【事例】「私はこうして、インサイダー取引で課徴金を科されました」実例17選!

長嶺超輝
2017年11月13日 8時45分

“うっかりインサイダー”にご用心

インサイダー取引は、金融商品取引法によって、最高で懲役5年と罰金500万円の両方の罰則が科されうる重罪です。その要件は、「会社関係者等や第一情報受領者」が「上場会社等に関する重要事実」を「知り」ながら「公表される前」に「株式の売買」を行うこと、とされています。

「第一次情報受領者」とは、「会社関係者や元会社関係者から直接、重要事実の伝達を受けた者」を指します。例えば、上場企業に勤める会社関係者がM&Aの情報を家族に漏らし、家族がその情報をもとに株の売買を行うケースなどがあります。

【参考記事】インサイダー取引をざっくり解説 わかりにくいのにペナルティが厳しいのはなぜ?

ただ、これだけでは具体的に「どこまでは許容されて、どこからが違反なのか」、いまひとつわかりにくいでしょう。そこで、実際にインサイダー取引に当たるとして罰則を科せられたケースをご紹介したいと思います。

インサイダー取引のほとんどは「課徴金」の行政罰

実は、よほど悪質なケースでないかぎり、インサイダー取引の大半は金融庁による「課徴金納付命令」という行政罰で処理されています。課徴金の額は、おおむね以下の式で算出されます(例外もあります)。

課徴金額(1万円未満は切り捨て)
= 重要事実公表後2週間における最も高い株価 × 取引株数 - 取引価額

では、どのようなケースで課徴金納付命令が出されているのでしょうか。ここからは、証券取引等監視委員会が公表している「課徴金事例集」過去10年分の中から、みなさんの参考になりそうなケースをピックアップしてお送りします。

事前にコッソリ知った「業績予想修正」の事例

インサイダー取引事例No.1

  • いつ?……重要事実公表の10日前に
  • 誰が?……上場会社の従業員(営業戦略プランニング部門)が
  • どうやって?……取締役や経理担当者が出席する「リーダー会議」の結果(業績予想値の下方修正)を知らせる社内メールを受けて
  • 何を?……自社株式3400株を
  • どうした?……500万円あまりで売却した

    課徴金:94万円

インサイダー取引事例No.2

  • いつ?……重要事実公表の3時間前に
  • 誰が?……上場会社の従業員(情報システム部門)が
  • どうやって?……管理者権限を悪用し、決算情報等を保管する社内のテストサーバーやファイルサーバーに不正にアクセスして、業績予想値の下方修正が予定されている情報を知って
  • 何を?……親族名義の証券口座で、自社株式5000株を
  • どうした?……インターネット注文で信用取引で売却した

    課徴金:96万円
この会社が採っていたインサイダー取引対策

インサイダー取引の未然防止に係る規程の見直し、インサイダー防止研修を行っていた。しかし、情報システム部内においては、管理者パスワードについても長期間変更していなかったなど、情報管理に不備のある状況が認められた。

インサイダー取引事例No.3

  • いつ?……重要事実公表の約2週間前に
  • 誰が?……上場会社の役員が
  • どうやって?……取締役会の場で、自社の業績予想値が上方修正される見込みであるという情報を知って
  • 何を?……自社株式3000株を
  • どうした?……電話注文で約50万円で購入した

    課徴金:22万円
この会社が採っていたインサイダー取引対策

自社株の売買については会社への事前届出制としていた。しかし、違反者への社内処分について定められておらず、この件でインサイダー取引を行った本人は届出を行っていなかった。また、インサイダー取引防止に関する社内研修も行われていなかった。

事前にコッソリ知った「業務提携」の事例

インサイダー取引事例No.4

  • いつ?……重要事実公表の約1か月半前に
  • 誰が?……会社の従業員が
  • どうやって?……契約交渉の打ち合わせ準備のため、役員に頼んで、自社の子会社2社が業務提携するとの内容の、取締役会配布資料を見せてもらったことによって
  • 誰に?……旧知の知人に、自社グループで業務提携が行われることを伝えて
  • 何を?……その会社の株式2000株を
  • どうした?……知人が業務提携公表1週間前に買い付けて、公表直後にすべて売却した

    課徴金:知人:102 万円、従業員:51 万円
この会社が採っていたインサイダー取引対策

このインサイダー取引を未然に防止することを目指した規程が整備されているほか、従業員向けの防止研修の実施、インサイダー情報の特定、インサイダー情報保有者の範囲限定、インサイダー情報保有者への注意喚起、インサイダー情報漏洩時等における罰則規程の整備を行っていた。

事前にコッソリ知った「M&A」の事例

インサイダー取引事例No.5

  • いつ?……重要事実公表の3カ月以上前に
  • 誰が?……M&A契約締結先企業の従業員(与信審査部門)が
  • どうやって?……合併基本合意に基づき、デューディリジェンス業務等を行うプロジェクトチームに参加したことをきっかけに知って
  • 何を?……M&Aの相手方企業の500株を
  • どうした?……信用取引で250万円ほどで購入した

