資金調達の発表で株価急落 新株予約権にまつわるリスクを考える
新株予約権発行で株価急落!
2020年5月20日、人工知覚(AP)技術ベンチャーのKudan<4425>が、行使価額修正条項付きの新株予約権を発行すると発表。新株予約権の発行は資金調達手法のひとつで、同社は調達する資金を借入金の返済や研究開発費用、M&A(合併・買収)に充当する計画とのことだ。
このリリースを受けて、Kudanの株価は大きく下落した。事業推進の加速につながるような材料であったにもかかわらず、なぜこのような展開となってしまったのだろうか?
新株予約権と株価の関係
「行使価額修正条項付新株予約権」という名前が大変長ったらしいものの説明に入る前に、まず、通常の「新株予約権」について説明おきしたい。
そもそも新株予約権とは?
新株予約権とは、それを発行した企業の株式を一定期間内に決まった値段(行使価額)で買える権利だ。この説明だけでは相変わらず堅苦しくてわかりづらいので、簡単な例を紹介しよう。
たとえば、あなたが架空の上場企業「かぶまど社」の新株予約権を1個10円で買ったとする。その権利を行使できる期間は2020年6月1日~2021年5月31日、行使価額は100円。新株予約権1個の行使で1株を買うことができる。
2020年7月のある日、あなたは、かぶまど社の株式を1株買いたくなった。このとき、株価が200円であったとしても、新株予約権を行使することで、あなたは1株100円でかぶまど株を買うことができる。すると、株価との差額100円から新株予約権料の10円を差し引いた90円が、あなたの利益になる。
新株予約権を持っていない場合は、当然、市場において株価200円で買わなければならない。
また仮に、かぶまど社の株価が行使価額の100円よりも安い水準で推移していた場合には、あなたはわざわざ新株予約権を行使する必要はなく、市場でより安い株価で手に入れればいい。ただし、行使期間を過ぎると同時に新株予約権の効力はなくなり、新株予約権料10円はそのまま損失となる。
これが、通常の新株予約権の簡単な概要だ。
・行使価額修正条項付新株予約権とは?
これに対して、行使価額修正条項付新株予約権とは、行使価額が上下する設計が加えられたものだ。しかも多くの場合、下方にのみ修正される。
どういうことかと言えば、上記のかぶまど株の例で言えば、行使期間中に行使価額が100円から50円に引き下げられる、といった修正が起こり得る。この場合、新株予約権を持っている投資家はより安く株式を買える可能性が高まるため、利益を得やすくなるのだ。
なお、行使価額修正条項付新株予約権は「MSワラント(Moving Strike Warrant)」とも呼ばれる。
公募増資と違って不安定な資金調達
企業が新株予約権で調達した資金は、貸借対照表において「純資産」に計上される。その点で、新株予約権の発行は「公募増資」などの新株式の発行と似たところがある。しかし、当然異なる点もある。
企業が公募増資を行う場合、新株式を一度に多数発行し、一定の金額の資金を調達する。この際、新株式が発行されることで、既存株主(それまで株式を保有していた投資家)の議決権比率は即座に低下する。これを「株式の希薄化」といい、既存株主にとっては不利となる。
企業側からすれば、これによって投資家に迷惑をかけてしまうものの、事業拡大などに必要な資金を一定額、一度にまとめて調達できるので、安定した資金調達を実現できる。
(参考記事)公募増資発表で株価急落のなぜ? 有望グロース株の戦略を考察する
一方、行使価額修正条項付新株予約権を発行する場合は、権利を一度に多数発行し、その後、投資家による権利行使によって段階的に新株式を発行することになる。
その際、調達できる資金額は修正条項によって変動し、払い込まれるタイミングも投資家たちの行使次第でバラつくため、公募増資と比べて非常に不安定な資金調達となる。
それでも「修正条項付」を発行する理由
通常の新株予約権による資金調達の場合には、新株式の発行が多段階的となるほか、行使されないまま無効となる権利も出てくるので、株式の希薄化が公募増資よりも緩やかになりやすいというメリットがある。
しかし、行使価額修正条項付新株予約権の場合、行使価額が引き下げられると同時に続々と権利行使され、新株式を安い値段で大量に発行しなければならない、というシナリオが起こり得る。その結果、株価はさらに下落し、行使価額のさらなる引き下げを招く可能性もあるだろう。
また、そうなった際には急激な希薄化が起こってしまうため、機関投資家などは行使価額修正条項付新株予約権の発行を非常に警戒する。業績が堅調で、財務も健全な企業は行使価額修正条項付新株予約権の発行を避けるのが一般的だが、それは他でもなく、このように大きなデメリットがあるからだ。
一方で、業績が悪く、財務の安全性も低い企業は、公募増資や銀行による融資を活用できず、どうしても行使価額修正条項付新株予約権に頼らざるを得ないケースが生じる。こうした点を背景として、Kudanの株価もリリース後に大きく下落してしまったのだろうと考えられる。
個人投資家はどう対処すればいいのか
このように行使価額修正条項付新株予約権は、保有する投資家にとってはうま味があるものの、保有しない株主にとってはネガティブな面が目立つ資金調達法と言える。
そのため、投資しようか検討している企業については、以下のような点を確認しておくことも重要になるだろう。
- 行使価額修正条項付新株予約権を発行していないか
- 発行しているのであれば、どれくらい未行使分が残っているか
- 行使期間はいつ終わるのか
しかしながら何より気にすべきは、そもそも資金調達において行使価額修正条項付新株予約権に頼らざるを得ないような業績・財務状態なのかどうか、という点だろう。コロナ禍で厳しい状況が続く企業は多いと想定されることからも、業績や財務に目を向ける意識をいつも以上に持っておいたほうがよさそうだ。
(参考記事)コロナで倒産増加。あなたの銘柄が大丈夫かどうかを測るには
ハイリスクを構成する要素とは
すべてのケースに当てはまるとは言わないが、行使価額修正条項付新株予約権を発行する企業への投資は、多くの個人投資家にとってハイリスクなものになりかねない。それは、以下のようなリスク要素があるからだ。
- 業績が不安定もしくは悪化しており、事業の展望の見通しが不鮮明
- 財務の安全性の面で問題を抱えており、債務不履行に陥る可能性が相対的に高い
- 行使価額修正条項付新株予約権により、将来的に希薄化の起こる可能性が高い
- そもそも、行使価額修正条項付新株予約権という複雑なデリバティブ商品の存在も加味した株価の高・安の評価が難しい
- あまり見慣れない行使価額修正条項付新株予約権に関連したIR資料をチェックする必要がある
株価の背景にあるものを見る
リスクをどの程度まで許容できるかは人によってさまざまだ。ハイリスクな投資をしようと考えれば、行使価額修正条項付新株予約権を発行している企業も、当然、選択肢に入ってくることだろう。
だが、その場合であっても、少なくとも上記のような「ハイリスクを構成している各リスク要素」の認識は、自分の投資を振り返り、修正していく上でも重要になる。つまり、どのようなリスク要素の積み重ねによってハイリスクになっているのかを理解するということだ。
ハイリスクにせよローリスクにせよ、「なぜそうなっているのか」という背景を繙いて理解しようとする姿勢が、より確度の高い投資につながっていくのだろうと考える。