「兜町交差点」誕生秘話 かつての喧噪の街が、大きく生まれ変わろうとしている

千葉 明
2022年7月5日 16時30分

新たに誕生した「兜町交差点」。奥に見えるのが新名所「KABUTO ONE」。Caito/PIXTA

《東京証券取引所が立つ日本橋・兜町。かつての活気は、もうない。だがそこは紛れもなく、日本の株式取引の中心地だった。兜町を見つめ続けたベテラン記者が綴る【兜町今昔ものがたり】》

「兜町交差点」誕生秘話

 今年329日、兜町に、ある大変化が発現した。

 東京証券取引所に向かうには、地下鉄東西線の茅場町駅を下車。10番出口から地上に上がると、そこは「茅場町」交差点。東証へはそこから、徒歩数分。その茅場町交差点の名称が、「兜町」交差点に変わったのだ。

 茅場町交差点の名称がいつ生まれたのかは、定かではない。ただ、ようやく探し出した1904年(明治37年)の中央区の地図には、当該の交差点は「茅場町」と印されている。従って、少なくても1世紀の歴史を超える「大」変化である。

 話は20191月の、界隈の町会連合会の新年会に遡る。兜町町会長の鰻屋「松よし」の江本良雄氏(本連載の『社長が逮捕、副社長は姿を消し… 東証に投資家が乗り込んできた日』に「兜町の語り部」として登場。店は20182月に70年の幕を閉じたが、町会長は引き続き務めていた)は、町会連合会会長の安西暉之氏から、こう打ち明けられた。

「天下の兜町の名前が交差点にないのはおかしいと思う。ウォール街やシティーと並び称される世界的な金融街だ。外国人を含め多くの人々が訪れる。訪問する際の目印として、兜町交差点があったほうがいい。オリンピックも催される。兜町の名を世界に発信し、街を活気づけよう」

 兜町と長らくともに生きてきた江本氏は、膝をうって賛同した。他の町会(長)の賛同を得るために、時間をかけ周到に根回しをした。同意を得た二人は東京都や警視庁中央警察署に、交差点の名称変更の要望書を提出し、「何故か」を説きに説いた。

 が、そんな最中に新型コロナ禍に襲われた。都も警察も当初は「オリンピック前の変更は混乱を招きかねない。オリンピック後に」という反応だったが、そのオリンピックはコロナ禍で延期を余儀なくされた。そうして今春、ようやく実現したのである。

 この一事は、進みつつある新たな兜町の在り様の変化を象徴しているかのように私には思える。東証が電子商取引に移行して以降、兜町は激変した。1970年代には約70社の証券会社が軒を並べていたが、移転や廃業で残っているのは約10社。街の活性化は不可欠な課題だ。その先頭に立ったのが、東証の家主でもある平和不動産だった。

「喧噪の街」はどう生まれ変わるのか

 兜町交差点の実現を「兜町の在り様の変化を象徴していると思える」と記したが、ではどんな風に変わろうとしているのか。「株取引の場=東証」を軸に証券会社が集積し「喧噪の街」だった兜町はいま、どんな街に生まれ変わろうとしているのか。

 変化を牽引している主体は、東京証券取引所の家主でもある平和不動産。そもそも商業施設やオフィスビル等を開発し、エリアの活性化を図るのが事業。平和不動産は二つの具体的な施策を既に進めている。

 まずは「FinGATE(フィンゲイト)」。

 2014年に、兜町エリアの活性化を「人が集い、投資と成長が生まれる街づくり」をコンセプトに検討を開始した。そして至ったのが、「資産運用を中心とした金融ベンチャー企業等の発展支援」「投資家と企業の対話・交流促進拠点の整備」「主として外国人を対象にした高度金融人材の受け入れ促進」だった。2017年に東京都が打ち出した「国際金融都市・東京」構想にも、背中を押された。

