消えた兜町人(1) 世界で名を馳せた日本株の第一人者が、ついに第一線を退いた

千葉 明
2023年2月25日 10時00分

Ivan / Adobe Stock

《東京証券取引所が立つ日本橋・兜町。かつての活気は、もうない。だがそこは紛れもなく、日本の株式取引の中心地だった。兜町を見つめ続けた記者が綴る【兜町今昔ものがたり】》

シティで名を馳せた、日本株のプロ

 2022年9月末、一通の知らせが届いた。差出人は、シオズミアセットマネジメント社長の塩住秀夫氏。「10月末で金融取引業を廃業する」旨が記されていた。目を通した瞬間、「また一人、兜町を彩った御仁が消えた」と実感した。

 塩住氏は英国の金融街・シティで日本人として初の取締役となった人物。ジョージ・ソロス率いるクォンタム・ファンドで3年余、「日本株投資」を担った。投資顧問(一任勘定)業に身を転じてからも、欧米のファンドの日本株投資を務めてきた。内外で認められた、日本株投資のファンドマネージャーである。

 塩住氏に初めて会ったのは、2007年夏。氏の著書『運をつかむ日本株投資力 グロース株・集中投資のすすめ』(東洋経済新報社)から上梓された直後だった。取材をしたのは塩住氏が60代半ばに差しかかる頃。兜町ではファンドマネージャーに必要不可欠な知力・体力からして、「40代定年」が長らくの常識だった。60代半ばにして現役のファンドマネージャーという人物を、私は知らなかった。

 本サイトの読者には、是非とも本書を読んでいただきたい。当時手に入れた一冊には「1600円+税」と価格が印されているが、アマゾンではいま、5000円近い値で中古本が売られている。

「僕流運用」を貫いて築いた実績

 塩住氏は1967年に、米ノースカロライナ州ギルフォード大学を卒業。1970年に英シティのマーチャントバンク、ロバート・フレミング(当時)に入社した。73年、フレミング・ジャパン・ファンドのファンドマネージャーに選任。79年にはロバート・フレミング・インベストメントマネジメントリミテッド取締役となった。

 なぜ、シティのロバート・フレミングの門を叩いたのか。塩住氏は、「いつの頃からか、日本株のファンドマネージャーをやりたいと決めていた。シティを選んだのは日本株の運用を手がけていたのは当時、シティのロバート・フレミングともう一社しかなかったから。そんなところかな」と飄々と語った。

 13年余、シティで日本株運用を手がけた。「僕の原点でもあるので」と、彼の地から持ち帰った一枚の新聞記事を出した。辞書を引きつつ読んだ。

フレミング・ジャパン・ファンドは1976年に、上昇率でTOPIXの23.6%に対し51.1%と、日本株専用ファンドとしては最高のパフォーマンスを記録した。76年末までの2年間では平均147%、4年間でも66.4%といずれもナンバーワンの成績を残している。この成果は担当ファンドマネージャー塩住秀夫氏の貢献である。

 だが塩住氏は、1982年に退社している。「同じ取締役で東京支店長だった英国人と運用方針でぶつかった。僕流の運用ができないのなら」と「辞表を叩きつけて」辞めたという。その「僕流運用」とは……? 詳細は著作で確認してほしいが、「成長を確信し得た企業」に対し「長期構え」で「集中投資」する、というものだ。

ジョージ・ソロスとの出会い

 ロバート・フレミングを辞した塩住氏を待ち構えていたのが、ジョージ・ソロスからの電話だった。

 ソロスの名を世界的にしたのは、1992年。英ポンドを「割高」と判断し、100億ドルに上る大がかりな「ポンド売り」を仕かけた。ポンド急落。英中央銀行は利上げやポンドの買い支えなど通貨防衛策を執ったが、下げ止まらず。英国はERM(欧州為替相場メカニズム)を脱退し、変動相場制への移行に追い込まれた。

 「イングランド銀行を負かした男」としてその名を轟かせたソロスは一方で、1973年、クォンタム・ファンドを立ち上げていた。約10年間で純資産総額を40倍以上にしたとされている。

 1983年6月下旬の夜9時頃。ソロスから直接、「(クォンタム・ファンドの)日本株運用を委託したい」という電話が入った。「ファンドの存在は耳にしていた。だが失礼だが、ソロス氏の名前は知らなかった。OKと即答したのは、『日本株運用を任せる』という一言だった」。早速、ニューヨークに飛んだが、飛行機の中で「なぜソロス氏が自分のことを知っているのかな、と不思議に思えた」という。

