時代とともに移り変わる、株主優待の“お得”な歴史をひもとく

岡田禎子
2016年11月7日 17時00分

株主優待のお得な歴史

日本独特の制度だといわれる「株主優待」。企業の利益から還元される「配当」とは別に、製品やサービスの割引券などがもらえる、株式投資の“お楽しみ”のひとつです。したがって、個人投資家にとっては、その企業の株を持っていれば「どれだけお得なのか?」が最大の関心事です。

しかし、時代によって個人の求める「お得感」は常に変化します。株主優待もまた、時代を映す鏡。100年以上にわたる優待の変遷を見てみれば、個人の求める「お得感」の移り変わりをたどることができます。株主優待が一大ブームとなっている今、新たな優待の誕生に期待を寄せつつ、「株主優待の歴史」をひもといてみましょう。

【明治期〜戦後】株主優待は「セレブ」の証し

「株主優待の興行株は損か得か」

これは、昭和27年(1952年)9月10日付の朝日新聞に掲載された記事のタイトルです。現在でも株主優待は、テレビや雑誌、インターネットなど多くのメディアで取り上げられますが、「お得すぎる株主優待」「本当に得する株主優待」「今月のお得な株主優待」など、そのお得感に注目が集まる点は60年以上前の昔とあまり変わらないようです。

「優待」という言葉を辞書で調べると、「手厚くもてなすこと、有利に扱うこと」などとあります。株主優待の起源は、お歳暮やお中元のように感謝する気持ちをモノとして贈る習慣からとか、株主総会のお土産が制度化したなど、さまざまな説があります。

もっとも古い記録を確認できるのは明治時代。東武鉄道<9001>の社史には、明治32年(1899年)に株主に全線無料パスを配った、とあるそうです。この無料パスを手にできるのは、高額な鉄道株を多く所有する資産家のみですから、当時この無料パスを持っているということは「セレブの証し」だったに違いありません。

株主優待の歴史

年代 株式市場の動き 株主優待の発展
明治時代 東京・大阪取引所開設(1878年) 株主優待誕生
1945年〜 戦後復興期 鉄道、映画、百貨店など一部企業に限られる
1980年〜 高度成長期・バブル期 個人投資家が急増し、株主優待が広まる
1990年〜 バブル崩壊 安定株主を求め、導入企業が相次ぐ
2000年〜 金融機関の持ち合い解消進む 外食、食品などに導入ブーム
2008年〜 リーマンショック 景気悪化で取りやめ企業も
2015〜現在 コーポレートガバナンス・コード導入で持ち合い解消が進む 個人投資家に注目。実施企業がB to B企業にも広がる《大ブーム到来》

戦後になっても優待株は、鉄道会社、映画会社、百貨店など、一部の企業に限られていました。これらの多くは、株主がその企業のサービスを使っても使わなくても、経営には影響のない企業でした。つまり、個人株主と顧客は別の存在だったのです。とはいえ個人株主のほうも、無料パスや映画券をもらったら、当然それを利用して顧客になります。

また、先ほどの朝日新聞の記事によると、当時の山の手の奥様たちは、映画会社などの「興行株」で手に入れた映画や芝居の優待券を、出入りしている魚屋さんや八百屋さんなどへの心付けにしたり、お手伝いさんに「芝居でも観に行ってらっしゃい」と言って渡していたりしたそうです。この時代には、こういった「お得」な使い方もあったのですね。

そして、当時の個人株主は一度手にした株はなかなか手放さなかったらしく、「安定した株主の獲得」と「お得」という、企業と個人株主のWin-Winの関係が、この頃から成立していたようです。

しかし記事では、配当が雑誌の「付録」だとしたら、優待は「付録の付録」でしかなく、興行株は高額な株なので購入には慎重に……と釘を刺しています。当時の株主は裕福な人々で、優待は単なる配当の「おまけ」程度だったことがわかります。

【高度成長期〜バブル崩壊後】「限定品」が株主の心をつかむ

株主優待が一般の個人投資家にまで広がったのは1980年代から。急増する個人投資家を取り込もうと100社以上が採用します。

それまではサービス券や割引券が中心だった優待ですが、日清食品<2897>がインスタント食品を送ったり、明治製菓<2269>が自社製品の詰め合わせを始めたりと、より身近なサービスへと変わっていきます。バブル期には個人投資家は、株の値上がりを待ちつつ優待も楽しむ、という株主の特権をフル活用した「お得」な投資スタイルを満喫するようになります。

バブル崩壊後の90年代は、株の配当や値上がりが期待できないため、その代わりに優待制度で個人投資家の株離れ対策をしようと導入企業が相次ぎます。証券会社も、店頭に優待リストを置いたり小冊子を配ったりと、株主優待を営業戦略に使うようになります。

店頭公開する企業が急増し、株主優待を新たに導入する企業が増えたこともあり、98年には株主優待制度を取り入れる企業が500社を突破。92年からの6年間で倍増となりました。

【関連記事】10万円でオーナー気分! 「株主優待」の知られざる魅力とは?

