東証の市場再編で何が変わる? 3つの新市場の特徴と企業の動きを解説
《2022年4月の東京証券取引所の市場再編に向けた企業やマーケットの動きが慌ただしくなってきました。東証1部上場企業の約3割が、新たな最上位市場であるプライム市場に該当しない、という報道も出ていますが、そもそも市場再編とは何なのか、その狙いと今後の動きを解説》
そもそも東証の市場再編とは
2020年初頭、東京証券取引所は「上場会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を支え、国内外の多様な投資者からより高い支持を得られる魅力的な株式市場を提供することにより、豊かな社会の実現に貢献」するためとして、市場区分を再編すると発表しました。
現在の東証は、流動性が高く時価総額も比較的大型の株式のための市場第一部(東証1部)、実績のある企業や新興企業向けのマザーズ、ジャスダック(スタンダード、グロース)、それに市場第二部(東証2部)の大きく分けて4つの市場区分になっています。
2022年4月からは、この市場区分がプライム市場、スタンダード市場、グロース市場の3つに再編されます。
・プライム市場
プライム市場は、従来の東証1部の中でも流動性の高い大型企業向けの市場です。東証を有する日本取引所グループ(JPX)では「多くの機関投資家の投資対象になりうる規模の時価総額(流動性)を持ち、(中略)持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業向け」としています。
上場のための基準は様々ですが、今回の市場再編でポイントとなるのは、株式取引の円滑な流通や公正な価格形成を目的として、これまでよりも流通株式比率が重要視されている点です。具体的には、プライム市場に上場するためには35%以上の流通株式比率が必要になります。
流通株式比率とは、市場で取引されている流動性のある株式の比率を差し、全上場株式数から「上場株の10%以上を保有する大株主」「自社株」「役員などの持ち株」を引いた株式の割合です。
例えば、日本企業でこれまで慣習的に行われてきた持ち合い株などの政策保有株も流通株式から除外されます。このほかに、株主数800人、流通株式の時価総額100億円以上、最近2年間の利益合計が25億円以上または売上高が100億円以上、かつ時価総額1000億円以上などの基準が設定されています。
・スタンダード市場
スタンダード市場は、プライム市場の基準は満たさないものの、「公開された市場における投資対象として一定の時価総額(流動性)を持ち、上場企業としての基本的なガバナンス水準を備え」た企業のための市場です。従来の東証1部や東証2部の中小型株や大型の新興株などが対象となります。
上場基準は、例えば流通株式比率が25%以上、株主数は400人以上、流通株式時価総額は10億円以上と設定されています。
・グロース市場
最後にグロース市場は、従来のジャスダックとマザーズを合わせたような新興の成長企業を対象とした市場です。
「高い成長可能性を実現するための事業計画」を有している企業を対象としていますが、事業計画の観点から相対的にリスクが高い企業に投資をする機関投資家や個人投資家のための市場とも定義されます。
上場のための基準も3つの市場の中でもっとも緩く、流通株式比率が25%以上、株主数は150人以上、流通株式時価総額は5億円以上などとなっています。
いずれの市場に関しても、上場基準などはこの他にも要件がありますが、ここでは主な要件のみの紹介としています。詳しくはJPXのホームページでご確認ください。
市場再編のスケジュール
2022年4月の市場再編まで1年を切り、取引所と企業の双方で準備が進んでいます。
まず、2021年6月末の時点で新市場の上場基準に適合しているかどうかの判定がされました。これを受けた通知が7月に各上場企業に対して行われ、東証1部に上場している2,191社のうち、約3割に該当する664社がプライム市場の基準に該当しないことがわかりました。
今後9月から12月までの間に、上場会社各社は希望する新市場への上場の申請を行います。このとき、希望する市場の上場基準を満たしていない場合でも、「上場維持基準の適合に向けた計画書」を提示することで上場が認められる場合がある、という経過措置が取られることになっています。
これらの手続きを経て、2022年4月4日(月)、いよいよ東証の新市場への移行がなされます。
市場再編を見据えた企業の動き
市場再編に対して、企業はさまざまな動きを開始しています。特にこれまで東証1部に上場していた企業は、プライム市場とスタンダード市場ではプライム市場のほうがブランドや知名度、流動性などの面でメリットがあると考える企業も少なくありません。