 その理由は、後日わかった。シティの新聞などで存在を耳にしていたらしい。クォンタム・ファンドの大手出資者に、ロバート・フレミング時代の運用ファンドの顧客がいた。「口はばったく言えば、ロンドンでの実績でした」。実は1981年、クォンタム・ファンドは初めてマイナスパフォーマンスに陥っていた。ファンド規模も縮小。ソロスは、運用体制の再構築・整備と対峙せざるを得なかった。

 ソロスと初めて会った時、「ある種のオーラを感じた」という。ソロスはクォンタム・ファンドの説明や運営方針を伝え終わると、今度はいちいち確認する口調で詳細な質問を執拗にぶつけてきた。ロバート・フレミング以降の手がけたファンドの年次別運用成績、総期間の平均パフォーマンス、TOPIXとの年次別パフォーマンス比較、運用の基本的かつ具体的姿勢、などなど。

 「アバウトな返事は認めない」という姿勢だった。ソロスは、「クォンタム・ファンドには、◎◎万ドルの借入金が入っている」とも正直に打ち明けた。取り分についても「年末の日本株ファンドの純資産の〇%」と具体的に語った。そんなやり取りの上で、ソロスは「どうだ、引き受けてくれるか」と塩住氏の断を待った。黙って握手した。

 塩住氏はシオズミ・アンド・カンパニーを設立。1984年早々に運用を開始した。

 とは言え「最初の年は、前任者の組み入れ銘柄の総入れ替えでしたから、パフォーマンスはそう高くなかったはず」。任された資金額は約130億円。「借入金を勘案すると、長期構えの銘柄選択も容易ではなかった」。しかし「契約期間だった3年間の平均パフォーマンスは2割を上回っていた。84年末には当時1800万円くらいだったフェラーリを現金で買うことができた」

 クォンタム・ファンドの組み入れ銘柄を聞いてみた。「ハイテク相場に高値警戒感が出始めていた。アメリカの金利上昇懸念が強かった。一方、国際収支の貿易黒字拡大で円高進行が懸念されていた」。それはプラザ合意直前の状況だった。「ファンドの4割近くを、薬品株中心の成長性が高い銘柄を入れた。持田製薬、小野薬品、エーザイ……」

 ちなみに84年の日経平均株価の年間上昇率20%余に対し、薬品の部門株価指数は30%超上昇している。なかでも持田製薬は上昇率ベスト5にランキングされている。

プロが明かす、割安成長株発掘法

 2020年12月7日の日経新聞電子版が、「「変わる日本」投資50年の嗅覚」と題する記事を発信している(執筆は藤田和明編集委員)。中で塩住氏を、こう記している。

コロナ禍を契機に株価が急伸した福利厚生のベネフィット・ワンや日本M&Aセンター。このほか、医療従業者向けのサイトのエムスリーを15年以上前から保有し、高い運用成績を上げている日本株のファンドマネージャーがいる。シオズミアセットマネジメントの塩住社長(76)だ。(略)

キャリア50年。今も第一線だ。現在は英国籍のレッグ・メイソンの日本株ファンド1本のみ、約2千億円を運用している。「経済構造が変わる。その中で伸びていく会社を先取りして投資する」。バイオなど医療関連、電子商取引、少子高齢化が成長機会になるという3つが主役とみて2010年前後から投資先を絞った。それがリターンして実ってきた。ファンドの運用成績は1~11月で4割の上昇(英ポンド建て)だ。この間に銘柄の入れ替えはほとんどなし。10年前に比べれば成績は10倍だ。(略)

ただ塩住氏自身、50年の経験から「コロナバブル」の可能性を感じている。未曽有の金融緩和が支える相場はさらに上にいくかもしれない。しかし行き過ぎれば反動も大きくなる。その調整を経て、オンリーワンやナンバーワンの企業が強くなり、日本の変革が広く実感されるのではというのが同氏の見立てだ。

 兜町から得難き日本株ファンドマネージャーが消えた。筆者は塩住氏から「割安成長株発掘法」として「PEGレシオの活用」を教えられた。『予想PER÷過去3年間のEPS平均成長率』。「値が1を下回っていれば、株価が成長性に追いついていない銘柄と判断できる」とのこと。

[執筆者]千葉 明
千葉 明
[ちば・あきら]東京証券取引所の記者クラブ(通称・兜倶楽部)の詰め記者を振り出しに、40年以上にわたり、経済・金融・ビジネスの現場を取材。現在は執筆活動のほか、講演活動も精力的に行う。『野村證券・企業部』『ザ・ノンバンク』『円闘』など著書多数。
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