「大事なのはよく観察すること」 個人投資家がイオンで見つけた愛と夢
《株式投資の魅力はやっぱり個別株。それも、とことん愛して(一方的な)想いを遂げてこそ、その奥深い面白さを実感できます。個別株投資という“沼”にハマった筆者が綴る【個別株偏愛】》
「金魚妻」と個別株投資
「(金魚を飼育するとき)大事なのはよく観察すること」
Netflixで配信されている話題のドラマ「金魚妻」(原作は黒澤Rの漫画『金魚妻』/集英社)に出てくるセリフです。このドラマでは、家に囚われ、夫にほったらかしにされたままの妻たちの姿を、金魚をメタファーにして描いています。
株式投資では、ETFなどを長期で積み立てる「ほったらかし投資」が王道だといわれることがよくあります。コツコツと堅実な資産形成を行うという点では同意できますが、せっかく株を始めたのに「ほったらかし」なんてもったいなさすぎる!という思いも実はあります。
というのも、株の本当の面白さは、じっくり観察することが必要な「個別株投資」にこそある、と強く強く信じているからです。ぼんやりと観ていた「金魚妻」のセリフに全身で反応してしまったのも、個別株投資も同じ道理だ、と思ったからに他なりません。
「汚い水に浸かっていると、そのまま金魚も濁ってしまう」
→「下落トレンドには逆らうな」「病気の兆候に気づいたときは、すでに手遅れ」
→「成長の鈍化を見逃すな」
こうしたセリフのひとつひとつが、まるで個別株投資の極意を語っているように思えてきました。
金魚と株の意外な共通点
「金魚妻」というタイトルも憎い。
金魚は昔から、日本の男性たちに愛でられてきた歴史があります。とくに江戸時代には、金魚飼育と朝顔栽培は武士の副業として盛んに行われていました。
窮屈な社会、理不尽な上司、生活苦などからなんとか抜けだそうと、武士がせっせとその武骨な手で金魚や朝顔を育てる──これもまた、現代の副業としての株式投資に通じるものがあると思いませんか?(もちろん、現代では男性も女性も関係ありませんけれど)。
武士たちの仕事ぶりは副業の域を通り越し、朝顔は、江戸時代の終わり頃までには1000種以上もの品種が生み出されて、現代の遺伝子工学の礎を築いたともいわれているそうです。ただの仕事から、いつの間にやら自らの情熱を傾けるべきものへと変化していったのでしょう。
株式投資でも、最初は老後の資産形成のつもりで始めたのに、すっかり個別株投資の面白さにハマって、聞かれてもいないのに自分が注目している個別株について嬉々として語るようになる人もいます。何を隠そう、わたしもそのひとり。
周りがドン引きするほど偏愛する理由が、個別株投資にはあるのです。
個別株に翻弄された日々
武士も愛した朝顔の、なかでも「変わり咲き」と呼ばれる品種の栽培はとても難しく、「どんな花が咲くかは咲いてみなければわからない。思い通りの花になるのは、1000粒の種に1つだけ」なのだそうです。
ン十年前、証券会社に入社して株のリサーチ部署に配属されたばかりの駆け出し状態のわたしも、まさにこの心境でした──「どの株が上がるのかさっぱりわからない!」。
この部署の使命は、ずばり「儲かる株を探すこと」。上場している3500以上の企業の中から「これは!」という銘柄を探し出すのは想像以上に難しいものです。マクロ分析やミクロ分析を駆使し、それと同時に泥臭いIRめぐりを繰り返しては、押し寄せる情報の波に呑み込まれそうになる日々……。
睡眠不足でフラフラの頭をなんとか働かせて各社の決算短信を片っ端から読んでいると、「この株もいい気がする」「いや、こっちの銘柄のほうがいいかな……?」と、いつまでたっても判断がつかない。見かねた上司が、こんなことを言い出しました。
「会社にいてもダメだ。街に出て遊んでこい! そのほうがよっぽど『上がる株』が見つかるぞ」
いま思えば、「そんなに根を詰めずに気分転換でもしてこい」という親心のようなものも込められていたのかもしれませんが、当時のわたしは「遊ぶって何よ、こっちは真面目にやっているのに!」と逆恨みするくらい追いつめられていました。
でも、結局のところ、この上司の忠告は正しかったのです。
ファンタジーがもたらした夢
相変わらず数字の海に溺れかけていたある日のこと。わたしは、リサーチを兼ねてショッピングセンターの中にあるゲームセンターをのぞいてみました。そのとき調べていたのは、イオン中心とした大型ショッピングセンターに遊戯施設を展開するイオンファンタジー<4343>という銘柄です。
多くの人でごった返すなか、わたしの目に留まったのは、クレーンゲームに夢中になっている中学生くらいの男の子。巨大なぬいぐるみを取ろうと、何度も何度も挑戦しては失敗し、でも決して諦めずに果敢に挑んでいました。
お小遣いだってどうせ大してもらっていないだろうに(勝手な妄想です)、男の子があれほど執着するなんて……クレーンゲームってそんなに面白いものだったっけ?
