【寄稿】新型コロナウイルスの金融市場への影響を、国際政治の視点から考える

和田大樹
2020年3月3日 8時00分

国際政治の視点から新型コロナウイルスを考える

2020年1月以降、中国・武漢を発祥とする新型コロナウイルスは世界各国に感染が拡大し、2月末の時点で感染者数は世界59か国・地域で8万4000人を超え、うち2800人以上が死亡している。

中国では感染者数の増加率が治まりつつある一方、韓国やイタリアでは急増し、依然として各国で警戒が続いている。日本でも中国への渡航歴がない人々の間で感染者が増え、如何に自分の身を守るかという差し迫った状況になっている。

この新型コロナウイルスの感染拡大は、国際政治の世界ではどのように捉えられているのか。そして、それは世界の金融市場にどんな影響を与えるのだろうか。

世界に広がる反中国・反アジアの連鎖

新型コロナウイルスの感染拡大による影響は、これまでに各国で反中的な排斥運動として現れている。

まず、韓国では1月以降、中国からの訪韓者への警戒心が市民の間で強まっている。「中国人の入国を止めろ!」と訴える市民60万人以上の署名が大統領府に届き、韓国政府は、感染源とされる武漢市のある湖北省に滞在してきた外国人の入国を禁止することを決めた。

また、日本人も多く訪れるソウルの町では、韓国人と中国人のグループがすれ違いざまに肩がぶつかったことから口論と激しい暴力となり、その後、中国人のグループが、韓国人のグループから「ウイルスはマスクをつけろ」「肺炎をうつしていないで中国に帰れ」などの暴言を吐かれる事態があった。

2019年以降、中国や政府への抗議デモが続く香港でも、新型コロナウイルスへの香港政府の対応に市民の不満が広がっている。香港の高度な医療を求めて、中国人が押し寄せてくるという警戒感から、深圳との境界を封鎖し、中国人の流入を停止せよと求める香港人の声も強まった。

東南アジアのベトナムでは、「中国人は来るな」「中国人の入店はお断り」など、中国人の来店を拒否する張り紙を出す店も一部で見られた。押し寄せる経済力と南シナの問題で反中感情が多い同国では、新型コロナウイルスが、これまでの対立に拍車をかける恐れが指摘されている。

一方、欧米諸国では、中国というか、アジア系への排斥的な流れが強くなっている。

ニューヨークにあるチャイナタウンの地下鉄駅では、マスクを着用した中国系女性が「近寄るな、病人」など罵声を浴びせられ、殴る蹴るの暴行を受けた。ロサンゼルスでも、アジア系の男子中学生が同級生に暴行され、病院へ緊急搬送される事件があり、当局は、アジアに対するヘイトクライムが多発しているとの懸念を表明した。

フランスでは、パリ郊外で中国人が経営する日本食レストランの窓に、「コロナウイルス出ていけ、ウイルス」と書かれた差別的な落書きが発見された。経営者は、恨みを買うような身に覚えはないそうだが、その後、同レストランは休業に追いやられた。

欧米世界では、中国人や日本人、韓国人を区別できない人が多く、髪が黒い、目が黒いというだけで、「中国人だ」「アジア人」だということで、暴力や嫌がらせ、人種差別的な言動に遭うリスクが存在している。

今後の政治的行方と金融市場への影響

以上のような事実は、おそらくほんの一部であり、確認されていないだけで、各地で中国への排斥的な動きが、暴力や嫌がらせ、差別的言動などという形で現れていると思われる。これらは人と人との間の衝突であるが、感染拡大が終息へと向かうと、今度は国家と国家の間で影響が出てくる可能性がある。

そして、これは研究者としての筆者の個人的な見解に過ぎないが、新型コロナウイルスという「医学的感染」はいずれ終息の兆しが見えるだろうが、そうなったとしても、シノフォビア(中国恐怖症)とも言える「政治的感染」は、依然として残るのではないだろうか。

シノフォビア中国恐怖症)とは、中国に対する恐怖や嫌悪を意味する言葉で、世界各地へ次々と進出し、他国を圧倒する中国・中国人に対する警戒感から生まれた言葉とされる。

新型コロナウイルスを発端にシノフォビアが世界に広がることになれば、習近平政権は、外交・内政の両面でどう立て直していくかに集中せざるを得ないであろう。3月に開催予定の全国人民代表大会(全人代)も延期されることとなったが、全人代は、今後1年間の基本政策を決定する最重要な政治日程であることから、それだけ今回の感染拡大が痛手だったということだ。

また、習政権の目玉政策である巨大経済圏構想「一帯一路」にも大きな影響を与える可能性がある。一帯一路によって、既に中国の経済的影響力はアジアや中東、欧州やアフリカだけでなく、南太平洋や中南米にまで広がり、中国資本や中国人は各地に展開している。だが、多額の債務に陥っている国も増加し、一帯一路を「債務帝国主義」だとする反発や抵抗の声は各地から聞こえてくる。

この「反一帯一路」の声は、今回の新型コロナウイルスによってさらに助長される可能性がある。そうなると、各地に展開している中国資本や中国人への襲撃や暴力がいっそう激しくなるだろう。まさに、「既存の反一帯一路+新たなシノフォビア」という形で、中国経済は打撃を受ける可能性があり、そういった不安は金融市場にも影響する。

そして、2020年の中国のGDP成長率は、2019年よりさらに落ち込むことが考えられる。中国に展開する日系企業の間では、撤退や事業縮小の話が大きくなり、投資家や株主の人民元への不安、懸念は長期的に続くだろう。

だが、感染者が増加し、日本を感染源国とみる声も少なからずあることも事実である。クルーズ船の事例はあるにせよ、一時、中国を除いて日本が感染者で最多となり、感染を拡大させる側として、日本からの渡航を禁止、もしくは制限する国々が増加した。

要は、日本を不安視する世界の投資家や株主も現に存在し、その点においても、日本の金融市場に長期的な影響を与える可能性があるということだ。

新型コロナウイルスによる影響は既に各方面で現れているが、その政治的な影響は長期的な視野で考える必要があるだろう。まずは、終息に向かい始めたとき、世界の「シノフォビア」がどうなるかに注目してほしい。

[執筆者]和田大樹
和田大樹
[わだ・だいじゅ]専門分野は国際安全保障論、地政学的リスクなど。現在はOSCアドバイザーおよび清和大学講師。岐阜女子大学特別研究員、日本安全保障・危機管理学会主任研究員も兼務。日本安全保障・危機管理学会奨励賞を受賞(2014年5月)。著書に『2020年生き残りの戦略 世界はこう動く!』(創成社)、『技術が変える戦争と平和』(芙蓉書房)、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』(同文館)など。研究プロフィール
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