株式市場の需給を支える「信用取引」 その始まりはGHQだった
《東京証券取引所が立つ日本橋・兜町。かつての活気は、もうない。だがそこは紛れもなく、日本の株式取引の中心地だった。兜町を見つめ続けた記者が綴る【兜町今昔ものがたり】》
「信用取引」の制度はGHQがつくった
戦後の株取引が再開されたのは1949年。終戦から4年間は、東京証券取引所の再開にGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が「NO」の姿勢を取り続けたからだ。1949年にようやく再開が認められたが、その条件としてGHQからは『先物取引の禁止』が命じられた。
先物取引は、日本で公に認められた相場の原点、江戸時代の米相場(1730年〈享保15年〉)の取引手法だ。現物の米が取引されるわけではない。先物取引の期間中に発生した米価の変動に伴う利益(差金)享受する取引である。具体的には、こんな枠組みと理解すればいい。
- 来年は凶作(米価高騰)と読めば、相場師は先物買いを入れる。豊作(値下がり)だと見込めば先物売りで対応する。
- 豊作で米価が値下がりした場合、先物売りを入れていた投資家は、安くなった値段で買い戻すことで利益を得る。逆に先物買いを入れていた向きは、値下がり分だけ損をする。
故・梶山季之氏の名作に『赤いダイヤ』(集英社・1962年)がある。天候に左右されて価格が上下する小豆市場を舞台とする先物取引を扱い、政財界やマスコミを巻き込んだ壮絶な仕手戦を描いている。ぜひとも、ご一読いただきたい。
GHQが株の先物取引を禁止したのは「その博打性の高さ」に起因していたとされる。
だがそれは、再開を一日千秋の思いで待ち構えていた証券会社には大問題だった。戦後間もなくのことである。株式投資に向かう現金資産は限られていたからだ。現に「先物取引禁止」で始まった相場は、1949年の日経平均株価の年間平均値149.96円に対し翌1950年は101.73円と、32%下落している。
ただ、GHQと日本の証券界は「株式取引の再開の遅れは戦後復興の足枷になる」という認識では共有していた。
打開策が検討された。議論されたのは「先物取引の復活」か、1951年の段階で米国に登場していた「マージン取引」をモデルにした信用取引制度の導入か、だった。マージン取引は一口で言うと、信用取引の最大の特色である「委託保証金(担保)取引」。結果として、GHQの先導で「マージン取引を模した信用取引制度」が発足したのである。
これにより市場の流動性が上がり、日本経済の奇跡的な復興に寄与したことは言うまでもない。導入された直後には証券会社は未だ資力に乏しく、それを補うための証券金融会社※といった日本独自の仕組みも出来ている。
※証券金融会社……証券会社に対して、信用取引の決済に必要な株式や資金の貸付を行う会社。かつては全国に9社あったが、現在は日本証券金融株式会社の1社のみ。
日本の信用取引がたどった足跡
GHQの裁断で始まった信用取引だが、いくつかの節目を経ている。
例えば、インターネット専業の証券会社の出現・増加だ。2000年頃から増え始めたネット(オンライン)取引により、2005年には個人投資家の取引の半分以上が信用取引で占められるようになった。
最大の要因は、ネット売買=コストダウンにより、売買代金が少額で済むようになったためだ。その引き下げ競争は時間の経過とともに激しくなり、現段階では、業界最安水準のSBIネオトレード証券と野村證券では、1回の売買約定あたりの手数料は大きな差が出来ている(2022年11月14日時点)。
こうした流れが、野村證券をして「オンライン専門支店の国内株の信用取引における買い方金利を、従来の3.0%を0.5%に引き下げる」(2020年2月26日)とする改定を余儀なくさせている。
別の節目として、空売り規制強化(2013年11月5日)がある。信用取引の売り(空売り)はマーケットの流動性を高める役割を担っている。それを規制強化とは、「証券会社の自己売買部門、あるいは仕手筋の相場操縦対策を余儀なくされた結果」とする見方がある。言い換えれば、「株価を意図的に下落させる目的で乱用し株式市場に混乱をもたらした過去の事例」に起因している。
