公募増資を発表したANAの株価が急落したのは一体なぜか?

石津大希
2021年1月27日 8時00分

《2020年12月、ANAホールディングスの株価が大幅に下落して、大きな話題となりました。新型コロナウイルス感染拡大による移動制限で苦境に立たされている航空業界ですが、一体なにがあったのでしょうか? 謎を解く鍵は「公募増資」。それが株価と業績に与える影響を考えます》

ANAが発表した「公募増資」とは?

2020年11月27日、ANAホールディングス<9202>は3000億円規模の「公募増資」を行うと発表。その後、株価は大幅に下落することとなった。株価を大きく動かす材料は多種多様だが、そのひとつである「公募増資」について考えてみたい。

(参照)ANAHD、公募増資で最大3321億円調達|日本経済新聞

公募増資」とは簡単に説明すると、「新たな株式を市場で発行し、広く一般の投資家から資金を調達すること」である。

企業は常に業績を拡大させるためのチャンスを探している。そのためには事業における投資が必要だが、資金を調達するのはそう簡単ではない。

なぜなら、競争環境の激しい中ではスピード重視かつ大規模に資金を集めることが重要だからだ。また、銀行からの借り入れなど、「負債」として資金を調達することもできるが、ビジネスモデルや財務状況によっては難しいこともある。

公募増資は、企業のそんなニーズを満たす資金調達手法なのだ。

事業投資以外にも、公募増資は負債とのバランス調整や資金繰り改善といった目的で活用されることもある。特に2020年は新型コロナウイルスの感染拡大を背景に企業業績が悪化したことで、財務改善を目的とした活用も多く見られた。

なぜ、公募増資で株価が下落するのか?

公募増資を実施すると、具体的には次のような影響がある。

  • 発行済み株式総数が増える
  • 既存株主の株式保有比率が低下する
  • 純資産が増える
  • 手持ちの現預金が増える

実は公募増資は、株価下落につながることが比較的多い。その原因は、上記のうちの「発行済み株式総数が増える」「既存株主の株式保有比率が低下する」の2つだ。

特に、「発行済み株式総数の増加」の影響は大きい。なぜなら、株式の数が増えることで相対的に売りが大きくなり、結果的に株価が下落する、ということが起こり得るからだ。

株価というのは、理論的にはファンダメンタルズにもとづいて決まるものだが、短期的には市場における買いと売りのバランス、いわゆる「需給」が大きく影響する。そのため、公募増資によって新株式が市場に渡ると、株価が下落することがあるのだ。

それが顕著に現れたのがANAだった。

・ANAホールディングス<9202>

ANAホールディングス<9202>は2020年11月27日、1億2631万株という大規模な公募増資の計画を発表した。従来の発行済み株式総数(約3億4849万株)に対する比率は36.2%と大きく、12月15日の株式受渡日(実際に新株式が発行される日)には売りが多く出て、株価は大きく下落した。

また、政府が14日に、観光支援事業「Go To トラベル」を全国一斉に一時停止すると表明したことも、航空関連の売りに拍車をかけたと見られている。ANAにとっては、まさに泣きっ面に蜂といったところだろう。

ただし、株価は長期的には業績やバリュエーションといったファンダメンタルズをベースに落とし所が決まっていくものとされている。今回のように、主に需給を背景として株価が急落した銘柄を発見した場合には「下値を拾って買う」という方法も、賢い選択肢のひとつと言える。

「公募増資は業績にネガティブ」は本当か?

公募増資の後は、その銘柄のEPS(1株当たり利益=純利益÷発行済み株式総数)が低下することがある。これは、分子である純利益が変わらないのに対して、分母である株式数だけが単純に増えるためだ。そして、このことから「公募増資は業績にネガティブに作用する」と言われることがある。

確かに、もしも調達した資金を現預金のまま寝かせておくのであれば、EPSは低下する。だが、そもそも企業は資金を事業投資などに充てるために公募増資をする。つまり、調達した資金は収益向上に貢献するはずの資産なのだ。

仮に、従来通りのROE(純利益÷純資産)でその資金を活用することができれば、EPSは低下しないことになる。むしろ、資金を調達できたことで事業展開が加速し、収益性が向上する企業も数多くあり、この場合、EPSは上昇することになる。

〈参考記事〉資金調達で株価はどうなる? 上がるとき・下がるときのパターンを知る

お金の使い道に注目しよう

公募増資後にEPSが低下する(ように見える)のは、ヤフーファイナンスをはじめとする情報サイトにおいては、企業が決算発表時に提示した予想純利益の数値をそのまま使って計算しているからだ。そのため、分子は変わらず分母だけが大きくなって、数値が小さくなる……という現象が起きる。

これに対して機関投資家などは、公募増資によって調達された資金の運用効果も考慮しつつ、EPS(純利益)の予想値を調整している。

いずれにしても、資金の使い道に目を向けることが重要だ。「△△事業における設備投資資金、または運転資金」といったように、事業展開に貢献する使途のための公募増資だと理解していれば、目先の株価の下落に振り回されず、チャンスとしてしっかり掴むことができるかもしれない。

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[執筆者]石津大希
石津大希
[いしづ・だいき]外資系投資顧問会社で株式アナリストとして勤務したのち独立。ファンダメンタルズ分析の経験を生かして、客観的データや事実に基づく内容を積極的に発信。市場で注目度の高いトピックを取り上げ、深く、そして、わかりやすく説明することを心がける。
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