公募増資発表で株価急落のなぜ? 有望グロース株の戦略を考察する

石津大希
2019年9月3日 8時00分

企業が発表したリリースによって株価が大きく動くことはよくありますが、そうなる仕組みを理解していれば、どんな急変には慌てずに対応できるはず。有望グロース株ならではの財務戦略についても、アナリストの視点から考察します──

公募増資を発表したパークシャ

AIアルゴリズム機能を開発・提供するPKSHA Technologyパークシャテクノロジー、以下パークシャ)<3993>は2019年7月12日、新株式の発行などにより最大で198億円の資金を調達すると発表した。 これを受け、翌営業日である16日に株価は終値ベースで6%近くの下落となった。

(Chart by TradingView

この例に限らず、一般に、新株式発行による資金調達の計画が公表されると、株価は下落することが多い。なぜ下落するのか。それは、株式市場での需給緩和があるからだ。

株価とは、その株式を買いたい人が多ければ上昇し、反対に売りたい人が多ければ下落する。 新株式が発行されると市場で流通する株式数が増加し、供給量が需要量を超える。それが「株式を売りたい」と考える投資家が増えることにつながり、結果として株価の下落につながる、という理屈だ。

実際に供給量が増えるのは株式の受渡日なのだが、株式市場ではその効果を前もって織り込もうとするために、計画がリリースされた直後に株価が下落するのだ。

高バリュエーション銘柄の特徴

ところで、今回のパークシャの例をさまざまな観点から見ていくと、投資における重要なエッセンスが詰まっていることに気付く。まず、高いバリュエーションが付く銘柄の特徴について、パークシャを例にいくつか説明したい。

株式投資におけるバリュエーションとは、企業の利益や資産といった価値と比較して株価が割安か割高かを判断する具体的な指標を指し、株価純資産倍率(PBR)や株価収益率(PER)などがある。

2019年7月下旬現在、パークシャの今期予想PERは260倍を超えていた。東証1部上場企業の平均の目安とされる15~16倍と比べると、いかに高いかがわかる。

PSRで見るパークシャへの期待

極めつけは、株価売上高倍率PSR=時価総額÷売上高)だ。グロース株(業績の伸びが期待できる銘柄)の中には、利益水準が低い、または赤字の企業も多くあるため、PERの代わりに売上高をベースとしたPSRを使うことも多い。

PSRは一般的に、次のような目安が用いられる。

  • 1倍前後……成長が期待されていない、またはGDP並みの売上高成長が期待されている(いわゆる成熟企業の分類)
  • 3~5倍……売上高の高い成長が期待されている(グロース株と呼ばれる領域に入ってくる)
  • 6~9倍……売上高のより高い成長が期待されている(グロース株の中でも少数派)
  • 10倍以上……売上高の極めて高い成長が期待されている(ここまでくると非現実味が生じ、手を出せる投資家は非常に限られる)

パークシャはというと、このPSRが60倍を超えていた。正直なところ、PSRとしては異常ともいえる水準である。この水準が妥当か否かはここでは考察しないとして、とにかく、パークシャにはグロース株の中で見ても極めて高いバリュエーションが付いていたということだ。

異常な高バリュエーションの理由

パークシャにここまで高いバリュエーションが付いているのは、なぜなのか。一般論として高いバリュエーションが付く理由は多くあるが、パークシャの場合は次のようなものが挙げられる。

1.AIや深層学習といった比較的わかりやすく「成長テーマ」と捉えることができる事業を手掛けている
2.実際に売上高が好調に伸びている
3.それに伴って利益も伸びている
4.ROEが高い
5.2~4のトレンドに安定感がある

どれも一見すると、高い株価が付くためのありきたりな要素に見えるが、パークシャにおいて重要なのは「グロース株なのに全てを網羅している」という点だ。

いわゆる成長テーマ(AIやビッグデータ、IoT、ブロックチェーンなど)の事業を手掛けている銘柄は数多い。しかし、多くのグロース株は利益を犠牲にして先行投資を進め(→3・4の喪失)、また、業績水準が小さいために年単位での業績数値の変動幅が大きくなりやすい(→5の喪失)。