また、市場再編に合わせてTOPIX(東証株価指数)の算出方法も見直されるため、インデックスファンドによる買い需要にも関わることから、個別の株価動向にも大きな影響があるとみられています。
このため、上場基準の当落線に近い企業は早くから動いています。
流通株式比率を高めるための株式売出
例えば、流通株式比率を満たすための株式の売り出しです。新基準では、プライム市場への上場には流通株式比率35%以上が求められるため、大株主の持ち株比率を下げる目的で、株式の売り出しを発表する企業が増えています。
アパレルECのZOZO<3092>は、創業者で前社長の前澤友作氏から持ち株の一部を取得しています。同時に外資系証券に新株予約権を割り当て、新株を発行して流通株式比率を高めようとしています。
また、人材・メディアサービス大手のリクルートホールディングス<6098>は2020年末にかけて、電通グループやフジ・メディア・ホールディングスなど取引先の8社が持ち合っていた株式を合計約4000億円で売り出しています。同社は海外でも成長期待が高いことから、海外での売り出しとなりました。
ガバナンス強化で進む企業の公開性
また、企業のガバナンス強化も進むと見られます。プライム市場では東証が制定した企業統治の方針であるコーポレート・ガバナンスコードの全原則の適用を企業に求めています。
例えば、独立性のある社外取締役を少なくとも3分の1以上選任すべきとしています。さらに「投資家との建設的な対話」の促進のために、安定株主が株主総会で特別決議の可決のために必要な水準(3分の2)を超えないよう求めており、企業の公開性を重視していることがうかがえます。
東証の狙いは何なのか?
ところで、市場再編による東証の狙いは何でしょうか?
持ち合いから「健全なモノ言う株主」へ
ひとつには、流通株式比率を重視することで、企業同士の株式持ち合いによる政策保有株式の削減をこれまで以上に加速させることがあります。
旧来、日本企業は、株式市場での資金調達(直接金融)よりも、銀行などからの借り入れ(間接金融)のウエイトが大きく、金融機関や取引先企業同士の株式持ち合いによる安定株主の比率が高かったのが現状です。そのため安定株主などの「(不健全な)モノ言わぬ株主」が多数を占めていました。
しかし、昨今では投資ファンドや個人株主、機関投資家においても、企業に対してきちんと提言を行って対話を求める、いわば「健全なモノ言う株主」を至極当たり前とする風潮が高まっています。こうした流れを受けて、中長期での企業価値の育成や公正な価格形成は東証の求めるところでしょう。
TOPIXの見直しで株価の歪みを是正
また、昨今のインデックス投資ブームによる価格形成の歪みも是正されると考えられています。
例えば、現状のTOPIXは、東証1部全上場銘柄の時価総額を加重平均して算出されています。株価が上がると時価総額(株価×発行済み株式数)が増えて、それがTOPIXの上昇にもつながりますが、加重平均されることで時価総額が大きい銘柄がTOPIXに与える影響がより一層大きくなっているのです。
そして、日銀によるETF(上場投資信託)の買い入れでもTOPIX連動型のウエイトが高くなっていますが、機関投資家などがTOPIX全体に投資すると時価総額や流動性の小さい株にも資金が流入することから、実際の企業価値と乖離した株価形成がなされている点が問題視されていたのです。
わかりやすく言うと、東証1部に上場しているだけで機械的に株式が購入されて、資金が流入し、株価の上昇(もしくは下落防止)につながっていたわけです。今回の市場再編によってTOPIXの算出方法も見直され、より健全な価格形成がなされるようになると期待されています。
〈参考記事〉日本株を影で大量保有 日銀のETF買入れが株価に与える影響を考える
万全の体制で新市場を迎える
この他にも、ジャスダックとマザーズに分かれている新興成長株向けの市場がグロース市場に統一される点も評価できます。現在は指数も複数に分かれており、それぞれの違いがわかりにくくなっているので、これらもゆくゆくは統一されて、投資家と市場の双方にとっての効率化となりそうです。
2022年4月に向けて、市場再編をめぐる議論や企業の動きはさらに加速するとみられます。コロナ禍で厳しい企業にとっては、プライム市場に食い込むことが、文字どおり生き残りをかけた戦いになるかもしれません。また、市場側からも次々と新しい発表が出されるでしょう。
個別企業の動きを注視しながらも、報道やニュースの重要なポイントを押さえ、新市場に向けた全体的な流れをつかみたいところです。くれぐれも、いざ来年4月を迎えて慌てることのないように、少しずつ状況の把握を進めておきましょう。