観光客が増えても株価が伸びないのはなぜ? 消費動向を知れば株価の裏側が見えてくる

佐々木達也
2023年6月5日 10時00分

Atstock Productions / Adobe Stock

消費に関する経済統計へのマーケットの関心が高まっています。日本では、インバウンドや賃上げによる景気の回復で、消費がクローズアップされる場面も増えてきています。

一方のアメリカでは、インフレや金融システム不安による個人消費への影響が注目されています。消費の動向は、雇用やインフレと並んで、FRB(連邦準備制度理事会)が金融政策を決める上で重要なファクターでもあります。

アメリカの個人消費を知る

まずは、マーケットで参照されているアメリカの消費に関する経済指標やデータについて確認しましょう。

小売売上高はモノの消費動向を反映

アメリカの個人消費はGDP(国内総生産)の7割を占める重要な項目です。

アメリカでは、消費に関する重要な統計として、まず「小売売上高」が注目されています。米商務省センサス局が、翌月の第2週あたりに月次の小売売上高を発表します。

データは、家具や自動車などの耐久財と食料品や衣料品などの非耐久財に分かれています。ただ、自動車の金額が大きいため、自動車などを除いた売上高も重視されます。また、飲食や宿泊などサービス消費はここには含まれず、あくまでモノの消費の傾向を表す経済指標となっています。

最新のデータは、米商務省センサス局のホームページで見ることができます。

今年4月の小売売上高は、全体では前月比で0.4%増の6861億ドルとなりました。ただ、6ページ目の項目別を見ると、ガソリン(Gasoline stations)が0.8%減など、依然として多くの項目で前月比マイナスとなっています。インフレによる節約志向の影響が出ていることがわかります。

一方で、前年同月比では全体では1.6%増と伸びていることから、アメリカの消費は高止まりしつつも転機を迎えていることが読み取れます。

モノとサービスの消費動向を示す個人消費支出

モノの消費傾向を表す「小売売上高」に対して、「個人消費支出 (PCE=Personal Consumption Expenditures)」は、モノとサービスなど家計消費を総合的に集計して算出されます。

こちらも、米商務省のホームページで毎月発表されています。サービス業も網羅している分、速報性の高い小売売上高よりも発表は遅く、月次のデータが翌月の下旬に公表されます。5月26日発表の4月の個人消費支出は前月比0.4%(801億ドル)増加しています。

このほか、個人消費支出をもとに算出されるインフレ指標のうち、変動の大きい食品とエネルギーを除いた「コアPCEデフレーター」は、FRBが重視するインフレ指標として知られています。

消費者心理を知りたいなら信頼感指数

「小売売上高」や「個人消費支出」は、売上高というすでに出た結果を集計した“ハードデータ”です。それに対して、消費者のマインドを示す“ソフトデータ”として「消費者信頼感指数」があります。

消費者信頼感指数は発表元によって、いくつかの種類があります。経済シンクタンクのコンファレンス・ボードが毎月発表する「コンファレンス・ボード消費者信頼感指数」は、現在の経済と雇用、6か月後の景気や雇用情勢、家計の所得について約5000世帯にアンケートを行い、指数化して算出されます。

このほか、ミシガン大学が集計している消費者信頼感指数なども、景気の動向や消費者がどれだけインフレが進むと考えているかをマーケットが知るための手ががりとして、広く参照されています。

アメリカの消費は、2022年秋までのような金利の上昇局面では、「消費が強い➡インフレを抑えるために金融引き締めが必要➡株安の要因になる」というように捉えられる場面がありました。

しかし、最近ではインフレにも鈍化の傾向が見られます。市場の関心としては、金融引き締めや地銀などの金融システム不安で消費が伸び悩むと景気後退のシグナルとされることから、株安の要因とされる局面に変わってきています。

自動車や家電などのモノへの消費では買い控えなどの動きも出ているようですが、旅行や外食、交通などのサービスへの消費は引き続き底堅く推移しており、これらがアメリカの株価を下支えしています。

