変わりゆく姿を見つめ続けて30年 ファンケルが個人投資家に教えてくれたこと

岡田禎子
2024年4月25日 12時00分

※写真はイメージです

《株式投資の魅力はやっぱり個別株! 〝推し株〟をとことん愛して愛して一途な想いを遂げてこそ、その奥深い面白さを実感できるのです。個別株投資という沼にハマった投資家が綴る【個別株偏愛】》

出会いは30年ほど前。テレビの前で涙を流したあの日から、変わり果てた姿を間近で見つめた日々。そして、衝撃の復活劇を目撃したと思ったら、憧れの君は次なるステージへ──ファンケルとわたしの物語。

ファンケルとの出会い

ファンケル<4921>との出会いは、わたしがまだ女子大生だった1990年代。

ファンケルは、「無添加化粧品」という全く新しいジャンルの化粧品を世に送り出し、肌荒れに悩む日本女性の心を掴みます。化粧品業界に新風を巻き起こした同社は、当時、一大ブームとなっていました。

そんなある日、わたしはテレビで、創業者であり社長(当時)の池森賢ニ氏を取り上げたドキュメンタリーを観たのです。

「肌荒れした妻のために開発した化粧品」

という夫婦愛から生まれた創業ストーリーが、文学少女だったわたしの心にグッと刺さり、番組を観終わったあとは涙が溢れて止まりませんでした。

その当時は、夫が妻について語る際には「愚妻は……」という枕詞がつく昭和の名残があり、愛人にはせっせと貢いでも、「釣った魚」(妻のこと)はほったらかし、という風潮がまだありました。

そんな中、妻のために何かを頑張った、と堂々と言える社長が日本にいるのか! と強烈に印象に残ったのです。

それから数十年後、わたしは、勤めていた運用会社でファンケルの担当となります。「あの素敵な社長の会社だ」と心をときめかせて決算説明会へと臨んだものの、ファンケルは大きく変わってしまっていました。

変わってしまった、憧れの君

ファンケルは1980年に創業。

無添加化粧品やサプリメントの開発・製造をはじめとして、青汁や発芽玄米などの健康食品も手がけ、化粧品業界では後発組ながら売上は1000億円以上、時価総額は2400億円(2024年4月時点)を超える企業です。

創業者の池森氏は三重県出身。

パン職人を皮切りに、バンドのボーカル、小田原ガスのサラリーマンを経て、一念発起して起業するものの、事業に失敗。2000万円の借金を抱えます。

しかしながら、兄の経営するクリーニング店で営業マンとして奮闘、借金を2年で返済して、ファンケルを創業……という異色の経歴の持ち主です。

ともに苦労した妻の肌荒れをヒントに、無添加というそれまでになかった化粧品を開発。その後も、サプリメントを日本に定着させるなど、常識を覆す独特な感性を武器に、熾烈な化粧品業界の中でファンケルを率いてきました。

同社は1999年には東証1部(現・東証プライム市場)に上場し、2003年には銀座5丁目に旗艦店「ファンケルスクエア(現・ファンケル銀座スクエア)」をオープンさせます。

池森氏は、自ら定年制を設けて65歳で退任し、ダイエー出身で元ローソン社長の藤原謙次氏に経営をバンタッチします。

ところが、営業利益はその2003年3月期の115億円をピークに、2007年には83億円にまで減少してしまいます。

主な原因として、製造・販売・お客様対応までを一貫して行う同社のモノづくりへの姿勢が、池森氏退任後にボヤけてしまい、独自性が薄れたため、といった指摘がされました。

わたしが担当した頃のファンケルといえば、化粧品の伸びは鈍化し、発芽米事業も大不振という状況で、みんなの関心といえば「発芽米、どうするの?」ばかり。

成長企業とはとても言えない、どんよりとした停滞ムードが漂っていたことを記憶しています。

株価は社長次第

「株価は社長次第」と言われます。特にオーナー企業の場合、株価は社長で左右します。

経営者自身が大株主であるために、誰よりも多く株式を保有しているので、株価を上げるために長期目線の高いビジョンを持ち、その実現のために行動する、というインセンティブが働きやすいからです。

会社そのものへの影響も大きく、新規事業の立ち上げや撤退も、重要事項は株主総会で決めるとはいえ、株式を半分以上を持っていれば、経営者自身が決断することもできます。

また、日本電産(現・ニデック<6594>)の永守重信氏や、ZOZO<3092>の前澤友作氏など、カリスマ性に溢れた経営者の語るストーリーは、株主に夢を抱かせるものです。

しかしファンケルは、創業者の池森氏が退任したあと、後任の藤原氏から、2007年に宮島和美氏、2008年には成松義文氏と、社長が次々と入れ替わる迷走ぶり。

上場直後は4000円台だった株価も、1000円以下へと低迷していました(株価は分割などを調整後の数字。以下同じ)。「株価は社長次第」は本当なんだ……と、わたしは妙に納得したものです。

