セブン&アイ「2兆円買収」に見る、企業の情報開示と株価の関係

石津大希
2020年9月23日 8時00分

《セブン&アイ・ホールディングスによる超大型買収が話題ですが、株主からは戸惑いの声も挙がっています。投資先の事業戦略や将来のリターンに疑問を感じたときは、情報開示資料と説明姿勢をチェックしてみると、意外な事実が見えてくるかもしれません》

セブン&アイが米コンビニ買収へ

2020年8月3日、セブン&アイ・ホールディングス<3382>は、アメリカの石油精製会社、マラソン・ペトロリアムのコンビニエンスストア事業を2.2兆円で買収すると発表した。買収するのは、コンビニを併設するガソリンスタンド部門「スピードウェイ」。

この買収は以前にも何度か報道されたが、3月には買収額で折り合えなかったことを理由に断念されていた。

同社にとって過去最大規模の大型買収となるが、市場では疑問視する声も多い。まず、2兆円を超える買収額には負債が伴うため、財務体質の悪化は避けられないというものだ。また、買収後、株主のリターンは増えるのかどうかが不透明だとの指摘もある。

これらを受け、買収を発表した当日にセブン&アイ・ホールディングスの株価は大きく下落した。

不安要素に対するセブン&アイの回答

企業の活動に対して株主がネガティブな反応を示すことは、市場でよく見受けられる。今回のセブン&アイの場合は、「財務不安」「不透明な株主リターン」を要因に売りが出た。

しかし、同社は不安要素に関して、ニュースリリース内でかなり詳細に説明している印象を受ける。財務については、新株式は発行せず、負債を活用することで一時的に「Debt/EBITDA倍率」が上昇し、自己資本比率など財務の安全性の指標が低下する見込みだとしている。

この「Debt/EBITDA倍率」について簡単に説明すると、Debtとは負債を指し、EBITDAは、ざっくり「よりキャッシュベースに近い利益」を意味する(企業によって定義に微妙な違いがある)。

Debt/EBITDA倍率とは「負債をキャッシュベースに近い利益で割った指標」であり、「今の負債は、本業が1年間で生み出す利益の何倍なのか?」を測ることができる。

株主リターンの判断は投資家任せ?

確かに今回の買収でセブン&アイのDebt/EBITDA倍率は上昇し、財務安全性の指標が低下する。

しかし、買収のシナジー効果やアメリカでの税制優遇措置による節税メリットなどを背景に、「アメリカでのグループ事業のEBITDAが2倍以上になる見込みであり、Debt/EBITDA倍率も3倍以内に抑制することで格付A格相当の財務体質を目指す」というのが同社の説明だ。

財務不安に対するケアは、簡単ながらしっかり説明されていると言えるのではないだろうか。

その一方で、株主リターンについて説明不足であるのは否めない。「北米市場で大きなシェアを獲得することで、それ自体が中長期的な成長を下支えするエンジンとなり、また買収シナジーに伴うスケールメリットも加わる」としているが、数値ベースの説明はあまりない。

どのようなシナリオで株主のリターンが増えるのか、というのが正直なところわかりづらく、言い換えると、その点の解釈は投資家任せとされている印象だ。

企業の説明姿勢と株価の関係

企業の活動内容とそれに対する説明内容は、銘柄選びにおいて非常に重要な要素となる。企業活動がビジネスチャンスを捉えたものでなければ当然収益は増えづらいが、説明内容が充実していなければ投資家の理解が深まらず、機関投資家を中心に買いを手控えるといった事態につながる。

また、説明自体は充実しているものの、企業側の考えが株主のリターンにつながるものではなかったり、非現実的な内容だったりすると、やはり投資家は納得せず、買い控えたり売りに出したりといったことにもなるだろう。

それに対して、情報開示の姿勢が優れた企業の場合、株主の知りたいことがきめ細かく、漏れなく説明されている。このような銘柄の場合、機関投資家を中心に事業・財務の理解が深まるほか、経営陣の株主に対する真摯な姿勢も訴求されることで、買いを呼び込みやすくなるのだ。