日本の個人消費を知る

日本の消費についても株式市場の関心が高まっています。日本のGDPも、その6割が個人消費で構成されています。

さくらレポートで声を聴く

最近の消費の状況について、文章でわかりやすくまとめられているのが日本銀行の地域経済報告、通称「さくらレポート」です。

さくらレポートは、日銀の全国の本店や支店が企業の担当者などにヒアリングを行い、各地域の経済どの状況をまとめた報告書で、四半期ごとに発行されています。内容は、設備投資、雇用・所得、公共投資などを全国9つのブロックごとに分析しています。

日銀のホームページから、直近4月のレポートを参照してみましょう。

個人消費に関して特に参考になるのは「企業等の主な声」というページです。ホテルや飲食などのサービス消費や財(モノ)の消費にわけて、各企業の具体的な声が掲載されています。

例えばサービス消費に関しては、函館の宿泊事業者が「新型コロナの5類移行報道後から、国内少数グループ客の予約が増加。2人部屋よりも 先に4人部屋が埋まるなど、コロナ禍以前のスタイルに戻りつつある」と述べるなど、ホテルや旅館の需要回復で人手不足が続いてることが書かれています。

また、仙台のタクシー事業者は「観光客の増加や宴会需要の持ち直しを受け、タクシーの利用客数は回復傾向。週末は、ターミナル駅周辺で行列が出来るなど配車が追い付いていない」としており、地方都市にもインバウンドなどの景気回復の波が広がっていることがわかります。

これに対して財の消費の「声」では、横浜の百貨店は「衣料品や化粧品については、外出需要の高 まりから、持ち直しの動きがはっきりしている」としている一方で、熊本のスーパー事業者は「商品の仕入価格の上昇分は概ね販売価格に転嫁できているが、電気代などの上昇分は 価格に上乗せできておらず、企業努力で吸収している」としています。

インバウンドなどの恩恵のある高額消費が持ち直す一方で、インフレによる値上げを受けて食料品や日用品は、節約志向が高まるなど二極化の様相が確認できます。

インバウンド消費が分かる訪日外国人動向調査

それでは、インバウンド消費によるサービス消費の詳しい内訳はどうなっているのでしょうか?

それを知るためには、 観光庁が公表している「訪日外国人動向調査」を参照します。日本を出国する訪日外国人旅行者(トランジット、乗員、1年以上の滞在者等を除く)約33,000人に、アンケートを四半期ごとに実施して、それをもとに集計したものです。

直近の結果としては、2023年1~3月期の1次速報が掲載されています。これによると、1~3月期の訪日外国人の旅行消費額は、コロナ前の2019年に比べて12%減の1兆146億円まで回復していることがわかります。しかし、買い物額の多い中国からの旅行者の比率は、2019年に比べると低迷しています。

費目別でみると、2019年に比べて、宿泊や飲食、娯楽サービスなどの比率が高く、買い物代の比率が低くなっています。政府が中国からの入国者に陰性証明の提示などを義務づけていたこと(現在は緩和されています)や、中国が日本への団体旅行を規制していることが影響しているようです。

消費動向が株価に影響する

こうした流れを受けて、株式市場でも、インバウンド消費関連銘柄のなかでも株価上昇率に優劣が付いています。ひところ、インバウンドによる“爆買い”で買われていたビックカメラ<3048>の現在株価は1064円で、2018年高値の5割ほどまで下げています(以下すべて6月2日終値)。

一方で、「椿山荘」などの高級宴会場や「ワシントンホテル」「小涌園」などを運営する藤田観光 <9722>の株価は年初来高値圏で推移しています。5月12日には3960円をつけて、2018年以来の高値を更新しました。

同様に、他のホテル・リゾート関連などの高額のサービス消費に関連した銘柄も、軒並み高値圏で推移しています。

また、大企業の正社員、サービス業などのアルバイトなどでも賃上げの動きが相次いでおり、日本株はこれまで以上に消費の動向に対するマーケットの注目度が高い局面を迎えています。

こうした背景をふまえても、2023年の日本株の投資家には、消費に関するニュースへの感度を上げておくことが求められているのではないかと感じます。

[執筆者]佐々木達也
佐々木達也
[ささき・たつや]金融機関で債券畑を経験後、証券アナリストとして株式の調査に携わる。市場動向や株式を中心としたリサーチやレポート執筆などを業務としている。ファイナンシャルプランナー資格も取得し、現在はライターとしても活動中。株式個別銘柄、市況など個人向けのテーマを中心にわかりやすさを心がけた記事を執筆。
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