急増する「自社株買い」 個人投資家のとるべき戦略を3つのポイントから解説

伊藤亮太
2016年1月12日 21時46分

自社株買い」は株価の上昇につながりやすいと一般的には考えられています。ところで、なぜ企業は自社株買いをするのか? それをしっかり理解することで、それぞれの投資局面における取るべき判断が変わってくるかもしれません。

なぜ「自社株買い」が増えているのか?

上場企業による自社株買いは2014年から急増し、この年に実施された自社株買いの金額は、前年度から7割増えたとされています。この背景には、2014年に誕生した新しい株価指数「JPX日経インデックス400」が影響していると考えられます。

JPX400に採用される条件に「ROE」が高い(実際はスコアリングされて計算される)ことが含まれています。つまり外国人投資家などから注目をされる上でもROE向上のために自社株買いを行う企業が増えているからです。

ただし、「自社株買い」といっても目的は一つではありません。企業側の様々な思惑と、それを受けて「売買」を行う投資家の両面からこのイベントを見ていく必要があります。

今回は、いったいどういった視点で自社株買いを評価すればよいのか、自社株買いの効果(メリット)と、長期的に見た場合の3つのポイントについて解説していきたいと思います。

自社株買いの効果(メリット)

自社株買いとは、上場企業が自社の株式を市場から買い取ることを意味します。

ここで疑問に感じるのは、「なぜ上場している企業が、わざわざ自分で買い取る必要があるのか?」という点。これには、3つの理由「株主還元」「M&Aに備える・守る」「アナウンスメント効果」が考えられます。

①株主還元:自社株買いは経営者の強気のあらわれ

自社株買いは株主に報いる要素があります。特に、株価が割安に放置されている場合などに利用されることが多いです。なぜならば、経営者は自社の株価評価はもっと高くあるべきだと考えているからです。裏を返せばそれだけ自身の会社の今後の見通しに強気であることを示しているともいえます。

自信があるからこそ、今後株価が上がる見込みがあるからこそ行うわけです。株主も自社株買いを発端として株価が上がれば嬉しいのは当然のことですよね。

ぜひ、四季報などで今後の業績予想を確認してみましょう。業績予想が強気、かつ自社株買いを行っている企業を探すことで「経営者の強気度」が確かめられるかもしれません。

②M&Aに備える・守る

自社株買いは、自己防衛や買収手段として利用されることがあります。

自社株買いを行なえば、当然ながら自社が保有する株式の比率が高まります。もし買収されそうならば、自分の身は自分で守るのが無難な対策方法でしょう。自社株買いにより株価が上がれば買収をたくらんでいた企業は買収をあきらめることにもなるかもしれません。株主にとっても理由は何であれ、株価上昇の恩恵を受けることができます。

一方、自社株買いにより所有した株式をもとにM&Aを行うこともあります。自社の株式と買収先の株式を交換して企業買収を行うのです。

これも株主にとってメリットとなりえます。なぜならば、買収時に手元にある株式を利用すれば現金や借入れが別途必要なくなるからです。つまり、企業の負担が増えないにもかかわらず、企業価値をさらに高めることができる可能性があるのです。

③アナウンスメント効果:株価の下支え効果としても機能する

自社株買いは経営者の強気のあらわれと書きましたが、これを示す効果を「アナウンスメント効果」といいます。株主還元の意味もありますが、今後株式を買おうと思っている人向けのメッセージとして自社株買いを行うのです。

つまり、いつまでにいくら買いますよと提示することで、投資家は安心して株式投資ができるようになるのです。

今後株価はあまり下がらないかもしれない。下がったらその企業が買ってくれるから安心して売買できる。購入予定金額や株数が多ければ経営者は強気だ。株価の下支えどころか上昇する可能性が高い。

このように投資家が捉えれば、当然買い手が増加します。自社株買いのプレスリリースを出しただけで株価が上がるケースもありますが、それはこうした理由から「買いが入る」ためです。