 具体化されたのが、これからの金融を担う独立系資産運用会社や金融系スタートアップの起業・成長を支援する「FinGATE(フィンゲイト)事業」だ。20179月に「FinGATE KAYABA」を開設。以来、「FinGATE KABUTO(20184月)」「FinGATE BASE(20187月)」「FinGATE TERRACE(20204月)」「FinGATE BLUOOM(20224月)」と続いている。平和不動産では「今後も展開を続ける」としている。

 現時点での各FinGATE(いずれも平和不動産が開発・保有するビル)の様相は、以下のような状況。

  • KAYABA……茅場町1-811F100人超の収容が可能なイベントスペース。企業のIR活動などが催されている。7〜9FFinTechスタートアップ用のオフィススペース。
  • KABUTO……兜町6-523F部分がオフィスビル及び会議室。金融庁・東証の出先機関も入居。
  • BASE……兜町5-1。スタートアップ企業向けスモールオフィス。
  • TERRACE……兜町812Fから8F部分がオフィス。
  • BLOOM……兜町9-14〜6Fがオフィス。6F4〜5Fのスタートアップorベンチャー企業が手狭になった場合に備えてのセットアップ仕様造り。

 ちなみに「BLOOM」にはアドバイザーナビ(富裕層向け中心のファイナンシャルアドバイザー業)、WealthLead(資産運用コンサルやMAアドバイザー業)や400FFPや金融商品仲介業者と個人のマッチング事業)といった企業がテナントとなっている。

「金融の街」兜町の新たな歩み

 そしてもう一つの施策が「KABUTO ONE(カブトワン)」。

 2021824日開業。平和不動産が発表したリリースの内容をかいつまむと、「この地(中央区日本橋兜町7-1)に誕生したKABUTO ONEは、国際金融都市・東京構想の一翼を担い、金融関係の情報発信や人材育成、投資家と企業の対話・交流促進を図ることで国際金融都市・東京構想実現に寄与するとともに、地域全体の更なる発展・魅力の向上に貢献することを目的とする」。

「KABUTO ONE」の名称には「“これまでも、これからも、兜町が日本経済において不変の始まりの地=基点であり続ける”という想いを託している」としている。

 兜町交差点(旧・茅場町交差点)から東証に向かう左側、元・山種証券本社(現・SMBC日興証券)跡地エリアに「KABUTO ONE」は建っている。2018年に「国家戦略都市計画建築物等整備事業」として、総理大臣が認定。事業者は平和不動産・山種不動産・ちばぎん証券。

 百聞は一見に如かず。現地を訪れてみた。「どでかい」が第一印象。地下2階・地上15階(東証と同じ高さ)。延床面積は39000平方メートル

 1Fから3Fはアトリウム(光を取り込むガラス張りの巨大な空間)で高さ約14メートル3層吹き抜けガラス張り空間(The HEART)に、世界最大規模のキューブ型LEDディスプレイが設置されている。食事処……ダイニングスペースもある。3Fには大型書籍棚があり、食事・読書・思案の場「ブックラウンジ カブル」。主にイベント会場として地域活動・地域交流拠点としての役割を果たしている。

 4Fにはホール&カンファレンス。企業の株主総会・決算説明会・IR活動などの使用が想定される。6F~15Fはオフィスフロア。ワンフロアの延床面積は約1905平方メートル。ちばぎん証券、証券保管振替機構、Quick(日経系情報機関会社)、QES(同ITソリューション企業)、T&Iイノベーションセンター(地銀6行・IBMによる、フィンテック活用の新金融サービス企画・開発企業)etc… がテナントとし入居している。

 我が網膜に焼き付いた喧噪の街・兜町はない。が、「金融の街」兜町の新たな歩みを感じた。

[執筆者]千葉 明
千葉 明
[ちば・あきら]東京証券取引所の記者クラブ(通称・兜倶楽部)の詰め記者を振り出しに、40年以上にわたり、経済・金融・ビジネスの現場を取材。現在は執筆活動のほか、講演活動も精力的に行う。『野村證券・企業部』『ザ・ノンバンク』『円闘』など著書多数。
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