急増する自社株買い。株価が急上昇する銘柄の共通点とは?
《2022年度に入って増加している上場企業による自社株買い。自社株買いは投資家にどんなメリット・デメリットがあるのか。投資する際のポイント・注意点とあわせてお伝えします》
急増する自社株買い。その背景とは
2022年度に入って企業による自社株買いが急増しています。4〜5月に発表された買い入れ枠は4.2兆円で前年同月比の約2倍となっています。
その背景にはコロナ禍からの経済正常化があります。業績の回復に自信を持った経営陣が、現在の弱い株価水準を押し上げたいという需要から自社株買いを実施するほか、豊富な手元資金を活用するために、株主還元強化の一環として自社株買いを行う企業が増えたからです。
自社株買いは文字通り、上場企業が自社の株式を自己資金で市場の時価で買い戻すことをいいます。
企業は自社株を買い戻すことで発行済み株式総数を減らすことができ、当期純利益を株式数で割って求める1株あたりの利益(EPS)を増やすことができます。既存の株主にとっては、企業からの利益配分が増えたりROEが改善したりするため、配当と同様に株主還元策のひとつとなります。
さらに、自社株買い発表後は株価上昇の明確な傾向が見られるため、株主にとってメリットの大きい施策といわれています。
自社株買いの3つのメリット
自社株買いによる株主のメリットとしては大きく次の3つが挙げられます。
- 株価指標の変化により株価上昇が期待できる
- 税金面で配当よりも株主還元効果が高い
- 企業による株価の下支え効果で株価が上昇しやすくなる
それぞれ詳しく解説しましょう。
・株価指標の変化により株価上昇が期待できる
自社株買いによってEPSが増加し、それに伴って投資家が重視するPER(株価収益率)やROE(自己資本利益率)などが変化するために、株価上昇が期待できます。
企業が自社株買いを実施すると市場に流通する株式数が減少し、当期純利益を株式数で割って求めるEPSが増加します。その結果、株価をEPSで割って求めるPERが低下するために、投資家の目には割安になったと映ります。
また、自社株買いは自己資本を使って株を買い戻すため、当期純利益を自己資本で割って求めるROEも上昇します。ROEが高いと投資家のお金を効率的に使って利益を上げていることになるので、投資家の評価が高まり、株価上昇が見込めるのです。
・税金面で配当よりも株主還元効果が高い
株主が企業から受け取る利益配分のうち、配当には税金がかかります。その一方で、自社株買いは課税分が差し引かれることなく株が買い戻されます。そのため、1株の価値向上にもつながります。
・企業による株価の下支え効果で株価が上昇しやすくなる
企業は自社の株価水準が下がった局面では、まとまった量の自社株買いを実施します。これは「わが社の株価は割安すぎる!」という経営陣のマーケットに対する強いメッセージでもあります。
そのため自社株買いは「企業が株価を下支えする」というアナウンスメント効果を持ち、また株価の下支え期待から、自社株買いの「発表」だけでも株価は上昇しやすくなるのです。
自社株買いの発表で株価はどうなる?
