自社株買いでストップ高! 株主還元の本格化で日本株の評価が変わり始めている
自社株買いを実施する企業が増加しています。アイ・エヌ情報センターのレポートによると、2022年に実施された自社株買いの合計額は、前年比42%増の9兆2494億円となり、過去最高額を記録しました。
ところで、なぜいま、自社株買いが増えているのでしょうか? そして、投資家にはどんなメリットがあるのでしょうか? 実は、日本株の評価が大きく変わろうとしているのです。
そもそも「自社株買い」とは
自社株買いとは、「上場企業が自らの資金を使って株式市場から自社の株式を買い戻すこと」を指します。
買い戻した自己株式を消却して無効にすると、発行済み株式数は減ります。すると、1株あたりの配当や利益が増えることから、既存の株主にとっては配分が増えるメリットがあります。
2001年に商法が改正され、それまで禁止されていた金庫株(企業が保有する自社株式)が解禁となり、企業が制限なく自社株を保有したり、消却して無効化したり、再度新株として市場に放出したりすることが自由にできるようになりました。
さらに、取得した自社株は自己資本から外れるため、自己資本は理論上減額されます。すると、自己資本をどれだけ有効に活用して利益をあげているかを図る経営指標、ROE(自己資本利益率)は上昇することになります(支払い利息等は加味しない場合)。
また、企業が自社株買いをするということは、投資家に対して「自社の株価は割安である」とメッセージを送る効果もあります。
自社株買いの3つのパターン
企業が自社株買いを実施する方法はいくつかパターンがあります。
①市場内で買い付ける
もっともオーソドックスな方法は、企業が期間や金額の上限を決めて、自社株の取得枠を設定する方法です。取得枠の設定期間中は、企業が自社株を買い付けるとの思惑から株式の需給が引き締まる傾向にあります。
ここで留意すべきは、あくまで「取得枠の設定」なので、株価が高値で推移した場合などは取得枠を使い切らず、実際の買い付け金額が目標に対して未達となる場合もある、という点です。
取得枠の設定や自社株買いの終了といった情報は、東京証券取引所の適時開示情報に随時掲載されます。
②立会外取引によって買い付ける
自社株買いに、東京証券取引所の立会外取引の電子取引ネットワークシステム(ToSTNeT)が用いられる場合もあります。
この場合は、寄り付き前などの立会外(たちあいがい=証券取引所の取引時間外)で取引が行われるため、通常の立ち会いに影響を及ぼすことなく、まとまった金額を取引する機関投資家などに利用されます。大口株主が持ち株を売りたいとの意向で、企業と価格などを協議した上で実施することも多いです。
シェアハウスなどの不正により経営危機となったスルガ銀行<8358>は、2020年、家電量販大手のノジマ<7419>とビジネスモデルの転換などを目指すための資本業務提携をしました。ノジマがかつての創業家の持ち株を引き受けて、事業連携を模索していました。
しかし、それが難航したことにより、ノジマから持ち株を売却して資本業務提携を解消したいとの申し入れがありました。リリースによると、2022年3月9日に前日の終値407円で普通株4341万4000株(発行済株式総数の18.5%に相当)を、スルガ銀行が立会外取引で自社株買いを実施しています。
③TOB(株式公開買い付け)
株式公開買い付け(TOB)で自社株買いを買い付ける場合もあります。
通常のTOBは市場価格に対してプレミアムを付けた価格で実施されますが、自社株買いのTOBでは市場価格より低い価格で実施される場合があります。これはディスカウントTOBと呼ばれ、大株主からの所有権移転を目的として、あらかじめ価格や株数を協議した上で行われるものです。
大株主による売却を前提とする点では立会外取引による方法と似ていますが、ディスカウントTOBによる方法では、価格を市場よりも低く設定できるメリットがあります。その一方で、準備や実施に時間がかかる点がデメリットです。
東京ディズニーランドを運営するオリエンタルランド<4661>が2020年に、スポンサーである三井不動産<8801>からTOBで自社株を買い付けたケースでは、決議前の1か月間の平均株価から10%ディスカウントした価格が採用されました。
