相場師か、投資コンサルタントか。兜町を騒がせた伝説の「歩合外務員」がいた

千葉 明
2022年5月31日 11時30分

Blue Planet Studio/Adobe Stock

《東京証券取引所が立つ日本橋・兜町。かつての活気は、もうない。だがそこは紛れもなく、日本の株式取引の中心地だった。兜町を見つめ続けた記者が綴る【兜町今昔ものがたり】》

兜町を騒がせた伝説の「歩合外務員」

 かつて兜町には、良くも悪しくも味わい深い「証券歩合外務員(以下、歩合外務員)」がいた。名刺には所属する中小の証券会社名が記されている。その実態は、机や電話の類は無料で使用できる代わり、株取引などで稼いだ手数料の4割(契約により前後)は証券会社の取り分となり、6割が自らの収入。

 そんな歩合外務員の存在に改めて注目させられたのは、1981年(昭和56年)2月のことだった。黒川木徳証券(現・あかつき証券)に所属する故・加藤暠氏が、「脱税幇助」の罪で逮捕されたのだ。私は、知人の紹介で知り合った東京証券コンサルタント協会(歩合外務員の親睦団体)の高橋将知会長から、この事件の全容を知った。高橋氏も福山証券(のちに他社に合併され消滅)に所属する歩合外務員だった。

 加藤氏は黒川木徳証券の歩合外務員。と同時に、投資コンサルタント会社「誠備」の経営者・運営者でもあった。誠備に関して高橋氏は「風聞の範疇だが」と前置きした上で、こう説明した。「当時、兜町では、政界・経財界の重鎮や巨額富裕層の800人余りが会員だと言われていた」。それを裏付けるように、逮捕前年の加藤氏の申告所得はゆうに1億円を超えていた。その頃、「月々100万円の現金を家に持ち帰ることができたら、一流の歩合外務員」とされていた。年収換算1200万円。加藤氏の「1億円超」はまさに破格だったわけだが、問題はその背景だった。

 加藤氏の名と誠備の存在が兜町界隈で注目されたキッカケは、誠備(のコンサルタント資金)をバックにした加藤氏による複数の仕手戦の表面化だった。言わば歩合外務員による「一任勘定」相場だ。例えば東証1部の宮地鉄工(現在は非上場)では、大量に買い入れた玉(株式のこと)を前面にして経営参加まで求めた。そこまで至らなくても加藤氏がその当時仕掛けた仕手戦銘柄として、ヂーゼル機器(現・ボッシュ)、岡本理研ゴム(現・オカモト)、カルピス(現・アサヒグループホールディングス傘下)、不二家、西華産業などが知られている。

 加藤氏は、「株式投資を個人投資家の手に取り戻す。その先導役を自分が果たす。これは(当時の大手4社に)仕掛ける戦争だと大見栄を切っていた」(高橋氏)らしい。とりわけ加藤氏の名を轟かせたのはヂーゼル機器。1979年末に200円水準だった株価が、10か月後には2950円水準にまで急騰した相場だった。その前後から東証の立会場では、「今日のマルキ銘柄は」という言葉が頻繁に飛び交っていたとされる(片仮名のキを丸で囲んだものが黒川木徳証券のマークだった)。膨らまして言えば「黒川木徳=加藤氏銘柄」に兜町の住民の耳目が集中していたというわけだ。

歩合外務員には夢があった

 加藤氏を「相場師」とする声もあった。だが高橋氏をはじめ私が当時取材した歩合外務員の面々は、「加藤の起こした事件のせいで、我々の存在はまた元の木阿弥。白い目で見られてしまうのではないか」という意見で共通していた。私も同感だ。当時の歩合外務員の多くには夢があったからだ。

 以前の歩合外務員に対しては「証券会社の退職者の生活の糧」という見方が大半だった。だが徐々に若い層も積極的に参入する職業になりつつあった。「アメリカでは証券セールスマンは、医者や弁護士と同格。三指に数えられる職業。一人一人の外務員が意識を高めなくてはならない」とする認識が広がり始めていたからだ。

 高橋氏から紹介された福山証券の歩合外務員、小笠原勝将氏も、中外製薬の労組書記長や埼玉・桶川市議会議員という経歴の持ち主。こう熱っぽく語っていた。

「顧客の財務コンサルタントと評価されるぐらいに我々は成長しなくてはならない。チャートだ、信用の取り組みだ、マル秘情報だ、とうまい話ばかりで計算通りに儲かるのなら、歩合外務員などならずに自分で投資をしたほうが楽だし効率的だ。顧客にも、長い目で投資と付き合う、つまり資産運用としての株式投資を理解してもらうように努めるのが、我々の仕事だ。中小企業の社長クラスを顧客にしようとするなら、中小企業診断士の資格を修得して企業診断や経営相談に乗る。それぐらいでなくては歩合外務員の社会的存在感の高まりは望めない」

 その一方で小笠原氏は、「自分は市議会議員時代に住宅ローンを組んだが」とした上で、顔を曇らせてこう言った。「同年代の2倍3倍の年収を得ていながら、銀行に住宅ローンの申し込みをすると、『ご職業は?』『歩合外務員です』のやりとりだけでその後の話がスムーズに進まなくなってしまうケースが少なくないという現実があるのも事実だ」

 歩合外務員と相場師は、全くの別物だ。いずれ「兜町の相場師列伝」といった記事を記したいと考えているが、少なくても加藤氏は、歩合外務員でもなく相場師でもない中途半端な存在だった、と私は認識している。

「株好き集まれ!」

 証券歩合外務員は、いまでも存在している。ただし、正確を期すと「証券外務員」の資格を有する者だけが、有価証券に関連する業務を担うことができる。

 証券外務員になるには証券会社での研修後、日本証券業協会が行う試験に合格しなくてはならない。証券外務員には2種類ある。一種外務員資格と二種外務員資格。前者と後者の違いは「信用取引」「デリバティブ(先物・オプション・スワップの金融派生商品)取引」を扱えるか否かだが、試験に際しては二種外務員試験でも「信用・デリバティブ取引の基礎知識」は出題される。

 平たく言えば、一人前の証券マンとして現場に立つためには「一種外務員試験」の合格が必要だ。日証協の発表を見ると、2019年度の「一種」合格率は67.6%。2020年度は74.6%。440満点の7割以上の得点者が合格者となる。決して形式だけの試験ではないことが窺える。

 では証券歩合外務員はどうか。やはり一種外務員試験の合格が必須条件。

 例えば「株の専門店」を標榜する立花証券。「最後の相場師」とも言われ、スターリン暴落(1951年)を予言したとも語り継がれる故・石井久氏が興したこの証券会社には、今年3月末時点で78名の歩合外務員が在籍している。かつてとは違い「健康保険・厚生年金加入」など、一国一城の主でありながら万全のフォロー体制が敷かれているようだ。募集要項には「株好き集まれ!」とある。

[執筆者]千葉 明
[ちば・あきら]東京証券取引所の記者クラブ(通称・兜倶楽部)の詰め記者を振り出しに、40年以上にわたり、経済・金融・ビジネスの現場を取材。現在は執筆活動のほか、講演活動も精力的に行う。『野村證券・企業部』『ザ・ノンバンク』『円闘』など著書多数。
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