貿易赤字と経常赤字で「悪い円安」へ さらに「家計の国外逃亡」を招く可能性も
《資源高と円安によって、日本は2年ぶりの「貿易赤字」となりました。さらに、経常収支も42年ぶりに赤字になる可能性が出てきています。 貿易赤字や経常赤字の拡大は、株式市場や為替市場にどのような影響を与えるのか。また、私たちの生活はどうなるのでしょうか》
2021年度は2年ぶりの貿易赤字に
貿易収支とは、財貨(物)の輸入と輸出の収支のことです。輸出が輸入を上回ると貿易黒字となり、輸入が輸出を上回ると貿易赤字となります。貿易黒字が増えればGDPを押し上げ、反対に貿易赤字が増えればGDPを押し下げることになります。
また一般に、貿易黒字が増えるということは、相手国から受け取る外貨の量が増えるということなので、その分、日本円に交換するために外貨を売って円を買い、円高圧力を高めることになります。
貿易収支は、財務省が毎月発表している「財務省貿易統計」に掲載されています。貿易収支は速報性が高く、実態を反映しやすいので、GDP速報値など他の統計の基礎データとしても利用され、マーケット関係者やエコノミストから注目されているのです。
財務省が4月20日に発表した2021年度の貿易統計速報によると、輸出から輸入を差し引いた貿易収支は、5兆3748億円の赤字となりました。貿易収支の赤字は2年ぶり。赤字幅は過去4番目で、原発稼働の低下で火力発電用燃料の輸入が膨らんだ2014年度以来、7年ぶりの大きさでした。
また、同時に発表した2022年3月の貿易収支は4,123億円の赤字となりました。8か月連続の赤字です。
輸出は、半導体などの供給不足の影響が和らぎ、前年同月比14.7%増の8兆4,609億円。輸入は、原油高騰の影響を受け、前年同期比31.2%増の8兆8,733億円となり、輸出、輸入ともに過去最高水準となりました。
外国為替市場では、円相場は1ドル=130円台にまで下落し、約20年ぶりの円安水準に達しています。国内の輸出企業は円安の恩恵を受けますが、資源価格の上昇により輸入額も増加し、貿易赤字になりやすくなっているのです。
経常収支も42年ぶりの赤字になる可能性も
円安と資源高によって、2022年度は42年ぶりに経常収支が赤字になる可能性も出てきました。経常収支は外国との財貨・サービスの取引や投資収益の交換など、経済取引によって生じる一定期間の収支を示す経済指標です。
経常収支は国際収支統計の一項目であり、国際通貨基金(IMF)が定めた「国際収支マニュアル」に基づいて作成されるので、国際比較が可能です。なお、貿易収支も経済収支の内訳のひとつです。
経常収支にはそのほかに、旅行や特許権使用料などの「サービス収支」、配当や利子のやりとりを示す「第一次所得収支」、無償の援助などを含む「第二次所得収支」などがあります。日本では、財務省が「国際収支統計」の中で毎月発表しています
日本は長い間、経常収支が黒字でしたが、黒字を牽引していた貿易収支は2000年代以降に縮小し、2021年度は赤字に転落しました。そして、2005年以降、配当や利子のやりとりを示す「第一次所得収支」が貿易黒字を上回り、投資所得が日本の経常収支黒字を支える傾向が強まっています。
貿易収支では、輸入の増加が赤字に直結します。日本は天然ガスや原油などのエネルギー資源の多くを海外に依存しているので、資源価格の高騰は貿易収支を縮小させ、経常収支を圧迫する要因になるのです。
日本経済新聞社では、為替レートが1ドル=120円、原油価格が1バレル=130ドルの場合、2022年度の日本の経常収支赤字は16兆円となると試算しています。貿易収支だけでなく、経常収支も赤字になる可能性が高まっているのです。
赤字の進行で「悪い円安」へ
天然ガスや原油のほとんどを輸入に頼っている日本にとって、原油価格の高騰が経常収支に与える影響は大きくなります。そして、原油価格の上昇は、GDPの5割以上を占める個人消費だけでなく、原油が生産活動などに不可欠な企業の設備投資も冷え込ませるのです。
その結果、日本株にもマイナスの影響となります。
経常収支のうち、貿易収支の赤字は円安の進行に伴って拡大します。これまでの円高局面ですでに国内企業の生産拠点は海外に移転しており、輸出の増加により貿易黒字が増えるという構成は変化しています。
長引くデフレと景気低迷によって、日本経済の構造は大きく変化しました。世界的なインフレによる大幅な円安は輸入物価を押し上げ、日本人の消費マインドを圧迫する「悪い円安」になるのです。
家計の海外資産への移動が起こる?
インフレに伴う「悪い円安」によって、個人の金融資産が国外に逃避する「家計のキャピタルフライト(資本逃避)」が起きる可能性があります。
日本銀行が2021年10月17日に発表した2021年10〜12月期の資金循環統計速報によると、2021年12月末の家計金融資産は前年同期比4.5%増の2,023兆円となり、初めて2,000兆円の大台を突破しました。
ただし、現預金が1,092兆円と約半分を占めています。国内の金融機関ではほとんど金利がつかず、インフレによって資産が目減りする恐れもあります。そこで、外貨へ資産を移す人が増える可能性があります。もし、預貯金の10%が外貨資産に移るだけでも、100兆円規模の円売り要因となるのです。
これは、2021年度の貿易赤字5兆3748億円をはるかに上回る金額です。これまでも「家計のキャピタルフライト」への懸念はありましたが、まったく起きませんでした。かつては外貨資産への投資はそれほど身近なものではなく、外貨預金も金融機関の平日営業時間内に窓口に出向く必要があったからです。
しかし現在では、インターネットを通じて、自宅にいながらFX(外国為替証拠金取引)などを24時間いつでも取引できるようになりました。
外貨投資への関心は若い世代を中心に急速に高まっており、新型コロナショック後の円安によって投資額も急拡大しています。また、20224月に成人年齢が20歳から18歳に引き下げられましたが、外為どっとコムが18歳成人に行った調査では「投資に興味があり」が6割を占めています。
今後も、若年層中心に外貨資産への投資が増える可能性は高いでしょう。
家計の金融資産の大半を握っているのは高齢者世代ですが、今後は海外旅行や海外商品に親しみを感じるバブル世代も高齢者世代に加わってきます。今後も「悪い円安」が進むようだと、本格的な「キャピタルフライト」が始まり、さらに円安が進む可能性もあるので注意が必要です。