    課徴金:42万円

事前にコッソリ知った「子会社化」の事例

インサイダー取引事例No.6

  • いつ?……重要事実公表の1カ月以上前に
  • 誰が?……上場会社の従業員が
  • どうやって?……上司にあたる役員から業務上の指示などを受ける中で、ある会社の発行済み株式すべてを取得する予定であることを聞きつけ
  • 誰に?……別の役員(本件の違反行為者)と面談し、業務上の相談を持ちかけるとき、子会社化の情報を伝えて
  • 何を?……自社株8600株を
  • どうした?……子会社化公表の前日まで、約1カ月間かけて約470万円で購入した

    課徴金:256万円
この会社が採っていたインサイダー取引対策

インサイダー取引に関する管理規程が設けられていたが、違反した場合の処分や罰則については定められていなかった。

事前にコッソリ知った「新株予約権」の事例

インサイダー取引事例No.7

  • いつ?……重要事実公表の約2カ月前に
  • 誰が?……上場会社の従業員2人(株式事務・経理)が
  • どうやって?……2人は、転換社債型新株予約権付社債の発行準備に携わる実務担当者に選ばれ、そのキックオフ・ミーティングにおいて、役員からその重要事実を伝えられて
  • 何を?……社員持株会から引き出して証券口座に入庫していた自社の株式を
  • どうした?……新株予約権付社債発行の公表前に売却した(株式事務担当者は200株、経理担当者は1000株)

    課徴金:株式事務担当者に4万円、経理担当者に58万円

事前にコッソリ知った「株式分割」の事例

【参考記事】株式分割は本当にプラス効果? あの“高嶺の花”にも手が届くけれど

インサイダー取引事例No.8

  • いつ?……重要事実公表の約1カ月前に
  • 誰が?……株式会社の役員が
  • どうやって?……株式分割の公表について社長と協議していて
  • 誰に?……同窓会で会った知人(株主)に、株式分割のことなどを教えて
  • 何をどうした?……知人は、もともと保持していた株式に信用取引も加えて、2万2000株を、株式分割の公表前から公表直後にかけて売却した

    課徴金:知人に1,380万円、役員に351万円

インサイダー取引事例No.9

  • いつ?……重要事実公表の数日前に
  • 誰が?……ある会社の役員が
  • どうやって?……A社が株式分割を行うとの噂を聞いて、付き合いのあるA社の役員に質問して、その事実を確認し
  • 何を?……A社の株式1000株を
  • どうした?……株式分割の公表直前に買い付けて、公表直後に売却した

    課徴金:52万円
この会社が採っていたインサイダー取引対策

A社においては、インサイダー取引に関する管理規程が整備されており、重要事実にあたる取引については、相手方と秘密保持契約書を取り交わすなどの体制が採られていた。

事前にコッソリ知った「民事再生」の事例

インサイダー取引事例No.10

  • いつ?……重要事実公表の3日前に
  • 誰が?……会社の管理職の従業員(工事業務管理部門)が
  • どうやって?……上司にあたる取締役から、民事再生手続き開始の方針が取締役会で決まったと聞いて
  • 何を?……社員持株会から引き出して証券口座に入庫していた9000株を
  • どうした?……200万円あまりで売却した

    課徴金:72万円

事前にコッソリ知った「株式公開買付(TOB)」の事例

インサイダー取引事例No.11

  • いつ?…… 重要事実公表の約2カ月前に
  • 誰が?……会社の監査役が
  • どうやって?……その会社が別に新規会社を設立し、新規会社の経営陣がその会社の株式を大量に買い付けるMBO(経営陣買収)が行われる計画を、設立中の新規会社の従業員から聞かされて
  • 何を?……監査している会社の株式7000株を
  • どうした?……親戚名義の証券口座で取得した

    課徴金:245万円

インサイダー取引事例No.12

  • いつ?…… 重要事実公表の約半月前に
  • 誰が?……ある上場会社が公開買付を行うにあたって、アドバイスを送る契約を締結していたコンサルティング会社の役員が
  • どうやって?……その上場会社で開催された公開買付の打ち合わせ会議に出席したときに知って
  • 誰に?……以前、同じ会社に勤務していた元同僚に伝えて
  • 何を?……上場会社の株式1万7000株を
  • どうした?……公表前に買い、公表後に一部を売却した

    課徴金:242万円
この会社が採っていたインサイダー取引対策

会社の契約締結者など、社外関係者による情報漏洩を防止するための対応策が、十分に構築されていたとは言いがたい状況にあった。

事前にコッソリ知った「業務上の損害発生」

インサイダー取引事例No.13

  • いつ?……重要事実公表の1~2週間前に
  • 誰が?……ある上場会社(A社)との契約交渉に当たっていたB社の役員が
  • どうやって?……契約交渉の過程で、A社には業務遂行において損害が発生しており、その原因究明や公表の具体的なスケジュールなどを検討する特別委員会が設置されている情報を知って
  • 誰に?……知人でA社株主の2名にメールや会食の場でその情報を伝えて
  • 何を?……知人2名は、A社の株それぞれ3万1300株・2000株を
  • どうした?……現物取引で売却した