情報開示の姿勢が優れた企業とは

実際のところ、企業の情報開示の姿勢にはどんな違いがあるのだろうか。エネルギー業界を例に比較してみよう。

レノバ<9519>の場合

まずは、太陽光・バイオマス・風力・地熱などの再生可能エネルギーの発電施設を開発・運営するレノバ<9519>。

2020年3月期の決算説明資料を見てみると、売上高はもちろん、EBITDAを重要指標として、運営または開発中の発電施設ごとに細かく記載されており、企業の活動(発電所の開発・運営)がどのように株主リターン(ここでいえばEBITDA)につながるのかが説明されている。

  • 各施設がどのくらい発電できるのか
  • それはいくらの単価で売れるのか
  • 結果としてどの程度の売上高になるのか
  • コストはどの程度で、EBITDAはどうなるのか
  • 足元でどのくらいの施設が開発中なのか
  • 将来、発電量はどの程度伸び、結果として企業全体のEBITDAはどうなるのか

発電量や電力の買取単価などを記載することで、EBITDAの根拠が非常にイメージしやすい資料となっている。また、IRページ上では再生エネルギー市場が国内外でどう拡大しているのかも細かく説明され、株主に収益の成長性に対する安心感を与えている。

同社の株価を見てみると、コロナショックで日本株全体が投げ売りされた3月に続いて、2020年3月期決算を発表した5月にも急落している。併せて発表された2021年3月期の業績見通しが市場予想を下回る内容だったことが嫌気されたためだ。

だが、通常このような景気後退が警戒される環境下での予想下振れによる売りは長引くことが多いのに対して、同社の場合は一度大きく売られた後はすぐに下げ止まり、順調な右肩上がりを経て、元の水準を回復している。

この背景にあるのは、やはり「安定感・堅実さ」だろう。もともと本質的にリスクの低めなビジネスモデルだったことに加え、「何がどういう理屈でリスクが低いのか」を市場が従来からよく理解していたことも、早期の株価回復に寄与したと考えられる。

こうした点からも、投資家目線での情報開示のきめ細かさが重要だということが理解できるだろう。

投資家からの反応があまりよくない事例

・国際石油開発帝石<1605>の場合

一方、既存のエネルギーである化石燃料関連の国際石油開発帝石<1605>には、市場から厳しい目が向けられている。同社は企業のビジョンとして、石油・天然ガスの上流分野で生産量トップクラスになることを掲げているが、その将来性に不安を感じる投資家も少なくない。

なぜなら、欧米を中心に再生エネルギーの普及が広まり、「脱炭素化」が進んでいるにも関わらず、縮小する市場の中でトップを狙って走り続けるように受け取れるからだ。

また、中期経営計画では目先の営業キャッシュフローを負債返済や投資、株主還元に回しながら、将来的には営業キャッシュフローとROE(自己資本利益率)を大きく改善させるという目標が示されている。しかし、現在進行中のアクションがどのような理屈でゴール達成へとつながるのかについては、説明不足のように見える。

そんな同社は厳しい事業環境の影響もあってPBR(株価純資産倍率)は0.3倍とかなりの低水準だ。足元の株価も軟調さが目立つ。やはり「コロナが落ち着いたとして、その後も続く厳しい事業環境を会社はどう乗り越えるつもりなのだろう」という不安感が投資家の中にあるからではないだろうか。

バフェットも断言する「納得」の大切さ

情報開示や説明の姿勢には、業績や戦略からは見えない、企業の別の側面が隠されていることもある。どの銘柄に投資しようか悩んだ際、業績やバリュエーションなど見るべきポイントはいろいろあるが、そこに「説明姿勢」を加えてみてはどうだろうか。

まずは説明を見ながら、企業が今どのような事業戦略を進めているのかを把握する。具体的には、どの事業を主力と位置づけ、成果の進捗はどうなっているのか。そして、その動きがどのような理屈で株主のリターンにつながるのか。

すると、事業戦略と株主リターンとのつながりが「納得できる」「納得できない」「よくわからない」の3パターンになるはずだ。

著名投資家のウォーレン・バフェット氏も「投資先は自分に理解できるビジネスに限るべき」と言っているように、自分が納得できる銘柄を選ぶことは、納得できる投資にするための第一歩にもなるだろう。

[執筆者]石津大希
石津大希
[いしづ・だいき]外資系投資顧問会社で株式アナリストとして勤務したのち独立。ファンダメンタルズ分析の経験を生かして、客観的データや事実に基づく内容を積極的に発信。市場で注目度の高いトピックを取り上げ、深く、そして、わかりやすく説明することを心がける。
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