いかがでしょうか。自社株買いのメリットが複数あることがわかってきましたね。

これ以外にも自社株買いが与える影響は多く存在します。実は長期的に見れば、投資指標も変える効果を持っているのです。その3つのポイントを次に探っていきましょう。

長期的な3つのポイント

①PERの低下につながる

投資指標を見る際には、長期的に見てその企業の指標が割安といえるかどうか判断していく必要があります。自社株買いは、長期的な効果として「PERの低下」をもたらす可能性があります。

実は自社株買いを行い、企業自身が所有した株式は「1株あたり当期純利益(EPS)」を計算する際に含めません。つまり、企業が所有する株式数(自己株式)を発行済株式数から差し引いて投資指標は考えます。

これにより、残りの株数だけで「1株あたり当期純利益(EPS)」が計算されることになるため、利益が変わらなくても自社株買いにより1株あたり純利益は増加します。

PERとは株価収益率とも呼ばれ、株価を1株あたり当期純利益(EPS)で割ることで求められます。PERは同業種の中で低い方が割安と評価されます。1株あたり純利益が増加すれば、PERは低下することになるため、自社株買いにより必然的にPERは低下することになります。

もし、業績が好調であればどうなるでしょうか。業績が好調であれば1株あたり純利益は当然増加しますよね。そのうえで自社株買いを行った場合さらにPERの低下につながり、他社よりも割安に映る。市場はそのような企業を見逃しません。長期的に見て株価が上昇することにつながる可能性が高くなります。

②ROEの改善につながる

これだけではありません。自社株買いはROE(株主資本利益率)の改善にもつながります。ROEは当期純利益を株主資本で割ることで求めることができます。

実は自社株買いした株式は、株主資本から差し引いてROEを求めることになります。そのため、自社株買いがROEを高めることにつながるのです。

ROEが10%以上。これは外国人投資家からみれば標準的な値です。この数値を超えるような企業に豹変すれば、世界が注目、投資する企業となる可能性が出てきます。そのため、特に大企業の経営者は、世界基準で戦うために自社株買いを行う、こんな側面もあるのです。

③自社株処分には要注意

これら2つのポイントを見ると、長期的に見てもプラスとなりえ、自社株買いはメリットばかりに映りますが、落とし穴も存在します。特に、すでに自社株買いを実行している企業に対して投資を検討する際に注意が必要となります。

それは自己株式を「処分」する場合です。自社株買いにより企業が所有した株式は、そのまま継続所有しM&Aなどに備えるという選択肢もありますが、最終的に「処分」か「消却」を選択することがあります。

処分とは自己株式を売却することです。もし売却するのであれば、市場に放出されることになるため、株価が大きく下落することになり得ます。また、市場に出回る株数が増加するため、PERやROEの改善といった投資指標面での効果が剥落します。

そのため、処分をこれまでしたことがないかどうか、四季報や企業のIR情報で調べておきましょう。処分を過去したことがある企業の自社株買いは、思いのほか株価が上がらないこともあるからです。

一方、消却は企業が所有する株式をなかったことにするものです。これにより、将来における自己株式の処分といった恐れがなくなります。つまり、発行済株式数が減り、投資家には安心感がでます。株価にはプラスの評価として働く可能性があります。

処分か消却か。長期的に見るとここが分かれ道となります。そのため、自社株買いをプラス評価して株式取引を行う場合には、なぜ自社株買いを行うのか、その目的をプレスリリースや株主総会などで把握する必要があるといえます。

過去に消却を行っている事例がないかどうかなども調べておくとよいでしょう。過去消却を行っている企業が自社株買いを再度行う場合には、一般的に安心して評価できることにつながるでしょう。

[執筆者]伊藤亮太
伊藤亮太
[いとう・りょうた]慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程修了。証券会社にて営業、経営企画部門等を経て、独立系FP会社「スキラージャパン株式会社」設立。ファイナンシャル・プランナーとして、資産運用、家計簿診断などのライフプランニングなどの相談を行う。大阪証券取引所(現・大阪取引所)、SBI証券、スルガ銀行、ゆうちょ財団、ビジネス教育出版社などにて株式投資に関する講演を行う。
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