早速わたしも試してみたところ、ビギナーズラックなんてものはかすりもせずに終わってしまい、悔しいのなんの。「絶対に手に入れてやる!」としばらく奮闘したのですが、結局ひとつもゲットできないまま数千円も使い果たしてしまいました。
子供たちが夢中になるのも納得の面白さだと、すっかり感心したのです。
・イオンファンタジー<4343>
急いで会社に戻ったわたしは、早速イオンファンタジーの利益見通しや財務状況、コンペティター(同業他社)、成長計画などを再確認し、月次の業績もチェックして、同社のIR部門には足元の状況を聞くなどもして、業績のさらなる拡大を確信。胸を張って銘柄推奨することができました。
当時イオンファンタジーは、イオンの出店攻勢に伴って業績が拡大していました。「絶好調」ということを数字上では知っていたものの、実際にサービスが展開されている場に足を運んではじめて、それを「生きたデータ」として体感することができたのです。
その後、好決算が発表されて株価は大きく上昇し、初めて結果を出すことができた思い出の個別株です。
夢はそのまま偏愛沼に…
「個別株投資の魅力を知ってしまったね。君はもう、ここから抜け出せないよ」
成果をあげてホッとしているわたしに、例の上司が笑いながら放ったひと言が、これです。まるで、「金魚妻」に出てくる不倫相手のセリフみたいですよね(こんなところにも、個別株投資の「金魚妻」の共通点が……)。
たしかに、「儲かる株を見つけた(=利益を出せた)」という結果は嬉しいものでした。でも、それよりも、自分の知識と経験をもとに株価のシナリオを作り、実際そのシナリオどおりに株価が上がった、という事実にとてつもない喜びを感じました。
人生でそうそう出会うことはない特別な味を知ってしまった、ということかもしれません。
それからは、「あの歓喜をもう一度!」とせっせとリサーチに励むようになり、見るもの聞くものすべてが「株価が上がるかな?」という疑問につながっていきました。言ってみれば、「個別株」という窓から世間を観察するようになったのです。
気になったら可能なかぎり商品やサービスを体験し、「良い」と思った銘柄だけに投資する。観察を怠らず、わずかな変化も見逃さず、大きく大きく育てていく──証券会社から資産運用会社を経て独立し、個人投資家として個別株と向き合うようになってからは、その偏愛ぶりはさらに加速していきました。
偏愛は道楽にあらず
金魚や朝顔を育てること(それに個別株投資)には「道楽」というイメージをもっている方もいらっしゃるかもしれません。でも、それは大きな間違いです。金魚も朝顔も、もちろん個別株も、どんなに偏愛しても道楽となってしまっては意味がないのです。
なぜなら、いくら自分好みの金魚や朝顔に育てても、他人(自分以外の誰か)が欲しいと思ってくれなければ、そこにはなんの価値も生じません。個別株も同じ。いくら自分が「いい!」と思っても、他の多くの投資家も同じように思わなければ、株価は一向に上がらないのです。
夫にほったらかされた金魚妻たちは、他の男に価値を見出されたことから本来の輝きを取り戻します。また、朝顔栽培の上級者は、葉の形を見れば大体どんな花が咲くか予想できるそう。