要注意! 「退職金で投資デビュー」の取り返しのつかない落とし穴

高橋忠寛
2016年7月6日 17時00分

「自分は大丈夫」と思っている方が多いかもしれませんが、退職金で投資デビューをした結果、取り返しのつかないような大失敗をしてしまう人は、現実に少なくありません。なぜ、そんなことになってしまうのでしょうか?

資産運用をしたことはありますか?

多くの人にとって、「退職金」は人生で初めて手にする大金です。いきなり口座にまとまった資金が入っても、どうしてよいかわかりませんよね。そこへ銀行員から、こんな電話がかかってきたら、どうでしょうか?

退職金のご入金、ありがとうございます。長い間、お勤めお疲れさまでした。当店の支店長がぜひ、ご挨拶にうかがいたいと申しております

「とりあえず、話だけ聞いてみようか」となって、面会した結果、銀行側から資産運用の提案を受けることになります。

退職すると時間もできますし、銀行口座には2,000万円、3,000万円という大金があります。心にも余裕ができて、なんだかお金持ちになった気分になってしまうのでしょう。「よし。まとまったお金を運用して殖やそう」とか「口座にお金を寝かしておくのはもったいない」などと思ってしまう方は要注意です。

これまでに、実際に資産運用をした経験はおもちでしょうか? 経験も知識もないのに、お金があるからといってこのように考えていると、金融機関の営業担当者にとって「非常にセールスしやすいお客さま」になってしまいます。

・お金を持っていて、話を聞いてくれて、投資に詳しくないお客さま

営業担当者からすると、こういうお客さまが最もセールスしやすく、営業実績につながるのです。

実例・「退職金デビュー」で大失敗!

多くの人が陥りがちな「退職金デビュー」をして大失敗してしまった2人の例を見てみましょう。

【実例1】東京電力で大失敗

これは銀行に勧められたという例ではないのですが、自分で株を買ったAさんのお話です。2008年に定年を迎え、退職金3,000万円をどう運用するか考えたとき、Aさんは、良いアイディアが頭に浮かびました。

「そうだ。東京電力の株に投資しよう!」。東京電力ホールディングス<9501>といえば、安心安全、絶対に潰れることのない会社であり、昔から配当利回りが高いことから、いわゆる「資産株」のひとつとみなされてきました。

東京電力の当時の配当金額は、1株につき60円。Aさんが東京電力の株式を買ったときの株価は3,000円でした。これを1万株買ったAさんは、毎年の配当金額は60万円にもなり大満足……のはずでした。

【参考記事】ソフトバンク孫社長は年間94億円! 配当金で儲ける投資方法

ところが、2011年に発生した東日本大震災によって状況は一変します。

東京電力の株価は、2012年1月には153円にまで下落しました。Aさんが購入したときの評価額は、3,000円の株価で1万株ですから、3000万円です。それが、あっという間に153万円まで目減りしてしまったのです。

しかも東京電力は無配に転落し、2016年3月期決算時点でも復配していません。Aさんは、60万円の配当金が得られなくなっただけではなく、保有資産の評価額も約200分の1にまで減らしてしまったのです。こうなると、老後の資産設計そのものを、根本から見直さざる得なくなります。

その後、株価は少し回復していますが(2016年5月末、東京電力ホールディングス<9501>の終値521円)、中途半端な知識と心構えで株式投資に手を出すことのリスクが、この例でよくわかります。

【実例2】外貨建ての年金保険で大失敗

もうひとりはBさん。60歳で定年を迎え、退職金として2,000万円が振り込まれましたが、そのような大金をどうしていいのかわからず悩んでいました。ちょうど、入金された銀行からキャンペーンの案内の電話があり、退職金の運用相談に行きました。そこで、家族にも相談せず、全額、豪ドル建ての個人年金保険の契約をしてしまったのです。

「オーストラリアは高金利の資源国で、先進国の中でも財政状況が安定しています。10年間預けておけば、1.8倍に増やせますよ。退職金のようなまとまったお金を安定的に運用するには最適です」

銀行の営業担当者にこんなふうに言われて、Bさんはその気になってしまいました。たしかに豪ドルは金利も高く、先進国で日本との距離も近く、馴染みのある国の通貨でしょう。しかし、豪ドル建てですから、当然、為替リスクがあります。Bさんが保険に加入したのは2007年6月で、為替レートは1豪ドル=103円でした。

その後、リーマンショックなどを経て、豪ドルは対円で大きく下落し、一時は1豪ドル=55円台まで円高が進みました。この間、Bさんは後悔の念に苛まれていました。なにしろ為替の影響だけで40%以上の損失を被ったのですから。

「豪ドルがこんなに変動するとは思わなかった」と頭を抱えるBさんですが、その後も、この豪ドル建て個人年金保険の契約を続けています。2012年末からの円安の流れを受けて円建ての評価額は多少回復しましたが、現在は再び円高の方向(2016年5月末、1豪ドル=80円)に進んでいます。

しかし、同じようにまとまったお金で外貨建ての保険を契約してしまった人の中には、想定していなかった評価下落に耐えられず、途中で解約してしまう人もいます。そして、そのまま円預金に預けていると、二度と元の金額に戻ることはありません。過去の為替動向も確認しないまま、リスクを把握せずに外貨建ての商品に手を出してしまったケースです。

大金の運用はくれぐれも慎重に

一度に、手元に大金が入ってくるのは、定年退職時だけではありません。たとえば、相続によって資産を引き継いだときも同じです。一度に大きな額のお金が入ったときは、「どう運用するか?」については、くれぐれも慎重を期す必要があります。

そもそも、「運用する必要があるのか?」という視点で、まずは考える必要があります。そして当然、金融機関の営業担当者にそのような相談を持ちかけるべきではありません。お客様は投資には向いていません。無理して資産運用に取り組む必要はありませんよなどと親身にアドバイスしてくれることはありません。

金融機関の営業担当者は、金融商品を販売するプロであって、資産運用のアドバイスをすることが本業ではないからです。

無理に「デビュー」しなくてもいい

退職金は老後の生活を支える大事なお金です。金融商品の選び方によっては、取り返しのつかない大失敗をしてしまう可能性もあります。無理をしてまで「退職金デビュー」をする必要はありません。

まずは自分で老後の資金計画を作って、投資の必要性を検討しましょう。そのうえで、投資にも取り組んでいくのであれば、最初は失敗しても困らないような少額からスタートして、経験を積むことが重要です。

【次の記事へ】「投資」と「トレード」は別物 あなたが負け続ける理由が、ここにある

[執筆者]高橋忠寛
高橋忠寛
[たかはし・ただひろ]株式会社リンクマネーコンサルティング代表取締役。上智大学経済学部経済学科卒業。東京三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)、シティバンク銀行での10年超の銀行勤務を経て、2014年9月に独立。投資助言代理業者[関東財務局(金商)2855号]として、金融商品の販売には関わらない完全に独立した立場で、資産運用を中心に資産管理についての総合的なアドバイスを提供している。著書に『銀行員が顧客には勧めないけど家族に勧める資産運用術』(日本実業出版社)がある。 ファイナンシャル・プランナー(CFP) 、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)
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