ところが、です。

株価が大底となった2013年、ファンケルへの想いが消えかけていたわたしの耳に、「池森氏が会長復帰」というニュースが飛び込んできたのです。

ファンケルの新たな物語

文学ファンたるもの、好きな小説家の新刊が出ると聞くと、もう落ち着いてはいられません。発売日に書店のシャッターが開くその瞬間まで、ワクワクが止まらないものです。

再びの登場となる池森会長兼CEOは、これからどんなストーリーを紡ぐのだろう? 当時すでに個人投資家となっていたわたしは、ファンケルの新たな物語に、大いに期待を膨らませました。

そして発表された中期経営計画は、なんとも大胆なものでした。

「5年後の売り上げ倍増」を目標に掲げ、攻めの経営に転じるというもので、特に「巨額の広告費を投入」には、わたしも「うひゃあーっ!」と思わず声を上げました。なんと、売上の10%にあたる通常の広告費とは別に、3年間で200億円の広告費を上積みするというのです。

暴挙とも言えるこの計画、結果が出なければ大変なことになる……。そう思ったのはわたしだけではなかったようで、株式市場も動揺し、翌日の株価は9%も下落しました。

当然、株主総会でも、この戦略に疑義の声が上がりました。しかしながら、池森会長が「私の考えに反対される方は手をあげてください」と言ったとき、会場はしんと静まり返り、手をあげる人は誰もいなかったのです。

そして、「ファンケルは広告が『生命線』」と語る池森会長自らが広告会社と掛け合って、屈指の女性クリエーターを起用し、「正直品質。」のコピーで新しいファンケルを打ち出します。

ファンケルは変わった、と誰もが思いました。

池森氏の一世一代の大勝負は当たり、2018年3月期には史上最高の売上高を11年ぶりに更新。2013年には500円程度にまで低迷していた株価も、3000円台まで大きく上昇したのでした。

ファンケルの大復活劇の裏には、サプリメントのヒットのほか、インバウンド効果もありました。わたしがそれを体感したのは、香港に旅行に行ったときです。

飲茶を食べ過ぎて太らないようにファンケルのダイエットサプリを持っていこう!と思いつき、空港の免税店に寄ってみると、大勢の中国人旅行客が、ファンケルのサプリを山のように買い漁っていました。まさに爆買いです。

また、香港の旺角(モンコック)にあるファンケルの店舗も、商品を買い求める大勢の女性たちで溢れ返っていました。その様子は、1990年代の日本のファンケルブームを思い起こさせるもので、わたしは「これは間違いなくいける!」と確信したのです。

なぜキリン!?!?

2019年8月、ファンケルはキリンホールディングス<2503>と資本業務提携を結び、持分法適用会社(親会社が保有する議決権株式の割合が20%以上50%以下の非連結子会社や関連会社のこと)となりました。

この発表がされる以前から、マーケットでは、「82歳となる池森氏は保有株をどうするのか?」「誰がファンケルを買うのか」など、その動向に熱い注目が集まっていました。

「ドクターシーラボ」を手がけるシーズ・ホールディングス<4924>が、米ジョンソン・エンド・ジョンソンの完全子会社になった前例もあり、海外事業の拡大が期待できる外資系大手企業の名前も複数あがっていました。

ところが蓋を開けてみると、まさかのキリン。「なぜキリン!?!?」と、マーケット関係者はみな一様にショックを受けたものです。

これには、「自分が元気なうちに、将来にわたって従業員が安心して働ける環境を整えておきたい」という池森氏の強い思いがありました。その決断を従業員たちも歓迎した、と伝えられています。

池森氏は最後まで、人間味に溢れた異才の経営者だったのです。

(注)池森氏は現在、同社の名誉相談役。

個人投資家だけのお楽しみ

わたしは池森氏の決断に、投資家としては動揺しましたが、一方で、とても池森氏らしく応援したい、とも思いました。

機関投資家なら納得できないかもしれない。でも個人投資家は、こういう人間的な部分も込みで投資したって構わないのだ、と気づいたのです。そうして、自分の中に豊かな気持ちが芽生えてくるのを感じました。

わたしはファンケルを通して、「株価は社長次第」の意味を様々に考えさせられました。

そして、個人投資家ならではの個別株投資の深い楽しみ方が広がっていることも、ファンケルとの関係から教えてもらったのです。

[執筆者]岡田禎子
岡田禎子
[おかだ・さちこ]証券会社、資産運用会社を経て、ファイナンシャル・プランナーとして独立。資産運用の観点から「投資は面白い」をモットーに、投資の素晴らしさ、楽しさを一人でも多くの方に伝えていけるよう活動中。個人投資家としては20年以上の経験があり、特に個別株投資については特別な思い入れがある。さまざまなメディアに執筆するほか、セミナー講師も務める。テレビ東京系列ドラマ「インベスターZ」の脚本協力も務める。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、ファイナンシャル・プランナー(CFP)
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