自社株買いについて企業から発表されるのは「市場買付枠と取得期間」です。企業は発表後すぐに全量を買うわけではなく、短期的な株価変動を大きくしないように気をつけながら、一定期間をかけて買っていきます。
・ニコン<7731>
2022年4月に自社株買いを発表したニコン<7731>の場合、「市場買付枠と取得期間」はそれぞれ次のようになっていました。
- 市場買付枠:発行済み株式総数の9.8%に当たる3600万株、300億円を上限とする
- 取得期間:2022年5月13日〜2023年3月24日
約1年間をかけて、300億円を上限に3600万株を自社株買いをするということです。そして、取得した自己株式の全株式数を、既存の自己保有株式500万株とともに、2023年3月31日に消却すると発表しました。
簡単に計算してみましょう。上限まで買い付ければ発行済み株式総数が9.8%が減少するので、EPS(1株あたり利益)はおおよそ9.8%増加します。ニコンの2022年3月期発表時点のEPS(会社予想)は106.21円ですので、単純計算では116.62円になります。
自社株買い発表時の株価は1272円(2022年4月7日終値)。ここからPERを算出すると約11.9倍(株価÷EPS)です。PER評価が変わらないとすると、このPER(11.9倍)に、自社株買いによって増加した後のEPS(116.62円)をかけると、理論株価は1388円ということになります。
つまり、現在の株価(1272円)と比較して約9.2%のアップサイドが期待でき、理論上はおおむねEPSの増加分ほどの株価上昇が見込める、という計算です。
では、実際にニコンが自社株買いを発表した後の株価の動きはどうだったのかといえば……発表翌日の4月8日は終値で1368円をつけ、前日比+7.5%の急騰となりました。
企業が買付枠で表示するのは「上限」ですので、実際にその数を買うとは限りません。また、今後の株価の動きによっては未消化で終わるケースもあります。とはいえ、自社株買い9.8%に対して、初動だけで7.5%も株価が上昇したのは、大幅な自社株買いが市場に好感された結果と言えるでしょう。
その後も、強気の中期事業計画や、証券会社の目標株価引き上げが相次いだことも後押しして、6月10日には1759円の高値をつけ、自社株買い発表から約38%も上昇しました。
自社株買いで急騰する株の共通点
一般的に、自社株買いによる株価へのインパクトがあるのは、買い付け上限が発行済み株式総数の4%以上の場合だといわれています。
2022年度の特徴として、上限が発行済み株式総数に対する割合が高いことや取得金額が大きいことが挙げられます。なかでも「発行済み株式総数に対する割合の大きい銘柄」の株価上昇が目立っているのです。
上で紹介したニコンのほかにも、コスモエネルギーホールディングス<5021>は発行済み株式総数の9.6%の自社株買いを発表し、翌営業日の株価上昇率は12.6%。その後も35.1%まで上昇しています(6月13日時点)。
さらに、マーケットを驚かせたのはヤマダ電機のヤマダホールディングス<9831>。なんと、発行済み株式総数の23.9%もの自社株買いを発表しました。翌営業日は株価上昇率20.5%のストップ高。その後も23.3%まで上昇しました。
なお、株価の動きとしては、自社株買い発表の直後に急騰し、その後も緩やかに上昇するのが一般的です。直後の急騰に乗り遅れたとしても、後追いでも十分にリターンを得ることが可能ですので、どうぞ慌てずに、まずは自社株買いのデメリットも理解しておきましょう。
自社株買いのデメリットとは?
自社株買いにはデメリットもいくつかあります。
まずは、自社株買いの発表によって一気に短期マネーが入り、株価が一時的に乱高下する点が挙げられます。短期マネーの目的は保有株のEPSが増加することではなく短期的なリターンの追求ですから、株価が急上昇したら即座に利益確定の売りを出します。そうした動きがある点を理解しておきましょう。
また、市場の期待ほど株価が上昇しなかった場合には、失望売りも出やすくなります。
さらに、自社株買いは上限に達すると終了します。自社株買いの終了が企業から発表されると、それまで堅調に推移していた株価が急落するケースが散見されます。これは、企業の株価下支え効果や良好な需給を材料に上昇していた株価が、自社株買い終了を合図として一気に逆流に転じるためです。
その後は、次の材料が出るまでは株価は戻りにくい傾向があることから、自社株買い終了の発表は、利益確定のタイミングともいえるでしょう。
自社株買いの取得状況や終了のお知らせは適時開示情報閲覧サービスや企業のホームページなどで確認できます。自社株買いを発表した銘柄に投資をした場合には、随時チェックするようにしましょう。
自社株買いが日本株を救う?
アメリカの金利上昇やウクライナ情勢などでマーケットが揺らぐ中、日本企業の自社株買い増加は日本株全体の下支えとなる可能性を秘めています。
ただし、自社株買いをした銘柄すべてで株価が上昇するわけではありません。発行済み株式総数に対する割合の大きい銘柄を中心に、業績動向や資本政策の中身なども確認して、慎重に銘柄を厳選することを心がけてください。