自社株買いを後押しする市場改革
東京証券取引所は、1月30日の「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議の論点整理」と題した資料で、「我が国においては、経営者が資本コストや株価を意識していないケースが多く、経営者の意識改革やリテラシー向上、企業経営における自律性の向上が必要」であるとしました。
そのために、PBR(株価純資産倍率)が1倍を割れている企業に対しては、改善に向けた方針や具体的な取り組みなどの開示を継続的に求めていくべきである、という方針を表明しました。これが海外投資家などに高く評価されて、PBR1倍割れの割安株を買う動きにつながりました。
PBRは、純資産が多いほど低下します。言い換えれば、PBR1倍割れの企業の中には、純資産を配当や投資や自社株買いに回さずに寝かせたままにしているケースも多くありました。
こうした企業にとっては、是正に向けた圧力が一層強まったといえます。これまでも、株式持ち合いの解消の動きや「物言う言う株主」の台頭といった圧力はあったのですが、今回は「PBR1倍割れ」という明確なラインを東証が示すことで是正を強く促す動きが評価されています。
3月31日には、東証は、資本コストや株価を意識した経営を実現するための施策を求めるよう、上場企業に通知しました。こうした状況の改善が必要な場合は、具体的な取り組みを策定して株主に通知するよう求めています。
自社株買いと総還元性向
最近では「総還元性向」を引き上げると宣言する企業も増えてます。総還元性向とは、企業が利益のうちどのくらいの割合を自社株買いと配当に当てているかを示す指標で、配当の支払い総額と自社株買いの総額を当期の純利益で割り算して求められます。
- 総還元性向(%)=(配当支払い総額+自社株買い総額)÷当期純利益×100
配当と自社株買いをあわせた、企業の株主還元策全体の姿勢を示す指標といえるでしょう。当然、総還元性向を引き上げるという宣言は、株主にとってプラスの材料です。
また、配当は一度引き上げても、利益が落ちたときに減配すると市場からの印象が悪くなりますが、総還元性向を目標としておけば配当と自社株買いの割合を柔軟に設定できるので、経営陣としても目標としやすい側面があるのです。
直近の大規模な自社株買い
2023年に入って発表された大規模な自社株買いを確認しておきましょう。
・大日本印刷<7912>
大日本印刷<7912>は、3月9日に3か年の中期経営計画の骨子を発表しました。その中で、発行済み株式数の約15%に当たる4000万株の大規模な自社株買いの取得枠を設定するとしました。同時に、発行済み株式数7.88%相当の2500万株の自社株消却も発表しています。
中期経営計画の骨子では、グループの目標としてROE10%、PBR1倍を早期に超えることが大々的に書かれており、東証の取り組みが反映されるかたちとなりました。
株価は、翌10日に昨年来高値4160円を付けましたが、その後はいったん売られています。
・岡三証券グループ<8609>
岡三証券グループ<8609>も、自社株買いを巡る派手な値動きがみられました。
3月24日に発表されたのは、2024年3月期からの新たな中期経営計画の期間中に、PBR1倍を超えるまで年間10億円以上の自社株買いを継続的に実施する、という内容でした。新たな中期経営計画は28年3月期までなので向こう5年間は、継続的に自社株買いを続けるという宣言です。
これを受けて、翌25日の株価はストップ高となりました。
日本株、ついに変化の時を迎えるか
アメリカ株の長期の上昇を支えてきた要因のひとつは、巨額の自社株買いでした。最近はコロナ禍で落ち着きをみせていますが、なかには、株価を上昇させるために、借入金をしてまで自社株買いを行う経営者も多くいました。
日本でも、東証によるPBR1倍割れ企業の是正の取り組みなどもあり、2023年も引き続き、自社株買いを発表する企業はさらに増えるとみられています。
日本企業は内部留保率も高く、株主資本が潤沢な企業も多いため、株主還元による日本株の評価はまさにこれから変わろうとしている、と予感させる流れが起きているのです。株主還元が本格化する足音を、しっかりと聞き逃さないようにしましょう。