三井31%、川崎汽船31%)。
そして、「2021年・夏の大海運祭り」を迎えます。
7月、日本郵船は第1四半期の決算発表で業績の上方修正とともに大幅増配を発表。バルチック海運指数も急上昇したことで、大手3社はそろって年初来高値を更新しました。さらに、中堅どころの海運株までもがストップ高や大幅高を演じたのです。
わたしはその夏、日本郵船の株主優待を使って、神奈川県・横浜港に展示されている「氷川丸」を見学に行きました。
氷川丸は昭和に活躍した豪華貨客船で、「北太平洋の女王」とも呼ばれ、あのチャーリー・チャップリンも乗船したことで知られています。アール・デコ様式の豪華な船内は、映画「グレート・ギャツビー」の世界を彷彿とさせ、優雅な船旅気分を味わえます。
日本郵船の株価は、すでに買値から3倍以上になっていました。
このまま上昇すれば、株主優待の「飛鳥クルーズ」10%割引券を使って豪華な船旅に出るのも夢ではないかも……などと夢想しながら、わたしはすっかり映画のヒロイン気分で、氷川丸の甲板から夕暮れの横浜港を眺めていました。
祭りのあとの現実
ほとんどの恋物語は、甘い時間が過ぎると同時に、「現実」という名の嵐が2人を襲います。親の反対だったり、住む世界が違ったり、年の差だったり。このときは、大海運祭りが終わるとともに、アナリストやマスコミがこぞって「海運株はもう終わり」と書き立てたのです。
10月には、9月の配当落ちや中国景気の減速感が強まったことで、利益確定の売りを急ぐ動きから株価は急落。バルチック海運指数の下落も重なって、海運株の業績のピークアウトが意識される展開となりました。
景気敏感株は基本的に、市況によって業績が大きく変動するため、成長株のように長期保有しないのが原則です。その景気敏感株の中でも、特に環境が変わりやすいのが海運業界。高水準の需要が一巡すると、海運ブームは一気に長期の不況に陥ります。
これは供給能力と需要のズレによるもので、ブームのときに発注した船舶の竣工が不況になってからも続くためです。前回2007年の海運ブームの際も、翌2008年に起きたリーマン・ショックによって海運市況は暴落し、長期不況となりました。
そのことを知識として持っていたわたしは、ここからの一段の上昇をどうしても信じることができませんでした。
「いま別れないとダメだ」
そんな思いが頭をもたげます。株価を見ては不安に陥り、挙げ句の果てには、「金に目がくらんだ女め!」と海の男に札束で頬をペチペチと叩かれる悪夢にうなされるようにもなりました(実話)。
その後、乱高下するようになった株価に恐れをなしたわたしは、「自分の住む世界とは違う」ことを痛感し、この恋に見切りをつけることにしたのです。
海女になりたい
その後の海運株は、ご存じのとおり見事な復活を遂げました。
業績面でも、決算のたびに上方修正や増配の発表が相次ぎます。2022年7月には、大手3社がそろって2023年3月期(予想)の上方修正を発表するというポジティブ・サプライズで、買いが殺到。相変わらずマーケットの中心にいます。
わたしも、たとえ世間の冷たい風にさらされても相手を信じ、自分を信じていたなら、ハッピーエンドの恋になったのかもしれません。
でも、海運株のような市況関連株は、回復期の始まりは予想しやすいものの、下降期への転換の予想は難しいといわれています。いまのわたしには手に負えない男だった、ということなのでしょう。
次のサイクルで再び出会えることを夢見て、それまでに「相場の海女(=市況を読める投資家)」になっておくべく、さらに腕を磨こうと誓ったのでした。