暗号資産に乗り出すヘッジファンド ETFの登場で市場は拡大するか
《「まるで不思議の国」──これが、長く株式の世界で生きてきた者が「暗号資産(仮想通貨)」の世界をのぞいたときの正直な感想だと筆者は言う。株式の視点から読み解く【暗号資産の森のアリス】》
百戦錬磨の連中が、森にやってくる
暗号資産を取り巻く環境は日々変化している。これまで閉ざされた空間の象徴だった森(暗号資産の世界)に、いま、次々と新しい住人が住み始めている。技術や開発に勤しんできたマニアックな住人に加え、株式市場で百戦錬磨の連中が加わってきたのだ。
新しい住人たち(株式投資家)も当初は、「郷に入っては郷に従え」の如く、森の環境に馴染もうとしていた。だが、次第に暗号資産の魅力に取りつかれたらしい。いまでは自らの資産を投入、あるいは知り合いに勧めるようになっている。
狭き門の私募ファンドが唯一の窓口
暗号資産に興味がある個人であれば、自らの意思で暗号資産取引所の口座を開き、自己資産を勝手に投入することができる。だが、顧客の資産を預かり、運用する機関投資家やいわゆる投資ファンドは、そうはいかない。
投資家が要求する運用方針、戦略に照らし合わせても、暗号資産そのものの信頼性、信用度がそのレベルに達していない。投資家が許すリスク許容度よりも遥かに高いのが、暗号資産である。
アクセスする売買取引所も、その許認可体制が定まっていない上、取引所を運営する主体に対する信用もままならない。どこの誰かわからない輩が、勝手に仲介している取引所さえあるのだ。これではとても顧客の信任は得られないだろう。
暗号資産の売買取引へアクセスしている投資主体の多くは、個人か、米テスラのようなオーナー系企業といった、背後にいる株主への説明責任が限られる主体にとどまっている。
例えば、ヘッジファンドのように成功報酬が最もプライオリティの高い投資家、運用者に運用方針の裁量が任せられているファンド、超富裕層の個人がその典型例であろう(とにかく儲かればよく、経過は問わない投資家)。
彼らでさえも、得体の知れない取引所への直接のアクセスはおそらく限定的な範囲内に留めていると想定され、管理が比較的簡易な私募ファンドを通じているはずだ。
私募ファンドとは「私募投資信託」のことで、一般の投資信託とは異なり、大口投資家やプロの投資家など限られた人にのみ販売されるファンドで、代表的なのが特定の不動産に投資をする不動産ファンドやヘッジファンドなどだ。
暗号資産の私募ファンドは、さらに限定的である。アメリカのグレイスケール、iシェアーズ、プロシェアーズ、コインシェアーズ、カナダの投資企業3iQといった投資ファンドやプロバイダーなどを通じて販売されているのみ。
いずれも、先述した条件に加え、国などの属性も限定されているものが多く、通常の機関投資家が参加するハードルも高い。一般的な機関投資家はアクセスできないといっていいだろう。
ついに暗号資産ETFがアメリカ上陸
ところが、2021年10月に米SEC(米国証券取引委員会)が暗号資産上場投資信託(ETF)を承認した。
一般の投資家に暗号資産投資の機会を提供するルートとなるETFは、過去、いくつもの投資会社や資産運用会社からの上場申請がなされていたが、審査の延期、判断の先送りが繰り返されていたので、このたびの承認はサプライズだったといえる。
すでに、カナダやブラジルといった一部の国ではETFが上場されていたが、アメリカのリスクマネーがアクセスするにはその窓口規模はとても狭かっただけに、暗号資産マーケットに大きな買い需要をもたらした。
【アメリカ市場に上場済みの暗号資産ETF】
- プロシェアーズ・ビットコイン・ストラテジー<BITO>
上場市場:NYSEアーカ(Arca)取引所 - ヴァルキリー・ビットコイン・ストラテジーETF<BTF>
上場市場:ナスダック取引所 - ヴァンエック・ビットコイン・ストラテジー・ETF<XBTF>
上場市場:シカゴ・オプション取引所(CBOE)が運営するBZX取引所
これらのETFに続き、多くの投資ファンドや運用機関は、自らが設定する暗号資産上場投資信託(ETF)の上場申請をSECに申し出ており、40本以上がSECの承認待ちとなっている。
ETFの上場は、証券会社に口座を開設していれば、それで購入できるという手軽さで、暗号資産に投資する機会を提供するルートを大きく切り開くことになるため、機関投資家だけでなく、一般の投資家のアクセスが簡易になったと言える。
ただ、SECはあくまで「暗号資産の先物連動」のETFに限って認める姿勢とみられるため、先物商品独特の制約(ロールコスト等)の中で、今後どこまで新しいリスクマネーを取り込めるかは未知数であり、多くの投資家が参加するには、今後の承認対応次第といえよう。
中央銀行によるCBDCのお出ましだ
暗号資産の森は、現時点では森の住人による支配が圧倒的である。そこに百戦錬磨のリスクマネー投資家が浸食し始めていることを紹介したが、中央銀行の存在を忘れてはならない。規模からすると比較には全くならない伝統的マーケットを圧倒的に支配している主体であり、その動向は無視できない。
彼らは、暗号資産の森を遠くから眺めている。自分たちの支配力に影響するかどうかを見極めているのだ。たかだか300兆円の森だが、されど300兆円まで膨れ上がった森が気になってしょうがない、といったところだろうか。
とはいえ同調する気はなく、「デジタル通貨」という呼称を自らが宣言することによって、その存在感と支配力を維持し、あわよくば、世界の基軸通貨の主導権を奪おうとも考えているかもしれない国が、先進国以外にいくつもある。それが中央銀行デジタル通貨(CBDC)である。
中国の「デジタル人民元」、欧州の「デジタルユーロ」、アメリカの「デジタルドル」のほか、ロシア、ブラジル、フランス、さらには後進国も含め、CBDCの試験導入、実験を早々に行っている国々が、毎月のように発表されている。
日本でも日銀の「デジタル円」や、それに先駆けて、民間でも三菱などのメガバンクやNTTなど70社が参加する企業連合が、年内にもデジタル通貨を試験発行するという。
暗号資産の森は、もしかしたら、あっという間にその支配体制が変わり得る。森の住人は、自分たちの世界の中心が別の主体に取って代わられるかもしれないことに、気づいているのだろうか。
(続く)