    課徴金:892万円・50万円
この会社が採っていたインサイダー取引対策

A社には、役職員によるインサイダー取引の未然防止に係る規程が整備されていたものの、契約締結交渉者も含め社外の者に重要事実を伝達する場合の情報管理態勢などに関しては、明確なルールが置かれていなかった。

インサイダー取引事例No.14

  • いつ?……重要事実公表の約2週間前に
  • 誰が?……上場会社の役員が
  • どうやって?……会社が海外進出の過程で多額の損失を被って、貸倒引当金繰入額が特別損失に計上されることが、社長そのほか幹部社員の間の共通認識となって
  • 誰に?……役員はその情報を従業員Aにメールで伝え、Aは社内情報を共有する目的でメールを従業員Bへ転送して
  • 何をどうした?……Aは自社株式1700株を、Bは自社株式1万2400株を売却した

    課徴金:Aに107万円、Bに753万円
この会社が採っていたインサイダー取引対策

インサイダー取引防止のルールは定められていたものの、情報管理者が定められていなかった。また、関係者によるインサイダー取引防止研修もほとんど行われておらず、対策が不十分とされた。

バスケット条項

インサイダー取引のバスケット条項は、以上に挙げた典型事例のほかに、「当該上場会社等の運営、業務又は財産に関する重要な事実であって投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの」(金融商品取引法166条2項4号・8号・14号)をいいます。その会社に特有の事情で、株価に影響しそうな情報であれば、すべて重要事実とされます。

インサイダー取引事例No.15

  • いつ?……重要事実公表の2カ月以上前に
  • 誰が?……上場会社の元役員が、
  • どうやって?……その会社で巨額の売買契約を締結していたものの、支払いができず、債務不履行によって売買契約が解除されることがほぼ確実になったことを、仕事を通じて知って
  • 何を?……自社株1万8600株を
  • どうした?……会社を辞めて、直後に売却した

    課徴金:238万円
この会社が採っていたインサイダー取引対策

「役職員は退職後1年間は当社株を売買してはならない」とのルールが定められていて、違反者は会社を辞める際、会社からそのルールについて改めて説明を受けていた。

インサイダー取引事例No.16

  • いつ?……重要事実の公表直前(公表当日)に
  • 誰が?……株式を上場している製薬会社から、開発中の新薬の治験を請け負っていた法人の職員が
  • どうやって?……その職務の中で、新薬開発が中止され、今後の販売の見込みが立たなくなった事実を知って
  • 何を?……製薬会社の株式800株を
  • どうした?……信用取引で売り、公表直後に買い戻した

    課徴金:60万円
この会社が採っていたインサイダー取引対策

製薬会社ではインサイダー取引の未然防止ルールが整備されており、インサイダー情報を社外の者に伝達する際には、相手方と秘密保持契約を締結するなど、情報漏洩を防止するための態勢が採られていた。しかし、新薬開発中止の事実がインサイダー情報であることについて、関係者への注意喚起が十分でなかったとみられる。

インサイダー取引事例No.17

  • いつ?……重要事実公表の前日に
  • 誰が?……上場会社の従業員が
  • どうやって?……会社に金融商品取引法違反(有価証券報告書虚偽記載)の疑いで、証券取引等監視委員会の強制調査を受けた際に、その場に立ち会って
  • 誰に?……強制捜査の立ち会いのために事前に約束していたミーティングに出席できなくなったことを、従業員の知人(その会社の株主)が知って
  • 何を?……自社株3万8700株を
  • どうした?……現物取引で売却した

    課徴金:236万円

インサイダー取引の条件は金融商品取引法で定められており、関係者として「重要事実」を知ってしまった以上は、株の売買が禁じられます。

株の売買をしない人には無縁のように感じるかもしれませんが、家族や友人に関係者しか知らない情報を話してしまったことで、インサイダー取引につながる事案も多く見られます。

しかし、決算情報、M&A、新株予約権、株式分割、株式公開買付など、「重要事実」は多岐にわたります。何が違反になるのか曖昧なままでいると、“うっかり”インサイダー取引をしてしまうこともあるかもしれません。

課徴金だけなら前科としてカウントされませんが、証券取引等監視委員会の強制捜査によって、インサイダー取引の事実は会社に知られます。当然、解雇されるリスクもありますので、決して軽く考えないでください。

でも、常にフェアプレーを心がけていれば、甘い誘惑に負けることも、うっかり課徴金を科されるはめになることもないでしょう。

また、インサイダー取引は、会社の社会的信用を失墜しかねない重大な問題です。

そのため、会社側もインサイダー取引を防止する対策を整備する必要があります。パスワードをはじめとする基本的な情報管理やインサイダー取引防止の社内研修はもちろん、違反した場合のルールを定期的に見直すことも大切です。

インサイダー情報を伝達する際には秘密保持契約を締結するなど、社外の情報受領者との契約も慎重に行う必要があるでしょう。

[執筆者]長嶺超輝
長嶺超輝
[ながみね・まさき]法律・裁判ライター。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。30万部超のベストセラー『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)のほか著書多数。
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