中東情勢が株価に与える影響から考える、地政学的リスクとの上手な付き合い方

石津大希
2019年11月7日 8時00分

地政学的リスクを投資に活かすには

新聞やニュースサイトで多く見かける「地政学的リスク」というワード。テーマの領域が非常に広いことから、具体的にどのようなリスクなのかいまいちイメージできない投資家は多いことだろう。

地政学的リスクとは

野村証券では地政学的リスクを、以下のように定義している。

ある特定の地域が抱える政治的・軍事的な緊張の高まりが、地理的な位置関係により、その特定地域の経済、もしくは世界経済全体の先行きを不透明にするリスクのこと。
地政学的リスクが高まれば、地域紛争やテロへの懸念などにより、原油価格など商品市況の高騰、為替通貨の乱高下を招き、企業の投資活動や個人の消費者心理に悪影響を与える可能性がある。
野村證券ホームページより)

近年の政治的・軍事的な緊張をいくつか挙げると、

  • 米中間の貿易摩擦
  • サウジアラビアとイランの政治的対立
  • 北朝鮮におけるミサイル発射
  • 香港における政府への抗議デモ

など、世界各地で地政学的リスクに関連した出来事が発生している。

サウジアラビア石油施設への攻撃

ここでひとつ、上記の例からサウジアラビアとイランの政治的対立を取り上げる。

2019年9月中旬、サウジアラビアにある国有石油会社サウジアラムコの石油生産プラントがドローンによって攻撃された。施設では火災が発生し、直後には石油生産能力の約半分が失われた。その後、復旧作業が進み、10月下旬の時点で、石油生産量は攻撃前の水準に回復したと報じられた。

これに関しては、イエメンのフーシ派が攻撃声明を発表したが、アメリカはサウジアラビアとイランの対立が背景にあるとの見解を示した。

ただし他国は考えが異なっているため、厳密にいえば「サウジアラビアとイランの政治的対立」といい切れない出来事ではあるが、「国際情勢に影響されて石油生産量が一時的に低下した」という点を重要な軸として、株式投資と結びつけて考えてみたい。

中東情勢が日本の株価に与える影響

サウジアラビア石油施設攻撃を受けて、株式市場ではどのようなことが起こったのか。広く見れば、国際情勢悪化に伴って投資家心理が冷やされ、日米欧でマーケット全体にネガティブに作用したとみえる。

しかし、注目すべきは「石油関連銘柄」の値動きだった。日本市場でいえば、石油関連銘柄の代表は鉱業セクターの国際石油開発帝石<1605>、石油・石炭製品のJXTGホールディングス<5020>などが挙げられる。

これらの株価は、事件後に大きく上昇した。その理由を細かく解析すれば、「石油生産能力が低下したことで生産量が減少する→原油の世界的需給バランスが崩れる→原油価格が上昇する→石油関連企業の利幅が大きくなる」という流れが連想された、ということになる。

この例に限らず、他のテロ攻撃や紛争、ハリケーンの到来などによって原油生産の停滞が予想される際にも、このような株価上昇は頻繁に起こる。しかし、買われすぎと考えられることも多くの場面で見受けられる。

投資家はどう考えればいいのか

株式の価値は将来の継続的な利益水準に依存している。そのため、株価が長期的に上昇する(または上昇した後で長期的にその水準が維持される)ために重要なのは、「その材料が利益の増加にどれだけ長期的に寄与するか」だ。

ここでいう「長期」とは5~10年以上を想定している(機関投資家の行うファンダメンタルズ分析も、5~10年以上の業績予想がベース)。

たとえば、今回のサウジアラビア石油施設攻撃に関して考えてみたい。

原油の需給が逼迫して原油価格が上昇した場合、確かに石油関連企業の収益性は向上する。しかし、その効果はどの程度、続くのだろうか。ポイントは「原油生産が回復するまでに、どの程度の時間が必要か」だ。回復すれば需給バランスは元に戻り、価格・利幅も元通りとなってしまう。

「石油施設が攻撃を受けて、生産能力の半分が失われた」と聞いて、その回復までにどれだけの期間が必要だと思うだろうか。1カ月、3カ月、半年、1年、3年……もしかしたら、わずか1週間?

損失を避ける鍵となるもの

今回の攻撃では、サプライズ的にわずか1週間ほどでほぼ回復したと報じられた。では、3カ月かかると思った投資家は失敗なのかといえば、決してそうではなく、成否を分けたのは「さすがに5年はかからないだろう」という感覚だ。

株価の話とつなげると、需給の逼迫による原油価格の上昇とそれによる関連企業への恩恵が、長期(5年)にわたって続くと想定したか、それとも短期的なもので終わると考えたか。

結果論となるが、今回の事件後に上昇した石油関連銘柄の多くは、その後1カ月足らずで株価の上げ幅をほぼ失い、以前の水準に戻ってしまった。

このように、事件発生直後の株価上昇を目にした際には、「その高い水準が長く続くのか、またはすぐに失速するのか」をイメージすることで損失を回避しやすくなる。あるいは場合によっては、うまく利益につなげられこともあるだろう。

アナリストのひとり言

ここでは、地政学的リスクに関連した出来事への「事後的」な対応について解説した。「どうして事後的な対応なのだ。事前に何らかの対処をすればもっとリターンが得られるのではないか」と思う人もいるだろう。

しかし、事前にできることは意外と少ない。まず、予想することは非常に困難だ。当たり前だが、いつ、どの国・どの地域で、どのような事態が発生するかを予想するのは、不可能といっていいだろう。

では、具体的な準備としてできることには、どんなことがあるか。

ひとつはリスクヘッジだ。何かが起こったときに損失を被るのは怖い、というのであれば、保有している銘柄の「プットオプション」を併せて買っておくことができる。平たく言えば、あらかじめ決められた価格で株式を売ることができる権利だ。これにより、株価が下落したときの損失を抑えることができる。

もうひとつは、「リスク回避のために〝臭い銘柄〟には手を出さない」ことが挙げられる。今回の例でいえば石油関連銘柄だ。

原油相場は中東情勢に大きく影響を受ける。その中東は長らく緊迫した関係が続いている。そうした前提知識のもと、何かが起こったときに影響を受けそうな銘柄はそもそも避ける、という選択肢もあり得るだろう。

このように、地政学的リスクに対して個人投資家ができるのは、何が起こるかを予想することよりも、何か起こったときの損失を回避できるような策を打っておくことになる。事後的な対応とあわせて、リスクへの向き合い方を改めて考えてみてほしい。

[執筆者]石津大希
石津大希
[いしづ・だいき]外資系投資顧問会社で株式アナリストとして勤務したのち独立。ファンダメンタルズ分析の経験を生かして、客観的データや事実に基づく内容を積極的に発信。市場で注目度の高いトピックを取り上げ、深く、そして、わかりやすく説明することを心がける。
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