そうした中でパークシャは全ての要素を満たしているために、異常とも見える高いバリュエーションが付いていると考えられる。

パークシャの戦略を考える

今回の株価急落に不安を感じた人も多いだろうが、一方でパークシャは、効果的な資金調達のために意図的に高いバリュエーションを維持しているのではないか、とも考えられる。つまり、高バリュエーションを積極的に維持することで効果的な資金調達戦略を実践している……ということだ。

負債ではなく新株式発行で資産を調達

それは一体どういうことなのかといえば、まず、同社の手掛けるAIアルゴリズム開発事業はビジネスモデルとしてリスクが高い。

「業界内での競争が激しい」「先行投資の額が多いためにリターン面で不確実性が高い」「市場規模の見通しが不透明」「技術革新が激しく、サービスの内容が短期的に変わりやすい」……といった要因により、個別企業の業績予想が極めて難しいのだ。

そしてこれは、低リスク・低リターンという運用を希望する銀行や社債投資家にはそぐわないため、負債を活用した調達が困難になる。実際、パークシャは借入金や社債を活用した長期負債の調達はほぼ行っておらず、3月31日時点での純資産は65億円なのに対し、負債はわずか5億円しかない。

今回の公募増資では、調達した資金はソフトウエアに関する研究開発や設備投資などのほか、エンジニアの増員などに使うとリリースに記載されていた。要は、AI事業拡大に向けた投資資金は、負債でなく新株式の発行でまかなうしかないのだ。

株価維持のための高バリュエーション

そして、新株式を発行するのならば、議決権の希薄化(新規株式を発行することで1株あたりの価値や権利内容が低くなること)を抑えるために高いバリュエーションを維持することが非常に重要となってくる。

たとえば、議決権が1株ずつ付与されると仮定すると、株価が100円の時に合計1万円を新株式で調達した場合、新たな議決権が100増えることになる。しかし、株価が1,000円の時に1万円を調達すると、議決権の増加は10に抑えることができる。

それによって、既存株主、特に大株主(パークシャの場合は創業者など)の経営における支配権の薄まりを最小限に抑えることができ、ひいては、株主に報いるほか、経営陣・経営戦略の長期的な安定にもつながる。

高バリュエーションであるということは多くの投資家に選ばれる要因となり、株価も上がる。それが結果的に、新株式発行における議決権の増加を抑えることにもなる、というわけだ。

企業の財務戦略を投資戦略に生かす

このように考えると、パークシャの公募増資による資金調達は今後も継続して実施されていくだろうと推測できる。

株価の急落にはくれぐれも振り回されないように心がけたいものだが、長期投資の立場から見れば、今後の財務・成長ストーリーの見通しが立てられ、結果として、リスクに備えることができるのではないだろうか。

アナリストのひとり言

上場企業の財務戦略について考察したついでに、株の話題ではあまり触れられることの少ない「最高財務責任者CFO)」について触れてみたいと思う。

投資家としては「企業の経営陣にファイナンスに明るい人材がいる」というのは、非常にポジティブに評価することができる。非合理的ファイナンス活動(株式価値の毀損につながるような動向)を警戒する必要性が大幅に下がり、その分、リスクも和らぐと考えられるからだ。

パークシャの場合、アメリカ系投資銀行での投資調査業務や投資ファンドでのプライベートエクイティー業務などを経験している、取締役の中田光哉氏がこれに当たる。もちろん、経歴だけで実際の腕を測ることはできないが、少なくとも株主からの信頼を生む材料となるのは確かだろう。

経営陣の判断ミスによって株価が急落する……などというのは、よくある話だ。業績をチェックする際に、経営陣の中にファイナンスを理解した人材がいるのか否かにも注目してみると、これまでとは違った銘柄選びができるかもしれない。

[執筆者]石津大希
石津大希
[いしづ・だいき]外資系投資顧問会社で株式アナリストとして勤務したのち独立。ファンダメンタルズ分析の経験を生かして、客観的データや事実に基づく内容を積極的に発信。市場で注目度の高いトピックを取り上げ、深く、そして、わかりやすく説明することを心がける。
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