コロナ禍で「減損」する企業が続出? 株価への影響と対策を考える

石津大希
2020年5月15日 8時00分

金融庁が減損判断について呼びかけ

新型コロナウイルスのパンデミックが企業業績に影響を及ぼすなか、日本経済新聞は4月上旬、「金融庁は、感染拡大に伴う需要の急減を受け、企業がただちに工場や店舗の資産価値の切り下げを迫られないようにする方針だ」と報じた。

この表現はいささか紛らわしく、「政府が新型コロナウイルスの感染に関連した減損の適用を軽減・猶予する」と捉えた人も少なくなかったようだ。その結果、ネット上には「国が粉飾決算を主導している!」といった批判の声も散見された。

しかし、ここには少し誤解がある。あくまでも「資産を減損するか否かについて、新型コロナウイルスの影響も判断基準としましょう。その際、企業によって短期的に回復する見込みがあるのであれば、早急かつ大規模な減損の必要性はさほど大きくないと考えましょう」と呼びかけた、という内容に過ぎない。

とはいえ、新型コロナウイルスの感染拡大に絡んで企業の損失拡大に市場の注目が集まっている点は変わりなく、「減損」が行われるかどうか懸念している個人投資家も多いだろう。

そもそも「減損」とは

新日本監査法人では「減損」を次のように説明している──「企業が行った投資額が回収できなくなるという見積りをタイムリーに財務諸表に反映するための会計処理」。

企業は事業を運営するにあたり、店舗や土地、工場、その他提携先企業の株式といった固定資産を取得する。そして、会計ルールに則ってその価値を貸借対照表に記載している。

しかし、事業環境の悪化に伴い、それらの資産が収益に結びつかないと考えられる場合、「貸借対照表に記載されている固定資産の価値は果たして妥当なのか?」という疑問が生じることとなる。少々専門的な内容となってしまうが、こうした状況下では以下の流れで減損がなされる。

  • 将来的な収益見通しを立て、それと資産価値を照らし合わせる(減損テスト)
  • 将来的な収益見通しに対して貸借対照表上の価値が不当に高いと考えられる場合は、妥当な水準になるまで価値を引き下げる(減損処理)

つまり減損とは、「固定資産の帳簿上の価値を現実的な水準へと調整する行為」とも言える。

昨今で言えば、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、旅館や飲食店などの売上は減少している。もしも足元の活動自粛が長引いた場合、旅館施設やレストランといった資産の経済的価値(将来的にどれだけ収益を上げられるか)が下がることは容易に想像がつくだろう。

この場合、旅館や飲食店などを運営する企業の経営陣は、時に監査法人と共同で、「資産を減損するか? するとしたら、どれだけ引き下げるか?」を判断することとなる。

株価に与える影響は

減損が実施された場合、その企業は、その期に「減損損失」という名目で特別損失を計上することとなり、純利益は減少する。減損損失の額は、価値を切り下げた分となる。

ちなみに、減損とは固定資産にのみ適用される会計処理であり、流動資産に対しては「棚卸資産評価損」「棚卸資産減耗損」といった別の名目のもと価値が切り下げられる。

株価への影響については、「市場が事前に予期していたか否か」でケースバイケースの色が強い。事業環境の悪化が以前から市場で警戒され、それに伴って株価も前もって下落しているような企業の場合、減損損失は既に株価に織り込まれており、減損が発表されても株価はさほど大きく動かないこともある。

しかし、順風満帆と見られていた企業が突如減損を発表したような場合には、その期の減損損失に伴う純利益の悪化が嫌気されるほか、「将来的な事業展望が悪い」とのネガティブな見方が広がることで、株価は下落するケースが多い。

それに対して、減損発表後に株価が上昇するケースもある。

減損とは、上述の通り「固定資産の価値を一気に引き下げる行為」だ。その結果、減損された資産の翌期以降の減価償却費は低下する(減損により以降の償却費用を前倒しで計上するため)。そのため、減損した期の純利益は悪化するが、翌期以降の利益水準は押し上げられ、損益計算書の見栄えがよくなる。

これはあくまで会計上の増益であり、事業そのものが改善されたわけではない。しかし、事情に詳しくない投資家も含めて、さまざまなプレーヤーが参加する株式市場では、損益計算書の見栄えを良くすることも有効な株価上昇策となる。このような要因により株価が上昇するのだ。

個人投資家が注目すべき点

減損を発表した企業については、「減損損失の額が純資産に対してどの程度の割合か?」を軸に注目点が変わってくる。

・純資産の多くが失われてしまう場合

損失が大きく純資産の多くが失われてしまうような場合、その企業は債務超過(純資産がマイナス)に陥る可能性が高くなる。日本では、上場企業が債務超過に陥ると取引所の上場基準に触れてしまい、一定期間内に債務超過を解消しなければ上場廃止となってしまう。

そのため、減損損失により純資産の多くが失われてしまった企業に対しては、債務超過のシナリオに主眼を置いた警戒姿勢を持つ必要があるだろう。

・純資産に対する減損損失の額がさほど大きくない場合

一方で、純資産に対する減損損失の額がさほど大きくない企業の場合は、「減損された資産が使われている事業の見通しはどうなのか?」に着目することが重要だ。

債務超過の可能性がある企業とは異なり「短期的にどうなるのか?」という色は薄いものの、減損された以上、事業の長期的見通しが悪化している(と考えられている)ことに変わりない。それに伴って株価も下落する可能性が高いので、やはり事業の見通しを懸念することとなる。

企業は、どんな事業で使われている資産を減損するかをリリース内で説明する。「レストラン事業の見通し悪化に伴い、店舗設備を……」「宿泊客の減少に伴い、ホテル事業における複数ホテルを……」といった具合だ。

複数の事業を手掛ける企業でも、こうした発表内容から、どの事業の見通しが悪化しているのかを知ることはできる。それを踏まえた上で、今後の見通しがどう変化するのかを、各種情報をもとにイメージすることが重要となる。

・減損を見送った場合

また、今回「減損を見送った企業」についてはどうだろうか。企業の中には感染拡大による影響をさほど受けない企業もあるので、当然、減損しないところもあるだろう。しかし、減損すべきところをあえてしないケースもあると考えられる。

なぜなら、ただでさえ経営陣には、諸々の事情によって業績をよく見せようとするインセンティブがある。ましてや純資産が潤沢でない企業の場合、損失を計上することで債務超過入りするのは何としても避けたいと考えるだろう。

そこで投資家としては、経営陣の判断を鵜呑みにするのではなく、「減損見送りは妥当か?」を客観的に考える必要がある。同業他社の状況や、減損しない理由についてきちんと説明がなされているか、監査法人が急に変更されていないか、といった点が注視すべきポイントとなるだろう。

狼狽せず、適切な投資判断を

景気見通しが悪化するなか、すでに実際に減損を発表する企業が相次いでいる。株式市場も乱高下することで冷静さを失ってしまいがちな状況だが、そういうときだからこそ基本に立ち戻る意識を持つすることで、どんな相場でも適切な姿勢を維持できるはずだ。

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[執筆者]石津大希
石津大希
[いしづ・だいき]外資系投資顧問会社で株式アナリストとして勤務したのち独立。ファンダメンタルズ分析の経験を生かして、客観的データや事実に基づく内容を積極的に発信。市場で注目度の高いトピックを取り上げ、深く、そして、わかりやすく説明することを心がける。
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