そこでトリガー方式による改定がなされた。「前営業日の終り値などから算出される当日の基準価格から、10%以上株価が下落して成立している株式をトリガー抵触銘柄とする。当該銘柄の新規空売り注文に際しては、直近取引価格以下で(取引単元株が100株なら)5100株以上の発注を禁止する」という内容。
具体的には、例えば当日の基準株価が1,000円なら、空売り価格規制が適用されるトリガー価格は900円となり「900円以下の指値」で空売り注文は出せない。但し「株価が900円から反転上昇し直近の取引価格が920円なら、920円もしくは921円の空売りは可能となる」という具合だ。現物株投資を行う際には、投資俎上に載せる銘柄の選定にあたり「信用取引状況」の確認は不可欠である。
需給を支える信用取引のしくみ
では、信用取引とは、どんな枠組みか。投資家心理をいたずらに煽るつもりはないが、損益が「膨大」となりやすいのが特徴。従い、投資家が信用取引口座を開設する場合には、証券会社による厳格な審査がなされる(「建前論」の声も聞かれるが)。
実践にあたっては前記の通り、「委託保証金」が必要になる。委託保証金を超えた金額(証券会社により異なるが、通常は3倍前後)の売買が可能になる。現金以外でも「株」「国債」などが担保の対象となる。但し、有価証券類を担保とする場合は一定の掛け率(80%前後)を乗じて換算される。
そのうえで行われる信用取引は、具体的に記すとこんな塩梅だ。
- 信用買い……①投資家は証券会社(証券金融会社経由も含む)から担保相当額×3倍相当の資金を借り入れ、株式の買い付けを行う(買い手数料がかかる)。②買い付けた株は、証券会社が保管する。③定められた期日(証券取引所が認めた銘柄では半年)のうちに売って差益を確定するか、代金を支払って株式を引き取る。④買い付け時より売り付け時の株価が上昇していれば利益となる。下落している場合は損失となる。
証券会社の社員の信用取引は厳禁。現物株投資を行うときは「買ってから半年間は『売り』はできない」という不文律がある。信用取引の「半年のうちに」がその背景とされる。
- 信用売り……手順は「買い」と同様。信用の売りは「空売り」「ハタ売り」と称される。
- 信用取引の決済方法……基本は反対売買。それ以外にも、買いの場合に借り入れた金額を現金で差し入れて当該株式の現物を取得する。売りから入った場合は借り入れた株式を、別途現物買いした株式を差し入れて決済する方法もある。
- 信用取引に伴う課金……「売買手数料」「借株賃貸料」の他にも、例えば「逆日歩料」がある。
ヤフーファイナンスで銘柄を検索すると、現在株価・時価総額・予想配当率・予想PER/PBRなどなどの情報が得られる。その下段には「信用取引情報」として「信用買残」「信用売残」「信用倍率」が示されている。売り残高が買い残高を上回る状態が続く場合(=売り長)、証券会社は(証券金融等を介し)資金・株式を調達する。その場合の賃料を「逆日歩」と呼ぶ(買い長が続く状態での株式調達の賃料は「日歩」)。
「逆日歩銘柄は要注意」とされる。売り方が逆日歩のかさむのを嫌い損失覚悟で反対売買を行った結果、株価が高騰しかねないからだ。しかし「逆日歩に買いなし」という経験則もある。株価が上昇し株不足が解消すると、株価は急落しかねないからである。ちなみに、下げ相場の中で売り長銘柄が「損失覚悟」の買いで株価が上昇した状況は「踏み上げ相場」と呼ばれる。
「配当権利日」の損もある。信用の買い・売りを実践する際に、反対売買までに「配当権利日(当該企業の配当が確定する日)」をまたぐ場合は、配当金相当額を証券会社に支払わなくてはならない。
自身の相場観から「買いから入る」「売りから入る」。信用取引も、決して容易ではない。だが一方で、信用取引が株式市場の需給を支えていることも事実だ。