この頃から優待は、地方の特産品や宝くじ、自社製品なら単なる詰め合わせではなく、ひと工夫されたものが目立ち始めます。個人投資家のほうも、自分の生活や趣味・嗜好に添った「お得」を求め、それに合う銘柄に投資するようになっていきます。

ユニークな優待銘柄として、トミー(現タカラトミー<7867>)をご紹介しましょう。

同社は、株主優待に自社の代表商品であるミニカー「トミカ」を贈呈しています。もともと、97年の株式公開の記念品として特製の箱入りトミカを取引先に配ったところ、それがコレクターの間で話題になり、優待への採用が決まりました。車体と内装の色の組み合わせなどを工夫し、過去に販売したことのない「限定版」でした。

トミカはコレクターも多く、製造中止となったモデルは高値で取引されることも多い人気商品です。株主としては「限定品」というプレミアム感も加わり、さらにトミカのコレクターならなおのこと「お得感」があったと想像できます。

【2000年〜リーマンショック後】株主との「つながり」を重視

2000年代は、投資ファンドによるM&Aや外国人投資家など「物言う投資家」の存在が増し、金融機関の持ち合い解消が進みました。そんななか、株主優待を使うことで自社の認知度を高めてファンを増やし、株式を長期に保有してもらおうという企業が増えます。また、インターネットの普及による個人投資家の増加をにらんで、小売業やサービス業が相次いで株主優待制度の導入を始めます。

カゴメ<2811>は2000年に「株主10万人構想」を発表。2001年に売買単位を1000株から100株にし、同社株を10万円程度で買えるようにハードルを下げます。株主総会では自社製品を使ったメニュー紹介や試食会を初開催し、株主優待制度も春と秋の2回、新商品や注目商品を中心に贈呈することで主婦層からの支持を集めました。それによって当初6500人だった株主を、わずか4年で10万人にまで増加させることに成功しました。

カゴメの株主は、カゴメ商品を一般消費者より10倍買うという調査結果もあるように、企業は「安定株主」と「優良顧客」を手にしたのです。その一方で、個人株主にとっても、優待を楽しむのはもちろんのこと、企業との直接対話を楽しみ、さらにカゴメの経営を支える、という新しい価値観にもとづく「お得感」を手にします。

【参考記事】意外とわかっていない!? 「キャピタルゲイン」と「インカムゲイン」の違い

99年に上場したエイベックス(現エイベックス・グループHD<7860>)は、同社所属の人気アーティストの限定ライブへの招待や、非売品の限定DVDといった、ファン垂涎の優待を発表。まさに「お金には換えられない特典」で、こちらも当時大変な話題となりました。

2008年にリーマンショックが起きると、業績悪化から株主優待を取りやめる企業が多くありました。しかしその後は、機関投資家が株を手放すなかで「安定株主」である個人株主を増やそうと、多くの企業が株価対策としての優待導入を始めます。

この頃から個人投資家の間では、SMSやブログなどで優待に関する情報交換が盛んになり、主婦層を中心に、優待で「プチリッチを楽しむ」という生活に根ざした楽しみ方をするようになります。

【アベノミクス相場〜現在】「おまけ」から「主役」へ

2015年、東京証券取引所が「コーポレートガバナンス・コード(上場企業の企業統治の指針)」を導入したことで、企業が相互に株を保有する「持ち合い」が一気に解消されました。企業は安定株主を求め、一般消費者と直接の接点がないB to B企業なども株主優待を導入し、現在の一大ブームを迎えます。最近ではQUOカードなどの金券や、ふるさと納税を意識した地方特産品がもらえる優待が人気です。

現在、株主優待制度を導入している企業は1300社以上。現金をほとんど使わず株主優待のみで生活をするライフスタイルが注目されるなど、単なる配当の「おまけ」から、もうひとつの「主役」へと大きく花開いた感があります。これからも、時代による個人株主の「お得感」の移り変わりとともに、株主優待も変化を続けることでしょう。

「お得」に惑わされないように

このように、いつの時代も個人投資家に人気の株主優待ですが、優待を狙った投資を行う際には、「キャピタル・ロス」に気をつける必要があります。「この優待がお得だから」という理由だけで銘柄選びをすると、業績の芳しくない企業の株を選んでしまい、株価が下落したときに思わぬ損失を抱えてしまう可能性もあります。

たしかに魅力的な優待が増えていますが、それに惑わされることなく、業績や成長性など、優待以外の要素にもきちんと目を向けて、総合的に判断して投資を行うようにしてください。

[執筆者]岡田禎子
岡田禎子
[おかだ・さちこ]証券会社、資産運用会社を経て、ファイナンシャル・プランナーとして独立。資産運用の観点から「投資は面白い」をモットーに、投資の素晴らしさ、楽しさを一人でも多くの方に伝えていけるよう活動中。個人投資家としては20年以上の経験があり、特に個別株投資については特別な思い入れがある。さまざまなメディアに執筆するほか、セミナー講師も務める。テレビ東京系列ドラマ「インベスターZ」の脚本協力も務める。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、ファイナンシャル・プランナー(CFP)
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