投資ファンドによる日本企業の買収が増加。株価への影響は?

山下耕太郎
2023年3月6日 17時00分

Liliia / Adobe Stock

日本で投資ファンドによるM&A(合併・買収)が増えています。金融情報会社リフィニティブによると、2022年にファンドが買い手となったM&A取引の総額は約240億ドル(約3兆円)で、前年から4割以上も増えて、2017年以来5年ぶりの高水準となったそうです。

M&Aとは、経営資源の活用や事業領域の拡大を目的とした企業の合併(Mergers)・買収(Acquisitions)のこと。M&Aには株式交換や株式移転など、いくつかの形態があります。M&Aのメリットには、規模の拡大やコスト削減などがあり、デメリットには企業文化の衝突や統合コストなどが挙げられます。

ファンドによるM&A大型取引

2022年のM&Aで目立ったのは、非中核事業や子会社を切り離す「カーブアウト」と呼ばれる案件で、投資ファンドの存在が目立ちました。例えば、多角経営のコングロマリットが、より収益性の高い事業に資本を集中させるために、非中核事業体を切り分け、プライベート・エクイティ・ファンドに売却するのです。

プライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)とは、主に未公開株に投資するファンドです。プライベート・エクイティ・ファンドは未公開企業の株式を取得し、資本提供や経営関与によって企業価値を高め、株価上昇時に株式を売却して利益を上げます。

こうしたプライベート・エクイティ・ファンドには、成長段階の企業に投資するもの、再生段階にある企業に投資するものなど様々なタイプがあります。ノンコア事業(非中核事業)は改善の余地が大きいとされるため、それによって企業価値が高まる可能性が高ければ投資対象となるのです。

またプライベート・エクイティ・ファンドは、上場している企業を非公開にして企業価値を高めたうえで、再上場させることもあります。

プライベート・エクイティ・ファンドは、3〜6年ほどの期間をかけて、経営資源の提供、業務の効率化、財務の健全化などを行い、企業価値を高めていきます。したがって、前向きなパートナーシップを構築できれば、企業側にとっても中長期的にはプラスとなります。

そこで最近では、プライベート・エクイティ・ファンドを前向きに受け入れるケースも増えてきているのです。

ファンドによる主なM&A事例

・米KKRによる日立物流の買収(約6,700億円)

日本企業に関する2022年最大のM&A案件は、アメリカの投資ファンドKKRによる日立物流<9086>へのTOBで、買い付け価格は約6,700億円でした。

日立物流の親会社である日立製作所<6501>は、上場子会社の売却を通じてグループ内の再編を進め、これにより、情報技術(IT)を中心とした日立グループの再編は、ほぼ完了する見通しとなりました。一方のKKRは、6,000億円以上を投じて日立物流を買収・非公開化(2/24上場廃止)しました。

・米ベインキャピタルによるオリンパスの科学事業買収(4,000億円超)

オリンパス7733>は2022年8月、工業用顕微鏡などを扱う科学事業を米ベインキャピタルに売却すると発表しました。売却額は4,000億円を超え、新型コロナウイルスの被害から経済が回復しつつある中、事業の選択と集中を急ぐのが狙いです。

焦点となるのは、売却で得た資金の使い道です。今後は内視鏡など主力の医療機器分野に経営資源を集中させる方針で、本業で稼いだキャッシュ(現金)と事業売却で得た資金を、医療機器関連のM&Aなどに投じるとみられています。新たな成長へのステップとなるかどうかが問われるでしょう。

M&AによるTOBで株価はどうなる?

TOBは「takeover bid」の略で、M&Aの手法の一つです。日本語では「株式公開買い付け」と言われます。

TOBでは、買収を目的として、対象企業の株主に一定期間内に株式を売却するよう呼びかけます。TOBには友好的なものと敵対的なものがあり、友好的TOBは対象会社の経営陣と合意の上で行われ、敵対的TOBは経営陣が反対していても強行されます。

TOBが株価に与える影響はケースバイケースですが、一般的には以下のような傾向があります。

  1. TOBが発表されると……買収価格が市場価格より高いことが多いため、対象企業の株価は上昇する
  2. TOBが成功した場合……買収側と対象企業のシナジー効果や成長戦略によって株価が変動。ただ買収者側では、資金調達や償却費用により株価が下落する可能性があるので注意が必要
  3. TOBが失敗した場合……ターゲット企業の株価は下落する可能性が高い。買収者側も撤退コストや信用悪化により、株価が下落する場合がある

TOBはM&Aの手法の一つであり、友好的か敵対的かによって異なります。また、TOBの株価への影響は、発表時期、成功時、失敗時によって異なるのです。

日本でM&Aが増えている理由

日本経済新聞の記事によると、ファンドが買い手となったM&A案件は、過去最高だった2021年の1,230件に次いで、2022年は約1,180件となりました。中堅・中小企業のオーナー経営者の高齢化が進むなか、事業承継の受け皿となるファンドも増加しています。

M&Aにおける売り手の目的は、会社の存続と従業員の継続雇用です。後継者不在の企業がM&Aによる経営権の売却を検討するのは、会社の経営を買い手に委ねることで倒産を回避できるからです。

M&Aにおける買い手の目的は、売り手の経営資源を確保することでシナジーを創出することです。買い手は自社にない技術・ノウハウ・人材などを確保することで、既存事業の強化や新規事業の立ち上げを効率的に行うことができます。

会社を存続させたい売り手と、事業規模を拡大したい買い手のニーズが合致し、これまで多くのM&Aが成立してきました。

しかし2022年、世界のM&Aは減少しました。インフレによる金利上昇や景気後退懸念などを背景に、金融機関が投資ファンドへの融資を控えるようになったからです。

そんな中、日本は日銀が大規模な緩和策の修正に動いたものの、借入コストは他の主要国に比べて低く、比較的高いリターンが期待できます。また、アジア地域の中では中国に代わる投資先として注目されており、今後もファンドによるM&Aの取引件数は高水準で推移する可能性が高いと考えられます。

M&A前後の株価の動きだけでなく、中長期的な業績の行方にも影響を与える可能性もあることから、関連するニュースや情報には注意を払っておいたほうがよさそうです。

[執筆者]山下耕太郎
山下耕太郎
[やました・こうたろう]一橋大学経済学部卒業。証券会社でマーケットアナリスト・先物ディーラーを経て、個人投資家に転身。投資歴20年以上。現在は、日経225先物・オプションを中心に、現物株・FX・CFDなど幅広い商品で運用を行う。趣味は、ウィンドサーフィン。ツイッター@yanta2011 先物オプション奮闘日誌
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